四
長門軍曹の家から出てすぐ、西野に電話をして、明日にはこの辺の小学校の卒業アルバム(三世代分)が手に入るから動くよっていうことと、阿久津と堂島が捕まってないから、マジで注意してねってことを伝えた。
それと、亮介の件も謝るというか――あいつはあいつなりに考えて、不器用なことをしちゃったと説明をした。
それを聞いた西野は全然怒ってはいなかったし、むしろ木崎くんの言う通りだと反省していた。柊くんを優先すべきだったと、近すぎて気付くことができなかった。当たり前のことができなくて、恥ずかしいと。
そして――自分は当然怒られるようなことをしてしまったけど、自分の噂を知る人間であれば――木崎くんがあれ程怒ることもしょうがないことだと言った。
おれはその時、不意に「ほんとに噂だけなの?」と聞き返してしまいたい衝動を胸の中だけで抑え、口にはしなかった。
西野と話し、噂とは違ういい子なんだけどなと思うたびに、花ちゃん――亮介、そしてヤマの顔が脳裏によぎる。
信じてはいけない。疑ってかかってほしい――。
花ちゃんはおれにそう願った。泣きながら、鼻水を垂らしてまで願った。うまくは説明できないけど、嫌な予感がするとまで言った。亮介の言う通り、おれもそれを無碍にしているつもりはないけど、今は西野を信じるしかないし、疑うこともない。
ブルプラのせいでなんか喧嘩の話ばっかりになってしまっているけど、マジでやばいのはエリナの件だ。
兄貴が死に、呪いは存在し、早くしねーとおれも西野も死ぬ。西野は自分の意思だったとは言うけど、結局はおれのせいで巻き込んでしまった。ホントにマジで、ブルプラと揉めてあーじゃねーこーじゃねーしている場合じゃない。
まぁ――それで、いきなりなんだけどさ。そんな感じで西野と話していたら、なんだかんだで西野がうちにちょっとの間泊まることになった。もう向かっているらしい。唐突でびっくりしたろ?まぁ一番びっくりしたのはおれなんだけどね。
因みにおれの提案ではなく、西野の提案だ。家はすでにブルプラに割れている以上、自分一人ではどうにもできないし、何をするにしても昨日みたいなことがあったら不便だからお願いできないかとのことだったんだ。
阿久津だけならまだしも、堂島も出てきているならばおれも了承した。確かに二回目は面倒だし、次は間違いなくガチでくるだろう、昨日みたいに交渉なんかないだろうし、間違いなく長門軍曹の家のカァスティラーさんのように甘くはないはずだ。
おれもしばらくは西野の家には近づかない。ブルプラが張っている可能性もあるし――でもまぁ、西野が居ないなら行くこともねぇしな。
それと、西野の家で思い出したけど、眼鏡も少し心配だった。腕折れてても西野の家に張り込みをして、ブルプラに見つかったらやられるかもなぁと思ったけど、大事をとって入院をしているらしい。少し安心した。安心というか、面倒事が減ってラッキーって感じ。
眼鏡はしばらく大人しくしていてほしい。まぁ、眼鏡が拉致られても警察には通報してやるけど、行く気はねぇ。そもそも男である以上人質として成立しないし、男一匹、なんとかせいってマジで思うよ。
「市井くん、ごめんね」
「お、おう。大丈夫だいじょぶ、親もいねーし。確かに、阿久津と堂島いるならさすがにちょっと危ないし、気持ちもわかるってか、そもそも怖い思いさせてマジでごめん」
西野は、おれがバイクを停めている家の前の駐車場の影に居て、バイクを停めた瞬間にいきなり出てきたからびびった。ニット帽をちょっと深く被って、眼鏡もしていない。一瞬誰かわからなかったけど、よく見れば西野だった。西野なりの変装なんだろう。
「まぁ入って入って。なんもねぇけど」
おれはそんなことを言いながらリビングに西野を通し、いつも西野がそうしてくれているように、コーヒーを出した。亮介はいつも手際よくやっているけど、なんか抽出するタイプのインスタントコーヒーは意外と面倒なんだな。うちのママンも粉タイプのお湯で溶かすだけのやつ買えってんだよ。
「昨日はごめんね、柊くんを優先するべきだったって、すごく後悔してる。木崎くんが怒るにも当たり前だったよね」
