四
「時鷹さん、お疲れ様っすッ!」
「お、おう――」
金髪、そしてサイドを刈り上げた奇抜な髪型――。中学三年だと言うのに、学校にも行かず、毎日遊びほうけているという女の子――。おれが亮介から聞いた噂によれば、喧嘩もばんばんするらしい。
それが長門軍曹の妹、長門絵美ちゃんだ。絵美ちゃんはおれが長門軍曹の部屋に入るなり、そんな元気な挨拶をしながら部屋に入ってきた。
ちょっと体躯のいい絵美ちゃんは、小学校の頃は真面目にずっと柔道をやっていて、突如としてグレた。そしてそれは長門軍曹曰く、おれの影響らしい――。あんたは柔道やってた奴と喧嘩したことあるか?マッジでやばいからね、柔道は。特に喧嘩は。
「まだブルプラと揉めてんすか」
「お、おう――ちょこちょこな」
「さすがっす、やばいかっこいいっす」
すげぇぐいぐい来る。心なしか距離も超近い。長門軍曹の部屋にある高そうなベッドに腰掛けるおれの横に絵美ちゃんは座り、長門軍曹はそれをにこやかに眺め、萩原はちょっと気まずそうにしていた。いやいやお兄ちゃん、妹マジでなんとかしろよ。
「時鷹さんなんすか、ガキさがしてるんすか。自分にいってくださいよ、すぐ捜してバチバチにしてやりますから」
「あ、いや、そういうんじゃ…ないんだけどね」
「じゃあなんすか、卒アル捜してるんすよね、自分後輩に手を回して、明日にはこの辺の小学校の卒アルかなり集めると思うんで。三世代くらい分」
「う、うん。ありがとう」
はぁーぎぃーわぁーらぁッ!と叫びたい気持ちになる。何がおれ達は海浜高校生だよ、何がまかせておけだよ。案はすげぇいいと思うけど、全然関係ない長門軍曹の妹頼ってんじゃねぇか。しかもこれおれを餌に釣っただろマジで。まぁおれのことったらそうなんだから、しょうがないったらそうなんだけどよ。
「よかったなぁ絵美、あこがれの時鷹氏に会えてなぁ」
「うん、ありがとうねお兄ちゃん」
長門軍曹がそうにこやかな笑顔を維持したまま言い、同じようににこやかな笑顔を浮かべた絵美ちゃんがそれに応えた。長門軍曹も絵美ちゃんも顔はかなり似ている。生き方はかなり違うみたいだけど。
「それで――絵美、時鷹氏に例のお願いはしないの?」
「え、お兄ちゃんやめてよ」
「でも、こんなチャンスないんじゃない?」
「でも、でも…」
「いうだけ言ってみれば?」
「でも、恥ずかしいし…」
んん、なにやら変な漫才が始まった。これ絶対出来レースだろみたいな流れで変な演劇が始まった。なんなの、このヤラせ感。長門軍曹のやらせてる感半端ないし、絵美ちゃんもすげぇ演技っぽいし。古いAVを見ている気分だ。
「なんのお願いよ」
まだるっこしいからおれはそう聞いた。卒アル集めてくれるんだから、多少のお願いくらいは聞くぜ。おれのその言葉に、絵美ちゃんは頬を紅く染めて軽く俯く。
「あ、あの時鷹さん、今度もしよかったらなんすけどぉ…一緒に写真とか――撮ってもらえないかなと」
絵美ちゃんがすげぇ恥ずかしそうにそう言った。なんだよ、そんなことかよ。こういうトコは、普通の中三女子なんだな。別に写真くらいなんでもいいんだぜ。
「そんなん別に今度じゃなくてもいいべ。ケータイ?カメラ?」
「え!?いいんですか、できればその、お兄ちゃんのカメラで――」
絵美ちゃんがもじもじする。嬉しそうなその表情を見て、長門軍曹が軽く頷くと、そのまま立ち上がり、棚に飾るように置いてあったカメラを持つ。そう――まさに準備されていたかのように置かれていた一眼レフっぽいカメラを取る。
しゃあねぇ、ちっとサービスするか。おれはそう決めると、絵美ちゃんの肩を抱き寄せ、絵美ちゃんの後頭部をちょうどおれの鎖骨くらいに置いた。
「恥ずかしいですぅ」
絵美ちゃんはそう言いながらも、抱き寄せたおれの手を握る。うん、これじゃバカップルっぽいけどまぁいいだろう。そして長門軍曹が何回もシャッターを切ると、撮影会は終了した。マジでこんなことやってる場合じゃないんだけど、サービス精神旺盛なおれは仕方がない。アイドルになればよかった。
「お兄ちゃん、早く現像して!時鷹さん、ありがとう御座いますッ!一生の宝物にしますッ!」
「大袈裟だって」
おれがそう言いながらにこやかに絵美ちゃんを離すと、丁度おれのケータイが鳴った。西野かなと思ったけど、画面には亮介と出ていた。長門軍曹の部屋から、ベランダに出る。つうかさ、自分の部屋にベランダあるとかやばいよな。洗濯物干す場所専用じゃないよ?ナチュラルにだよ?母ちゃん部屋に入ってこない系だよ?やばくね?
