四
なぁ、そう言えばさ。冒頭で言ったよな?
悔いはない。おれは自分が正しいと思う道を進み、西野と初めて会ったあの日に至り、そして行動をした、と。
だけど、思う。もっと、最良の未来が――道が、あったのかもしれないなんてことを――。
そしてこれは――そんなおれの後悔の物語であり、誰も幸せになることはない物語なんだと。そう――誰一人も幸せになんかならない。
もうすぐ最後だ、あんたには――こんなおれの話を、最後まで聞いてくれて感謝する。
どうか――もう少しだ。最後まで聞いて欲しい。
「――…エリナ…?」
目の前には、エリナが立っている。俯いていてその表情が見えることはないけど、決してご機嫌がよさそうな雰囲気ではない。
エリナが持っているのはおれが最初に見た――西野がばらばらになって入っていた大きめのアタッシュケース。
そうだ、多分これは――エリナが殺され、ばらばらにされて入れられたアタッシュケース。なんでだろう、そんな気がした。
そして――死の暗示。お前も協力しないとこうなるぞという、明確な死の暗示。
エリナは、そのアタッシュケースをおれに渡す。
その瞬間、留め具がされてなかったアタッシュケースががばりと開く。中から、ごろんと転がったのは――おれの――首だった。
「――…ッ」
心臓の鼓動で目を覚ます。呼吸が乱れる。激しい心臓の鼓動、そして混乱する意識の中で思うのは、なんなんだよという強い思いだった。
今の夢は?すべては終わったはずだ。なんでだ、偶然か――偶然見た夢か?
いや――違う。明確にエリナがおれに見せた夢だ。何度も味わったこの感覚を忘れるはずがない。これはただの夢じゃない。エリナがおれに与えた――明確な暗示。そうだ、これは死の暗示。
乱れる呼吸を整える為に大きく息を吸う。ここは自宅のリビング。ラバーベイサイドから酒をコンビニで買って、西野とここで決して祝杯なんかじゃなかったけど、酒を呑んだ。
西野は――?
立ち上がる。最後の記憶は西野がビールを呑んで寝てしまったので、おれも寝ようとソファーに背をもたげた時だ。無理もない、疲れたんだろうとおれは無理に西野を起こさなかった。そうだよ、もう呪いは解いた。色々と不安な要素はあるけど、命さえあればなんとかなるなんて開き直りたくて、おれはがぶがぶと酒を呑んだし、西野もかなり呑んでいた。
「西野?」
廊下に出て少し大きめの声でそう言ったけど、返事はない。家はしんと静まりかえっている。時間は、深夜の二時半――おれのベッドに移動したのかもと確認する前に、玄関を見る。
「――…」
西野の――靴がない。玄関には、おれの薄汚れたスニーカーしか置いてなかった。そして、鍵も閉まっていない。西野は、こんな時間にどこかへ出かけたのか。コンビニか、自動販売機か。まさか――帰ったのか。
落ち着かない。西野にいますぐ今見た夢の話をしたい。そうだよ、呪いは解けてなんかないかもしれない。
リビングに戻ってケータイを確認したけど、西野からはなんの連絡はない。電話をしようとケータイのボタンを押すと、二階からぎしりと階段を下りるような音がした。うちの家は結構ぼろいから、階段を誰かが下りるとぎりしと鳴ってしまう。
二階のおれの部屋に――?でも靴も鍵も――。
ケータイを持ったまま再び廊下へ出る。階段から誰かが下りてくる気配はする。
「西野…?」
おれはそう口にした。上にいる奴は、おれの問いかけに返事もせずにゆっくりと、ぎしりと音を立てて階段から誰かが下りてくる。
二階へと続く階段の先を眺めながら、吐き気を催すほどの緊張と、背筋の毛が全部立つような悪寒がした。
そう、認めたくなかったんだと思う。それは――当たり前のことなのに、おれはそれに少しは気付いていながらも、呪いは解けたんだと、もう大丈夫なんだと――それを認めたくなかったんだと思う。
親は帰ってきていない――。
「はぁ…はぁ…」
兄貴は死んだ――。
「はぁ――…はぁ…はぁ…」
西野は靴もない、玄関の鍵も掛かっていない――。
呼吸が激しく乱れる――そうなれば、もう階段から下りてくる奴は――。
「はぁ――…はぁ」
エリナしかない――。
そうわかっていたはずなのに。気付きたくなかったんだ。
階段からゆっくりと――醜く表情を歪ませながら笑顔を浮かべるエリナは、変わらない――真っ黒い瞳で、階段下で待つおれの姿を捕らえた。
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