第18話 卒業(意味深)

 卒業式は滞りなく厳かな雰囲気で行われた。

 保護者席に一人だけ居る卒業生コスプレの人物を除けば。


「どうしよう昭彦くん、今になって恥ずかしくなってきちゃった」


 言わんこっちゃない、幸子さんテンパり過ぎて酔っても居ないのにくん呼びになってますよ?


「君の判断でそうなったんだからね、まぁ自業自得だからしょうがないよ」


 といいつつ俺はスーツのジャケットを脱ぐとそっと幸子の肩にかける。


「あはっ!やっぱり優しいよね、ありがと」


 そう言って俺のほうにもたれかかってくる幸子。

 丁度そのタイミングでこっちを見る未来さん、なんというか怒ってるわけじゃないけどなんか納得いかないような顔をしているな。


 そんなこんなで卒業式も終わり、卒業生は各々写真を取ったりして騒いでいる...のだが。


「こら!知らない集団の記念撮影に混ざらない!」


 さっきまでしおらしい事言ってた癖にこれだよ。

 年齢にそぐわない美しさだけじゃなく他人との壁を易々と越えてくる超コミュ力も幸子を企業担当営業部長に押し上げた力なんだろうけど時と場合をわきまえなさいって。


「えー?お姉さんいっちゃうのー?」

「未来ちゃんのお姉さんなんでしょ?いいよ!もっと写真撮ろう?」


 俺はジロっと幸子を見る。

 顔を横に向けて口笛を吹いているが音が鳴ってないぞ?

 そこへ。


「ああ、居た居た!お母さんも昭彦さんもこんなところに!」


 と、未来さんがやってきたところで。


「ええー!?」


 と、未来さんの学友達が声を上げた。


「み、未来ちゃんこの人お姉さんなんだよね?」

「いいえ、母ですよ」


 というやり取りのあと全員がクルっと振り向いて幸子に視線を向けると幸子ははははっと乾いた笑いを浮かべているが...。


「弟子にしてください!!!」


 流石女子大生(卒業済み)、美に対する意識は高いって事かな?

 それに気をよくした幸子が未来さんの友人たち相手に長々と講義を始めるもんだからだんだん人が集まって来てしまっている。


「ワシの講義もこれぐらい真剣に聞いてくれたらうれしかったなぁ...」


 と、通りすがりの老紳士がつぶやいて去っていった、ここの教授かなんかだろうか?


「はいはい!もう終了!」


 そう言って未来さんが止めなかったらいつまででも喋っていただろう、敏腕営業ウーマンである幸子は喋りも達者なのだ。


 その後未来さんが友人たちとの別れを済ませていざ帰宅となるわけだがみんな。


「じゃあまたねー」


 と去っていく。

 やはり大学の卒業なので会おうと思えば会えるし今はSNSも発達しているので「卒業=大きな別れ」ではないんだなと思った。


 そのまま車に乗り込んだ俺たちはどうせ着替えるならと立ち寄り湯に寄ってから私服に着替え一路福岡へと車を走らせたのだった。


 ...


 福岡に戻った俺たちはそのまま袴を返却してさてどうするかと言うことになった。

 時間は昼過ぎ、帰りの車の中で軽食をつまんでいるので未来さんと約束した豪華な食事は夕食にしたほうがいいだろう。


「未来さん何が食べたい?」


 俺が聞くと未来さんは。


「天ぷらがたべたいかなぁ」


 と答えるので。


「よっし!奮発して接待で使う天ぷら屋を予約するか!」


 と俺が言うと。


「あとゆず風味の塩辛が食べたいなぁ」


 と言ってニコッと笑った。

 なるほどね、美味さは金額じゃないって事か。


 俺たちは一度家に帰りゆっくりした後天ぷらを食いに出かけた。



 天ぷら処ひらお


 揚げたての天ぷらをリーズナブルな価格で提供する店である。

 素材の味を生かした天ぷらも美味いのだがその人気を支えるのがイカの塩辛である。


 ※昨今は感染対策で様式変更されたりしているのだけれど作中はコロナ関係ない普通の営業形態での来店として書きます。


 塩辛はゆず風味で全く生臭くなく、桃屋の瓶詰めなどが苦手な方でもおいしく食べられる逸品なうえに...食べ放題である。


 席は基本カウンター席なのだがそのカウンターの上に蓋つき瓶でドンッ!と置いてあり好きなだけ取り皿にとって食べることができる。

 食欲旺盛な成人男性ならばそれだけで定食のご飯が無くなって追加購入しなければならないレベルだ。

 更にそれだけではなく季節の野菜の和え物やカボチャをふかして味付けたものなど無料のサイドメニューだけでも満腹になるほどの良店、それが天ぷら処ひらお。


 ちなみにご当地ヒーローなどに詳しい人ならわかるのだが今度東京でも流される福岡のご当地ヒーロー番組、「ドゲンジャーズ」の敵ボスのヤバイ仮面の胸についているスポンサーロゴが天ぷら処ひらおだ。


 入店した俺たちは食券を買って窓に沿って作られているベンチ席に座る。

 寒い中や暑い中外で待たなくて良いように中央に揚げ場、その周りにカウンター席、その外周にベンチ席が設置してある、これがひらおの基本形だ。


「改めて、卒業おめでとう未来さん」


 俺がそう言うと未来さんは嬉しそうに。


「ありがとうございます」


 と、微笑む。


「小学校から中学高校とずっと卒業式に出てきたけど今回は昭彦さんが居てくれたからあたしも嬉しかったわ、保護者席に一人ってさみしいのよね」


 未来さんの祖父母は母方も父方ももう亡くなってしまっているらしくこういう式典は常に幸子ひとりだったらしいのだ。


「そう言ってもらえると光栄だな、昔の未来さんの卒業式も見てみたかったかな?」


 という俺に。


「ビデオ撮ってあるから一緒に見ましょう!一人だと手持無沙汰で最初から最後までフルで撮ってあるの!」


 うわぁ、見れるのはうれしいが小中高とみていくとちょっと長時間過ぎないか?

 俺がそう思っていると。


「もう、お母さん!昭彦さんが困ってるでしょ?ちゃんとダイジェスト編集したのあるんだからそっちでいいじゃない!」


 と、未来さんが助け舟を出してくれる。


「でもさぁ...一緒に同じ時間見てくれたら一緒に居てくれた感じでいいかなって思って」


 と、淋しそうにいう幸子。


「まあとりあえずはダイジェストで、時間があるときにゆっくりフルで見よう」


 という俺に。


「うんっ!」


 とうなずく幸子、くそっ!可愛いな同級生。

 そんなタイミングで席が空き俺たち三人はカウンター席へ通される。

 ルンルンで立ち上がった幸子を追おうとした瞬間。


「私は二人っきりのを過ごしてるので過去の卒業式は見れるときでいいと思いますけどね」


 と耳元で囁かれた。


 またそういう事を言う...と思いながらドキドキで幸子の後を追うのだった。

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こあくまたまご 〜俺を惑わす小悪魔は親子丼のたまごのほうでした〜 よっち @yotti4431

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