四
「ううん、阿久津くんはこっちじゃなくて――そっちの、物置件カムフラージュの家にずっと居てもらってる。こっちは堂島さんとのセックス部屋になるし、なんかあった時の為に阿久津くんにも教えてなかったし、堂島さんが阿久津なんか入れる必要ないっていうからさ――っていうか――…今、こっちが私の本当の家って気付いたんじゃない?」
「あ?」
「もう、後ろにいるよ」
おれが振り返ると同時に、醜く歪み笑いを浮かべた阿久津の馬鹿みてぇな顔――そして腰から下腹にかけて灼熱感が走った。全身に衝撃が走る。びくんと身体が跳ね、灼熱感の後にやってきた痛みで硬直する。
「て…っめ」
すぐに阿久津を掴もうとしたけど、激痛で動けない。阿久津の顔と同じように、自分で自分の表情がかなり歪んでいることがわかるほど腰が痛い、熱い――。なんとか腕は上がったけど、阿久津はそんな力の入ってない腕を強く弾いた。
「ぎゃーっはっはッだからいっだだろぉ?市井時鷹ぁッブルプラ舐めてるとしらねないよってよぉ?」
ずぶりと、腰から下腹までナイフが貫通していた。痛みというよりは張り裂けるような鋭利な灼熱感――。頭に包帯を巻いた阿久津は大笑いすると、おれから離れた。ぶっ殺してやろうと思ったけど、足が言うことをきかねぇ――。ケータイを持つ手がぶるぶると震えるけど、離さなかった。
「市井くん。もう貴方は運がない。運がない人は、例外なく死ぬんだ。阿久津くんにやられるなんて思ってもなかったでしょう?どうせいずれは捕まるなら、市井くん殺したいってずっと言ってたんだよ。まぁでも呪われてなきゃ――んなこと――は――」
がくんと膝をつく。西野が何か言っている。
「は――ッはっはっは――馬鹿――」
阿久津が笑っている。声が遠くなっていく――。
「――…めぇはほんと」
視界も暗く――くそがッ。まだ――。
「――…がよッこのくそ馬鹿が――」
阿久津への怒り、そして堂島への怒り――。そんな強い感情を持ちながらも、おれは――最後に、西野にどうしても言いたい言葉がある。だから、ケータイを放さない。
馬鹿だと騙された間抜けだと、誰に笑われてもいい。ただ、最後までカッコだきゃつかなきゃ――なん…ねぇよな。そう、おれがずっと――最初から…思って…いたこと。
辛い感じなんか出しちゃいけねぇ。最後の最後まで、おれは――。おれがおれである為に、カッコつけてねぇといけねぇ。
そうだよ西野、おれは別に、こんな…ことに、なっても…怒ってなんかねぇ、それよりも――。
「西野――」
「うん?」
「巻き込んじまって、すまなかったな」
それが――おれの最後に発した言葉。マジで、お世辞抜きでカッコいいだろ――?
まぁ、西野さ。お前もエリナと同じで――。もっと早く出会っていたかったと思うよ。そうしたら、そんな歪んだ性格にならずに、救えてたかもしれねぇって――。
嘘か本当かもうわからねぇ、でもさ。あの時、お前言ってくれたじゃん。
私だけは――おれを肯定してくれるって。そして、私も否定して欲しくないって。肯定して欲しいって。
お前は演技だなんだって言ったけど、あの言葉だけは、お前のこれまでの人生を考えると、本音だったんじゃねぇかなって――思うんだ。
だから、その約束は守るよ。
お前は、本当は、優しい子なんだって。おれは、最後までそう――。
おれだけは――最後までそう思っていてやるよ。
意識が遠く、どこかへ吸い込まれていくような感覚になる。少し寒い。意識が完全に何かに吸い込まれ、飛ぶ瞬間――耳元で、多分エリナの声、か細い声で『ごめんね』と聞こえた。ふざけんなマジで、まぁもういいけどよ、だったら彼氏捕まえて連れてきてやっからお前こんな呪いなん――。
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