リビングのソファーに座る西野は、そう呟くように言った。
「いやいや、亮介も一応――まぁなんつーか、花ちゃんから色々西野の噂を聞いてたみたいだからさ、それが事実かどうかは別として、脅しをかけたかっただけみたい。まぁ、褒められたもんじゃないよね。それに、こちらこそ申し訳ない。くだらないことに巻き込んじゃって…」
そう、本来であれば謝るのはおれの方。今はこうして呑気にコーヒーなんぞを呑める環境ではあるけど、もしも眼鏡が居なければこうはなっていないだろう。地味に結構ピンチだった。西野が拉致らてたまま廃ボーリング場に言っていたら、堂島も居たし、どうなっていたかわからない。
「そういえば花ちゃんて――小松さんのこと?」
「そう、確か同じ中学だったんだよな」
「やっぱりそうなんだ。小松さんて、そんな市井くんや木崎くんと親しくなるような子じゃないと思っていたから――ちょっと意外だな」
そう言って西野は少し笑う。眼鏡を外した西野は、いつもの赤フレームの時とは違って、少し大人びて見えた。
「まぁ、おれは色々世話になってるしね。いい子だよ」
「ふぅん――」
西野はおれの言葉に素っ気ない返事をした。まぁそれはそうか、花ちゃんが自分の噂をおれ達に教えたんだもんな。失敗したかなぁと思ったけど、まぁしょうがない。亮介ははっきり花ちゃんも言ってたけどって言っちゃってたし。
「私だって悪い子のつもりではないんだけどなぁ」
「も、勿論そうだよ。噂は噂だろ。まぁ――おれにとっちゃ別に噂が事実でもなんでも、やることは変わらないけどね」
「前も言ったけど、私は嫌だよ。本当にただの噂だし、それは信じてほしい。それに、そういう噂を聞いちゃったら、少しは軽蔑というか――そういう風に思うでしょ?」
「いや、そのまま言葉返すけど、前にも言ったぜ。そんなことないって。軽蔑とかありえないから。ただ、恩人になるだけ。すべてが終わったら」
「前は、そうはっきりとは言ってなかったけどね。これでちゃんと聞けた」
西野はそう言うといたずらっぽく笑った。
眼鏡じゃない西野は――正直可愛かった。こんなかなり良い雰囲気のまま、泊まりなんてまずいってと思う。おれだって男、男は例外なく狼。凶暴かどうかは別としてな。
つうか、こんなきゃっきゃしてる場合じゃないよな。とっとと呪いを解かねぇといけないっつーのに、なんだかちょっと楽しい気分だ。
マジで、よく考えてみればかなりシリアスな状況なのに――こんな楽しいっていうか、胸が高鳴るっていうのは、ちょっと西野のこと好きなったかもしれねぇなって自分でも思っちゃう。吊り橋効果って奴か?まぁ仮に好意を抱いたからって、特に何をするわけでもねぇんだけどね。
「市井くん、ちょっと――トイレ借りてもいい?」
「ああ、出てすぐ左のドアだよ」
ちょっと恥ずかしそうにそう言った西野に、おれはにこやかにそう教えてあげた。
うーん、家に西野と二人。なんか変な気分だ。ヤマが聞いたらマジでブチ切れそうだし、花ちゃんが聞いたらめっちゃ残念がるだろうな。でも、すべてブルプラのせいだと思って頂きたいよ。やっぱ西野んちあいつらに割れちまってるから、さすがに襲撃はこないだろうけど、危ないったら危ないしね。
「ごめんね、トイレ借りちゃって」
西野が戻ってきてソファーに座る。トイレなんか生理現象なんだから謝る必要もないなぁと思った。
「ところで、エリナって母ちゃんを連れてきてどうしたいんだろうな」
「どうって――」
西野の噂とか、ブルプラの話とか、ましてやおれが西野と話すの楽しくて惚れちゃったかも――なんてことはもう終わりにして。そろそろマジな話をしようと思う。
おれの態度が少し改まったことを西野も理解したのか、西野はソファーにちゃんと座り直して、まっすぐにおれを見つめた。
「いや、西野はどう思ってる?」
おれが思うことはただひとつ。復讐、呪い殺すということ。むしろ、それ意外にあり得ないと思ってる。
エリナが母ちゃんを連れてきて欲しいと願った先にあるものが母親の死であるならば、これは間接的な殺人だ。間接的だったり、死んでもしゃあないなって思うような人間だとしても――人を殺すことに荷担する。これは多分、一生残る苦い思い出になるだろう。
