四
すべてが終わったんだ――。そう、終わったんだ。
当初の目的だった、兄貴の無念を晴らしたような気もするけど、正直、どうやって兄貴に報告すればいいのかはわからないし、このままじゃ兄貴の墓の前で泣けないような気もする。
兄貴の死を調べた結果、結局は自分も命が懸かった。だけど、結末が――。おれや西野は悪くないと思う。でも、胸を張って兄貴の墓の前で――これまでのことを報告できるのかって言われたら、微妙だ。
不可抗力だと思う。どうにもできなかったとも思う――だけど。
いや、弱気になるな時鷹。とりあえず呪いは終わった。命を落とすようなことはなくなったんだ。そう、これで終わったんだ――。
そんな風に強く思っても、一切の安心はできないし、そんな気分でもないし、何故か何も終わってないような気もする。
約束通り西野と祝杯をあげるためにコンビニで酒を買って自宅に戻ってきたけど、口に付けたビールは今まで味わったことがない苦さだった。
西野も、口を固く結んだまま、難しい表情を浮かべながら手に持ったビールを眺めている。
「これで、終わりか――」
「うん」
「でも、なんだかな…」
まぁ後味は最悪だ。これはエリナの夢じゃない。現実の話。呪いは終わった、でも、やっぱりこれですべてが終わったとは思えない。目の前で人が死んだ、恐らくそう遠くないうちに警察は来るだろう。そして、エリナの母ちゃんの今の彼氏も。
まぁそれでも、命さえあるならばなんとかなるだろう――。そう前向きになりたいけど、
そんな気分には、なれない。
少し時間が経って冷静になってしまうと、どうしても考えてしまう。エリナの母ちゃんは死んで当然のことをしたんだと思うし、連れていかなければおれ達が死んでいたのだから、そこに後悔はしてない。自業自得だとも思うし、誰かを殺すのなら、自分も殺される覚悟を持たないといけないとも思う。
だけど、実際にそれを目の前で見ると――あんな死に方を目の前見ると、やりきれないというか、罪悪感というか、本当にこれでよかったのだろうかと思ってしまう。
もう――おれが捕まったり、エリナの母ちゃんの今彼氏と揉めるのは構わない。
わかってる、どうしょもなかった。どうすることもできなかった。おれはただ兄貴の無念を晴らしたかっただけ。当然のことをしただけ――。
そんな風に自分の行動を正当化しても、この心の奥に残るもやもやはしばらくは――いや、永遠に残るのかもしれない。
「これからが大変そうだな――。だけどまぁこれでエリナも、成仏してくれればいいんだけどな」
「そうだね」
西野は言葉短くそう言うと、悲しそうな表情をしたまま変わらずにビールを眺めている。
「どうした、随分と浮かない顔じゃんか。これで、やっと呪いは解けたんだぜ」
おれはそんな西野にそう軽口を言うと、西野は笑ったけど、それでも悲しそうな――なんつうか、さっき言ったような難しい表情のままだった。
「それは――市井くんも同じだよ」
西野は視線を合わせないままそう言った。まぁそうだな、どんなに自分を正当化しても、不可抗力だなんだと思ってみても、実際に――呪いが解けたぜやったぜ!って感じではない。そんな風に開き直ることは到底出来ない。
むしろ――産まれて初めて味わう、吐き気がするほどの、陰鬱な――ほの暗い感情。
「――…まぁ、ね」
おれは素直にそう答えた。そもそも、あんな風に人が死んで、元気なはずがないよな。まぁ――酒呑んでるんだけどさ。
「でも西野、おれはもっとこうなんつーか…。お前は運が無くなって事故死するとかなんとかって言ってたじゃねぇか。だけどあれじゃ…そのまんま呪いで死んだみたいだったじゃねぇか」
「うん――」
西野はおれの言葉に軽く相槌を打つと、同じように軽くビールに口を付けた。それからぼそぼそと口を開く。
「私も、初めてあんなの見た。正直、まだかなり動揺してる。とてつもない強い悪霊だった。普通、人が死んでもあそこまでならないと思ってた。多分、エリナがちゃんと霊能力者を目指していたら、私なんか足元に及ばない本物になったんだと思う。とてつもない才能と、とてつもない恨みが重なった…ってことなんだと思う」
「――…理不尽に殺され、ばらばらにされてラブホの排水溝に捨てられれば、そりゃ恨む、か。ほんとにクソどころか、死んで当然の母ちゃんだったよな」
おれはそう口にして、ビールをくびりと呑んだ。そう、エリナの母ちゃんは救いようのないクズ女だ。それは間違いない。さっきも言ったけど、エリナを殺したんだ、エリナに殺されてもしょうがないとも思う。そして自分達の命も懸かっていた。どのみち、選択肢なんかなかったんだ。でもよ――それでも――。
「市井くんは、後悔してる?」
「え?」
「間接的に人の死に関わって。そう、あれは私達が殺したようなものだもん」
「後悔っつーか、なんつーか…うん、難しいよな」
おれが少し俯いてそう言うと、西野はビールをテーブルの上に置いて、ソファから身を乗り出す。ちょっとその行動にびっくりしたけど、それがおれの手を握るための動作だったことがわかって、ちょっと安心する。西野の手は、冷たくも温かくもなかった。こういう時はあったけぇってのがいいんだろうけど、事実としてそうじゃないんだからしょうがない。
「市井くん。後悔とか、そんなことはしないで。私達は、正しいことをした。それに、そうするしかなかった。私だけは、理解するから。どうかそんな顔しないで。市井くんは、お兄さんが亡くなった本当の理由を知りたかっただけ、それは当然のことだよ」
「――…」
まぁ、微妙な表情をしているのは西野も一緒だろと思ったけど、言わなかった。
「よく言わない?人を殺した奴は、地獄に落ちるし、もう誰からも肯定されることはないし、お日様の下を堂々と歩くことも許されない――なんて」
そう言った西野の瞳にぐっと力が入る。
「いや、まぁ――地獄にはそもそも落ちるような人生歩んでるったらそうだけどな」
おれは自分の人生を振り返ってマジでそう思った。西野は、おれの手を握ったまま口を開く。
「だから、私だけは…私だけは市井くんを理解してるし、私だけは市井くんを肯定する。だから、市井くんも私を否定しないで欲しい。お願い。私を否定しないで。肯定して欲しい――。私達は、間違えてない。絶対に」
それは、とても強い口調だった。おれはそんな強い口調――というか、強い意志を持てる西野をすげーなと思った。でもまぁ、西野だって決して晴れた表情じゃないけどね。
「とりあえずさ、もう今は何考えてもしょうがないじゃん。だから、いっぱい呑もうよ。そういう約束したじゃん」
西野はそういうと吹っ切れたように笑顔になって、テーブルの上に置いたビールをごくごくごくと呑み干した。そんな西野を見て、おれもビールの缶を握り直す。
「ん――まぁそうか」
「そうだよ」
西野はそう言うと二本目のビールをカシュっと開ける。笑ってはいたけど、ヤケになっているようにも見えた。だけど、それをもう指摘はしない。酒でも呑んで少しでも楽になりたい、少なくともおれはそう思ったからだ。
「明日また、考えますか」
そんな西野に釣られて、おれもビールを呑み干す。まぁなんつーか、やっぱなんか、いつもよりビールは苦いような、不味いような。うめーぜぇって感じじゃなかった。
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