第2話 もう一人の彼女
「すまない、もう君とは会えない」
俺の言葉にフォーチュンさんは泣き崩れた。
彼女は外国人...というわけではない。
所謂あだ名、ハンドルネームやペンネームと言ったところだ。
そう、ペンネーム。
彼女との出会いはとある小説投稿サイトだった。
よくある話でお互い感想やレビューなどを交換しているうちにTwitterでも繋がり仲良くなった。
あれはもう2年も前になるだろうか?
当時高校を卒業して短大に通う為一人暮らしをすると言う彼女の相談を受けていると進学先として出てきた地名が熊本だった。
それで買い物などに車を出してあげたのがリアルで顔を合わす最初だったと思う。
お互い本名は知らないままだったがネットの知人なんて食事や飲み、何かの手伝いなどでリアルで会ってもハンドルネームで済むものだった。
まあ俺の方は名字を消して「昭彦」というペンネームで書いていたので名前を呼ばれているのとなんら変わりはなかったんだが。
「本当にもう会えないんですか?昭彦さん」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら問うて来る彼女。
彼女は俺にとって歳の離れた妹のような女性だ、本来結婚相手の幸子に紹介しても悪くない間柄だ...あの夜さえ無ければ。
出会ってから1年、同じ県という事で何か有れば手助けする程には仲良く...今の妹のような友人関係を築いていた俺たちだったがそこに降って湧いた俺の転勤話。
「少し遠くなるけど何か有れば言ってくれよ、すぐ飛んでいくから」
そう言って俺は福岡に転勤した。
そこで幸子と出会って恋人関係になった訳だがフォーチュンさんとも連絡はしていた。
浮気などという話ではなくやましい事が無いという事実があるからこそ福岡で恋人ができたなどという話も気軽にしていたのだ。
『へぇー、良かったですね。
昭彦さんのお眼鏡にかなうって事は美人さんなんですか?』
なんてメッセージに。
『おお!凄い美人だぞ!機会があれば会わせてあげたいな』
なんて感じにな。
それから一週間ほど経ち丁度家の引き払いの手続きや業務の関係などで熊本に行った日。
とても暑い日だった。
『今日は熊本泊りなんだ、時間があるなら飯でも奢ろうか?』
という俺のメッセージに帰ってきた返事は。
『えー!嘘でしょー?昭彦さんが来るなら断れば良かったー!
今日は大学の友達と飲み会の約束入ってるんですよー!
えーん!昭彦さんに会いたかったよー』
と、泣き顔の絵文字付きで返ってきた。
『じゃあしょうがないな、また今度にしよう』
俺は一人夕食を食べて大人しくホテルの部屋で寛いでいた。
そろそろ寝ようかと思っていた時、スマホにメッセージが届いた、フォーチュンさんからだ。
『なんかへんなくすり おとこのこにいえのかぎとられた』
という漢字変換さえされてない短いメッセージ、俺は血の気がひいてホテルを飛び出した!
彼女のマンションは家具を買いに行った時運んだから知っている、ここからタクシーなら1時間かからないところだ。
すぐさまタクシーを拾って乗り込みながら電話をかけるが電源が切れている。
頼む!無事でいてくれ!
そう祈りながら40分ほどで彼女のマンションに着くインターホンを押しても無駄だろう、俺はインターホンの操作盤のキーを記号のあと数字を押すと自動ドアが開く。
このマンションはうちの会社の管理物件なので玄関の自動ドアは専用の共通パスで開くように設定されている。
俺はエレベーターを待つ時間も勿体無いと階段を駆け上り305号室...彼女の部屋の前に着いた。
ガンガンガン!ピンポンピンポン!ガンガンガン!
俺はドアを叩きながらチャイムを連打する!
ガチャ!
「あ?うるせーな!誰だテメー!?」
彼女の部屋のドアを開けた男の顔を間髪入れず右ストレートで打ち抜く!