おれはいい。これはおれのことだ。おれは兄貴と兄貴の彼女を殺されてこうなる運命だった。
そりゃあエリナの母ちゃんがエリナにマジで謝ってそれで「お母さん、もういいよ」みたいな美談になるのであればそれが一番いいけど、多分――それはない。それは何故か確信できる。エリナの夢で、エリナと多少なりとも感覚を共有というか、同調したからだろうか。あの黒い感情は、謝ったくらいじゃきっと収まらない。
だから――西野には確認をしておきたいし、できればエリナの母ちゃんを連れていく時は、おれ一人で行きたい。人が人を殺すことに、西野は荷担して欲しくない。ましてや、おれのことで。
「はっきりと言えば、呪い殺すんだと思う。もしも、母親が懺悔して、自分を供養したり、警察に自首すれば許すくらいの気持ちなら、これほどまでの悪霊になってない。それに、ホテルに連れて来て欲しいってことは、そういうこと。あの場所で母親を呪って、殺したいってことだと思うし、間違いないと思う」
西野は、はっきりとそう言った。呪い殺す――そして悪霊と。悪霊――そうか、おれはエリナに同情してしまっている分、そうは思わなかったけど、普通は人を呪い殺すなんて悪霊だよな。
「おれもそう思う。エリナの夢で、おれはエリナの黒い感情をこの身で味わった。あれは、謝ったら許すとかそういうレベルじゃない。だからよ――」
おれはそこで言葉を切った。そして、一度だけ軽く呼吸を整えてから、再び口を開く。
「エリナの母ちゃんはおれ一人で連れて行こうと思う。おれには西野の言う最大限に力を出せるとか、運を完全に削り取るとか、そういうのはわからない。でも、エリナは間違いなく母ちゃんを殺す。これは間接的だとは言え、殺人だ。西野は、そんなことに関わって欲しくない。母ちゃんを連れていければ、呪いは解けるんだろ?」
「待って。別に私がその場にいなくても呪いは解けるだろうけど、私は嫌。私だって当事者、そんなことを市井くん一人に押しつけられないし、この呪いを受けた者として、最後まで見届ける義務がある」
西野ははっきりとそう言い切り、強い目をした。強い目というか、決意を表したような――そんな目と表情。
「じゃあ、そん時になったら決めよう。マジで無理するなよ」
「私は絶対行くから」
西野はそう即答した。おれはその言葉に曖昧に頷くだけ。ここでこれ以上答えを急がなくてもいいかと思い、おれもうそれ以上は何も言わなかった。
少し空気が重くなる。まぁそうだよな、いきなりシリアスな話になっちまったからな。でも、それでもちゃんと話しておかないといけない話だった。だけど、そんな思い空気を西野がさらっと変える。
「それよりも、私、市井くんの武勇伝聞きたいな」
「は?」
おれが思わずそう言うと、西野はにっこりと微笑んだ。いきなり何言ってんだこの子は。
「だって、ちょっと前に私のことだけ聞いたじゃん。その時、今度聞かせてねって言わなかった?」
「あ、ああ――」
あ、そう言えばそんな記憶があるようなないような。でもなぁ――マジで面白い話なんかないけどね。しかもそれ今する話か?
「実は、ビール買ってきたんだ。祝杯には少し早いけど、どのみち明日卒業アルバム集まるまではやることないじゃない?だから、たまには息抜きしようよ。もう今日は、あんまり重たい話はしたくないな。なるようにしかならないんだから」
西野はそう言うとバッグに入っていたコンビニ袋からビールをどんとテーブルに置く。冷えたヤツを買ったのか、缶は結露でいやらしく濡れていた。
くそッ――誘惑が――。ビァーちゃんの誘惑がおれを――。この野郎、嫌らしい目でおれを見つめやがって…このえろビアーめ!つうか西野もぬるくなっちゃうから、買ってきてたなら早く言ってくれなよな。
「ん――じゃ、じゃあまぁ少しだけ――」
おれはビアーちゃんの誘惑に負けて、そっとビアーちゃんに手を伸ばす。指先が触れた瞬間、おれは思った。ああ、キンキンに冷えてやがるッ――と。
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