四
「これで最後です、どうぞぉ!時鷹さんッ」
金髪刈りあげでなかなかの体格の絵美ちゃん――。そう、ヒョロガリの長門軍曹の妹とは到底思えない絵美ちゃんがどさっと床に卒業アルバムを置いた。その数、なんと十五冊。
何冊かぺらりとめくると、最後の余白にもろ友達とかからのメッセージとかが書かれている。なぁ絵美ちゃん、これさ――無理矢理奪ってきた系の奴じゃないよね。ちゃんと返してあげるんだよね?卒業アルバムって、結構思い出だからね?
「よくやったね、偉いよ」
萩原はそんな絵美ちゃんを見てうんうんと優しく頷いてそう言うと、すぐにおれを見てドヤ顔をした。まぁ、なんにもしてねぇとは思わないよ。でも、マジその顔むかつく。これだからデブの長髪は信用することがどうしてもできない。
「あ――うん、ありがと。じゃあさっそく捜しますかね」
でも我慢だ。今はマジでそれどころじゃない。萩原をぶっ殺すのは後でもいい。おれは自分でもわかるほどちょっと引きつった笑いをしながらそう言うと、まずは長門軍曹のお母様が煎れてくれたコーヒーで唇を軽く湿らし、ぺらぺらと卒アルをめくっていく。
「――…」
そう、今大切なことは――なんとかエリナを捜すこと。
「お、時鷹氏、いましたぞ。鈴木絵里菜」
「おう、こっちもいるな」
みんなに手伝って貰いながら、ある程度ぺらぺらとめくり続けた時、多分――おれが今この胸に抱いているこの感情――いや、この思いを――みんな感じていたはずだ。
「市井くん、こっちもいるぜ?佐伯恵里那」
「時鷹さん、こっちでもっす、前園江里奈!」
想像以上に、エリナ多い。
「あ、またいた…」
おれと長門軍曹と、萩原と絵美ちゃん。四人で捜し始めて十分もしない内に十人くらいなんとかエリナを発見してしまった。
マジか。半分もいかないうちにこれか。単純にこれから倍は見つかるとしても、二十人近い家におれ行かないといけねーのか?
しかも、これだけは誰にもまかせられない、自分自身が行かないと心配だし、長門軍曹や萩原じゃ多分っていうか、絶対無理だ。おれだって命が懸かってないなら、知らねぇ人の家のピンポンなんか押して、エリナさんはご在宅ですかぁ?なんて言えない。
それに――エリナは間違いなく母ちゃんに殺されている。そもそも、母ちゃんがまだこの辺にいるのかどうかすらだってわからないし、居ませんよ、何故なら私が殺したからでぇす。なんて素直に言うはずがない。
やべぇ。思ったより安易に考えすぎてたっぽい。そうだよ、これってマジでやべぇんじゃねぇか?まぁでも、なんの手がかりもなく動かないよりはずっといいとは思うけどさ。
「思ったより…多いね。どうするの?一軒一軒電話してみる?」
萩原がそう気まずそうに言う。いや――駄目だ。電話なんてしたら逆に警戒されるかもしれない。
「いや、それはいい。そんな簡単に教えてくれないだろ、いきなり娘の名前言っても、不審がられる」
「でも、全部行くわけにはいかなくない?引っ越したってこともあるかもだしさ」
「いいったらいいんだよ。やっぱ名前だけで中学生探すなんて無理なんかな、くそッ――」
おれがそう強く言うと萩原はしゅんとして俯いた。この馬鹿が!だからデブの長髪は駄目だ――そんなことしたって、リスクにしかならない。友人ぶって電話に変わってもらったとしても、不在であれば判断ができない。まぁ電話越しにエリナ殺した?って直接言って反応を見るのもアリかなぁなんて思ったけど、そんな不穏な電話掛かってきたら速攻で居なくなるっつーか遠くに逃げるよね。
「――マジかよ」
おれは思わずそう呟いてしまった。あと、どれくらい時間があるのかわからない。そもそも、この卒アルの中に正解のエリナがいるのかすらわからない。
でもッやんなきゃ可能性はゼロだッ――なんて主人公的な事を言ってみたい気もするけど、マジでこれやばいって。あんまり時間を掛けすぎることはマジでできない。
ふと、亮介の顔が頭に浮かんだ。
あいつにすべてを話せば、おれと同じくらい必死にやってくれるかもしれない。絶対に笑われるし、薬物を疑われるかもだけど、超暴力的な手段も抵抗なくこなしてくれるかもしれない。
いや――だけど駄目だ。ここで亮介を頼るわけにはいかない。
結果として、間違いなくヤマも巻き込むことになる。あいつらは、絶対に確かめる為にラバーベイサイドに行く。そして絶対に後悔する。おれにようにまったく霊感がなくて、出会わないなんて可能性もあるけど、全部喋ればエリナの存在を知る。それを意識してあの場所にいいくのはマジでやべぇ。
くっそ、マジでいい案が思い浮かばない。この卒アルの中のエリナの家に直接行って、確かめるのが最善なのか。時間はかかるかもしれないけど、やっぱそれしかないのか。
言っていいか?主人公的な言葉を。そう、やんなきゃ可能性はゼロだ――。
うぐうぐと悩むおれが顔を上げると、長門軍曹がじぃっとおれを見つめていた。
「時鷹氏――」
そしてそう言うとすっと手を挙げる。え、何?挙手制なのか?
「どうした長門軍曹、マジこれどうすりゃいいんだよ。なんかいい案あんのか?」
「いえ、その…小生、この前話を聞いた時は…」
「ん?」
「エリナというその子が中学生くらいだと判断していたでありますが、今、中学生探すなんて無理なんかなとはっきり言ったであります。エリナは中学生なのでありますか?そこは確定したのでありますか?」
その言葉を聞いた瞬間、脳みそにびびっと電気が走った。
「あの日から、何か進展があって確定したのでありますか?それとも、本当は知っていたけど、あの日は濁しただけありますか?とても重要なことなので、教えて頂けると助かるのであります。それに、時鷹氏の為にも、重要なことであります」
「あ――」
そうだ。長門軍曹と萩原と始めて話した時は、まだはっきりとしてなかったけど、今ははっきりとしていることがある。
おれがエリナを中学生だとはっきりと認識したのは――。
「長門軍曹、でかした。マジで」
おれはそれだけを言って長門軍曹の肩をばんと叩くと、すぐさまに長門軍曹の家を飛び出した。
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