「お――昨日はお疲れさん」
おれがそんな調子で応答すると、亮介も同じように帰してきた。
「おう、お疲れさんな。昨日、悪かったな、ちょっと悪ノリがすぎたか?」
「あ――…」
おれは、その悪ノリという意味が西野の件だと気づき、ちょっと曖昧な返事をする。あれは悪ノリなんて言葉では済まされない。明確な脅しだ。
「お前やめろよマジで。すげーびびってたじゃねぇかよ」
「いや、あれくらい言っとけばよ、あの子は悪い子かもしれねぇけど、お前を騙すようなことはしないかなと思ってさ、それに――」
亮介はおれのぶっきらぼうな言葉に、そう返ししつつも、途中で言葉を止めた。
「花ちゃんにも言われてたんだよな、自分にはどうでもいい人をないがしろにしてた…ってよ。それで――その通りになって、頭にきたってのも事実だよ。リンタロウは手首が折れてたし、確かに庇ってただろ?それに対して一瞥もしねぇってには、やっぱおかしいだろ」
「まぁお前、そうだけどよ――」
確かに、亮介の言うことは一理あるというか、正しいのかもしれない。でもお前、やっぱやりすぎだって思うよ。
「時鷹、お前んな偉そうなこと言ってるけど、多分逆の立場だったらおれと同じことすると思うぜ。あの花ちゃんがよ、すげぇ必死にお願いしてくるんだぜ?私じゃ駄目だから、お願いしますってよ」
「――…」
確かに。あのドジっ子花ちゃんがここまで真剣になるなんて思いもしなかったけど。
「まぁ――そんな花ちゃんがマジになってんだから、意見は聞かなくとも、心には留めといてやってくれよ。んで、ここまではお前の話、こっからはおれらの話」
「おれら?」
おれがそう言うと、亮介は軽く咳払いして呼吸を整えた。
「今よ、少年課の菊永いんだろ?あいつに聞いたんだけど、阿久津はうまく逃げて、その場に堂島も居たみたいだな。あいつもう出てきてるんだってよ」
「マジかよ」
「マジだろ。行かなくてよかったかもな。マジでリンタロウに感謝だろ。西野先に助けないで、馬鹿面下げてのこのこボーリング場向かってたら、とんでもねぇことになってたべ」
「そうだな。マジでやべーっつうか、面倒くせぇことになってたかもな」
そう、それは亮介の言う通り。もしも阿久津が指定した廃ボーリング場に堂島が居たら、どうなってたかわからない。タイマンなんて張ってくれないだろうし、いいようにボコられて入院――へたすれば後遺症コースだ。
堂島は阿久津とは違う。喧嘩もそこそこできるってのと、暴力のリミッターを簡単に外せるタイプだ。
普通の人は、他人を思いっきり殴ったりできない。どうしてもその痛みを想像してしまうから、無意識にブレーキをかけてしまう。おれだって人ブン殴ったりばっかしているけど、いきなり思いっきりブン殴ったりはできない。そんなことができるのは、マジで亮介と堂島くらい。二人ともある意味でかなりイカれてるよな。
「ってなわけで、警戒は継続。まぁ、ブルプラメンバーかなり捕まったみたいだから、昨日みたいのはないだろうけど、不意ついて襲ってきたりするかもだからよ。西野にも言っといたほうがいいんじゃねぇのか?また拉致られることはないだろうけど、用心は必要だろ」
「あ――わかった。ありがとう」
おれはそう言って亮介との電話を切ると、長門軍曹の部屋に戻る。にこにこと優しい笑顔を向けてくる絵美ちゃんに、おれも笑顔で返したけど、多分苦笑いだった。
あ――マジでめんどくせぇな。せっかくのチャンスだったのに、ブルプラくらい捕まえとけよな。日本の警察は優秀なんだからよぉ。
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