誰かは知らんがチャラそうなクソガキだ、ブチ殺してもかまわんかと思いながらドアを開けて中に踏み込んだ俺の目に入ってきたのは下着姿に乱暴に剥かれた彼女の姿、意識は朦朧としているようだしその顔には白い液体がかかっている。
人間怒りが過ぎると逆に冷静になるものだ、俺は頬を押さえて蹲っている男の腹にどっかりと腰を下ろすと襟首を掴んで持ち上げる。
「何をした?」
俺の問いに男は震えて答えない。
バシッ!
平手で1発殴る、耳にぶち当てて鼓膜でも破ってやろうかとも思ったが俺の問いが聞こえなかったら困るのでやめておく。
「何をした?」
答えようとしないので再度大きく手を振りかぶると。
「ご、ごめんなさい!ネットで買った薬を飲ませただけです!」
そのままもう一度引っ叩いて。
「だけ、だぁ?じゃあなんで彼女は下着姿なんだ?顔にかけたのはなんだ?」
男はひぃ!っと顔を背けながら。
「ぬ、脱がしてたらテンション上がっちゃって口で...」
もういい、聞きたく無い。
俺は男のポケットから財布を抜き免許の写真を撮り、携帯の番号を確認する。
「彼女の意識が覚めてからお前をどうするか決める、このままだと殺しかねないからさっさと消えろ」
そう言って玄関から蹴り出す。
ヒィイー、と声を上げて男は逃げ出した。
俺は彼女をバスルームに連れて行き下着のまま全身を洗ってから水を飲ませて指を突っ込んで吐かせる、簡易的な胃洗浄だ。
効果があったのかバスタオルで拭き上げ着替えを済ませた頃には彼女の息は整ってすうすうと寝息を立て始める。
俺は少し安心しながらも彼女の頭を撫ぜながら寝かしつけた。
いつの間にか俺も眠っていたようだ、差して来た朝日で目を覚ます。
俺の胸の中で眠っていたフォーチュンさんも俺が身じろぎしたせいか目を覚ましたようだが様子がおかしい。
「ああああああああ、あたし...汚された!あんな初対面の男に...薬で...」
彼女は頭を抱えて苦しみ始めた。
「落ち着いて!君は汚れてなんかいない!」
俺は彼女を抱きしめてそう叫んだ。
「でも...あいつあたしの口を...どうしよう昭彦さん、あたしもう好きな人とキスもできない!」
彼女は俺の腕の中で震えている。
「そんな事ない!君は汚れてなんか居ないんだ、アイツに相応の報いを受けさせる!気にする事なんて無いんだ!」
俺はそう言って彼女の背中を撫ぜるが彼女の震えは止まらない。
「口ではなんとでも言えますよね...昭彦さんだって心の中はきっとあたしのことを汚い女だと思ってるんでしょ!」
彼女の心はひどく傷ついているようだ。
「そんな事ないよ!君は気高く綺麗なままだ」
俺がそう言うと。
「嘘、じゃあ今あたしがキスしてって、嫌なこと忘れさせてって言っても何もしてくれないんでしょ?」
そう言われて一瞬固まってしまった。
彼女のことはそう言う対象として見たことはないし見てはいけないと思っていた、しかしここで拒否してしまえば彼女の心は壊れてしまうかもしれない。
「ほら!やっぱり汚いと思ってるんだ!」
そう言われては仕方がない、俺は。
「汚いなんて思っていないよ、ね?」
そう言いながら彼女に軽くキスをした。
すると彼女は。
「そんなキスじゃ信じられません、誤魔化されませんよ?」
と、一気に雰囲気を変えて見つめてきた。
不本意だが仕方ない、今は彼女のケアが第一だ。
「これなら信用できるかい?」
俺はそう言って今度は深く口付けをして舌を差し出した。
その舌を彼女は受け入れて絡め始めた、いかんこのままだと反応してしまいそうだ。
慌てて口を離すと彼女は名残惜しそうな表情をして一言。
「昨日は意識が朦朧としていたので本当に無事だったかわからないんです...だから...昭彦さんの手で...調べてもらえますか?」
と言ってきた。
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