暗闇の中、ぽつんと立つエリナがこっちを見ている。

 表情は相変わらず見ることはできないけど、友好的な感じじゃない。

 その口がぼそぼそと何かを言っている。

『――えている』

「あ?」

『――えている、きづいて――』

 エリナはそうぼそぼそと何かを言うと、もうそれ以上は何も言わないまま唇を固結びしちまったように黙り込んでしまった。おれはそんなエリナを見つめながら、最近エリナの記憶っぽい夢ばっか見てたから、こういうの――久しぶりだなぁなんて呑気なことを思った。

「おれに任せておけ」

 おれはそうはっきりと言ったような気がする。そう明日は――明日は、お前がさすがに卒業したであろう小学校の卒アル…卒業アルバムをかき集める。そん中から、エリナって名前の奴全部片っ端から捜してやるからな。

 そう――明日ですべてが――。

「――…」

 いつも通り起き抜けは最悪。でも、これは夢のせいじゃない。今日は大した夢じゃなかった。明らかな――二日酔いのせいだ。

 重く、そしてずきずきと痛む頭を持ち上げる。ああ、ソファーで寝ちまったのか。最後の記憶が曖昧だけど、親父のウイスキーをそのまま呑み始めたところぐらいで記憶がすたんと途切れている。

 西野は、対面のソファーで寝ていた。寝顔は正直スマートじゃない。西野もまた、マジできつそうで寝苦しそうな表情をしている。ケータイを見れば十時半。萩原からのメールも届いていた。

『全部準備できたよ。しばらく長門の家に居るから、連絡できる時に連絡して』

 マジか、この激しい頭痛と吐き気――つまりは二日酔いの最中、おれはまた長門軍曹の家まで愛車を飛ばして行かなければいけないのか。うぐぐ、でもそれは仕方ないこと、どんなに辛くたって、呪いで死ぬよりはマシだ。

 なんとか重い頭と腰を上げて椅子に引っかけていた上着を着る。西野を起こそうかとも思ったけど、外で行動するのであればおれ一人の方が何かといい。間違ってブルプラの奴らに会っても面倒だしね。

 バイクに跨がってから、また長門軍曹の家かぁなんて思いながら絵美ちゃんのことを思い出す。まぁなんつかーさ、嫌ってわけじゃねぇんだけど、苦手なタイプだよね。ぐいぐい来るっていうかさ、すげぇ勢いのある子はさ…。

 家の門からバイクで出た瞬間、白い物体が出てきてぎゅっとブレーキを握った。

「あぶねぇ――」

 その白い物体がバイクの頭だとわかった瞬間、あぶねぇだろと大声と出そうと思い運転手を見た。

「あぶない、だろ?」

 大声を出そうと思ったけど、止めた。大声は小声になり――そして疑問系になった。

「時鷹」

 よく見れば白いフォルツア――。そしてそれに乗っているのは――ヤマ。

「ど、どうしたんだ」

 おれはドキがムネムネ。いや違う。胸がドキドキした。いや、ドキドキどころじゃない。マジやばいどうするって感じだった。つまりは取り乱していた。

「いや、昨日時鷹のお母さんから連絡あって、ちょっと様子見て来て欲しいってのと、どうせろくなもん食べてないだろうから、作ってあげて欲しいって言われて」

「お、おう――」

 ヤマがしおらしくそう言った。いやマジですげぇいい子だよな。うちの母ちゃんもヤマに連絡するたぁ――。よく見ればハンドルにかかったビニール袋からゴボウさんがぴょこんと出てる。根菜か――そうだ、ヤマは地味にというか、こんな身なりなのに滅茶苦茶料理が美味い。女子高生が根菜使うなんてなかなかだろ?

「どっか行くの?」

「ああ、ちっとな。だから――夜にでもまた…」

「家で待ってるよ、仕込みとかあるし。カレーとおいしい汁もん作るから。どうせあんた、ちゃんとした野菜とか食べてないでしょ」

「いや、ちょっとまぁ…後でがいいか、なぁ」

 うまく言葉が出てこない。

「なんで?別によくない?」

「あ、いや――」

 おれがもの凄く気まずそうに嫌がってる姿を見て、ヤマの表情がどんどんと曇る。

「誰か、いんの?」

 出た。女の第六感。おれはその言葉に反応もせずに、一発で当てたヤマの顔をまじまじと、そして気まずそうに見つめる。そんなおれを見ながら、どんどんとヤマの眉毛はつり上がり、般若のような顔になっていく。

「あんた、まさか」

「い、いや、マジで色々あんだって」

「マジで?マジで西野が家にいるわけ?」

「ああ――まぁでも、違うんだ。マジで色々あんだって」

「なんの色々よ?」

「いや、マジで――」

 おれは必死に一から十まで説明を始めたけど、説明の途中でヤマの表情が晴れることはなかった。むしろ怒りを通り越して、最後には呆れるような表情に変わっていた。

「亮介から聞いたから、ブルプラに狙われてるってのはわかるよ、それで、あんたにとって西野が必要だってこともわかる。でも、泊めることなくない?」

「まぁ長引くようなら当然どうにかしねぇといけねぇし、今はでもそんなことやってる場合じゃねぇんだって」

 おれは必死に説明した。だけど、やっぱりヤマの表情は晴れることなく、また、理解を得ることもできなそうだった。

「あんたさ、本当に何してんの?」

「全部終わったら――話す。それまでは何も言えない」

「そう――」

 ヤマは大きくため息まじりにそう言うと、小さな声で「ばっかみたい」と言った。

 そして愛車にエンジンをかけると、そのままUターンして消えて行った。角を曲がってヤマが見えなくなった時、まぁよかったなという安心感と同時に、悪いことしちまったなって思った。

 でもヤマ、ちげーんだ。本当におれは、お前が――お前や亮介が大切だから話せないんだ。

 そうだよ、全部――全部終わったら――ちゃんと話すからよ。それまで待っててくれ。んでよ、笑われかっもしれねーけど、それで納得して欲しいんだ。



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