四
そうだ、すっかり忘れていた。夢で見たことは忘れやすいなんていうけど、こんな大事なことを頭からすっぽり抜けちまうなんてマジで脳みそ溶けてるかもしれねぇ。まぁおれらしいと言えばおれらしいけど、間抜けだねふふと笑われても仕方がない。
前に見た夢の中で――エリナの足元にあった妊娠検査薬に目が行ってしまっていたけど、ベッドで座るエリナは制服を着ていた。
そう、おれはあの瞬間からはっきりとエリナが中学生だと認識した。それを、長門軍曹の言葉で思い出した。マジであいつは萩原と違って使える。マジで最高。
どっかで見たなぁと思った学校の制服――よく思い出してみれば、それは通称ニチュウの制服。そう、海浜第二中学校。(因みに、おれは天下の第一だけどね)
とりあえず二中までバイクをすっ飛ばしてきた。
まだ時間は夕方の四時前。二中は部活動が盛んだから、やっぱまだ学校には結構生徒は残っている。ジャージの子もいたけど、制服の子も居た。校門のすぐ傍にバイクを停めると、校門から出てくる女子生徒達を眺めながら、思わずにやりとしてしまった。
――間違いない。エリナが着ていた制服と同じ。にやにやが止まらない。これでもうすべてが解決したも当然だ。あとはちょっと不良そうな少年に声を掛けて、この学校にエリナという名前の子がいないか聞くだけ。
だけど、校門の近くでバイクに跨がってにやけながら自分たち(女子中学生)を眺めるおれがかなり不審者っぽいのか、おれを見た女子生徒達は視線を露骨に外して地面を見つめがら足早に去っていく。
まぁ、それもそうか。めっちゃくちゃ今のおれ怪しいよな。通報されてもしょうがないくらいに怪しいよな。
とっととおれが話しかけやすい不良少年が出てこないかなぁと思ってたら、青いジャージを着込んだ体育教師っぽい奴が出てきた。そいつはおれを見据えたまま、一直線に向かってくる。うむ、やっぱ誰かが学校に連絡したんだな、まぁ当然だよな。
「こんにちは」
意外にも体育教師はにこやかに、そして丁寧に話しかけてきた。
「こんにちは」
おれも丁寧に挨拶をし、なんなら頭までぺこっと下げる。
「えっと――君、高校生だよ、ね?誰か待ってるとか、そういうのかな?」
「いや、二中にちょっと用があって」
「どんな用かな?」
訂正。この体育教師、丁寧でにこやかだけど、粗悪だな。最悪おれと揉めてもいいかなくらいの気持ちでいやがる。威圧的な感じをばんばんだしてきてるし、それを隠そうともしていねぇ。ガタイもいいし、ぜってー柔道とかレスリングとかやってる系だな。耳もよく見りゃ潰れて餃子みてーになってんし。まぁ当然強いは強いんだろうけど、ちょっとむかつくな。でも、その気持ちを抑える大人なおれ。
「ん――まぁじゃあちょっと相談なんすけど、二中にエリナっていう名前の生徒で、最近学校に来てない子とかいません?」
「――…」
まぁこいつむかつくけどいいかぁと相談してみたけど、すぐに答えは返ってこない。
でもまぁ――おれを見ながら押し黙る威嚇系体育教師を見て、確信した。
ビンゴだ。いや、そう信じたい。エリナが二中に通ってたのがすげぇ昔とかだったら困るなって思ってたけど、そんなことはない。この威嚇系体育教師は、おれを見ながら推測している。エリナと、どういう繋がりなんだろうと推し量るような――そんな眼差しを向けている。少なくとも、二中にはエリナという名前で学校に来てない女子生徒が存在している――。
そして、その関係を聞いて良いのかどうか、悩んでいる。甘いぜ、心情を顔に出さないってのは、喧嘩の鉄則、そして交渉事の鉄則。まぁおれは交渉事はマジで苦手だし、できないけどな。
「いや、別に大した用事があるわけじゃねぇし、いいんすけどね。ただ、家庭の事情が大変みたいだから、ちょっと近く通ったし――寄ってみただけなんで」
収穫は十分。これでこいつが何も喋らないようであれば、あとは二中のヤンキー少年捕まえて話しきいてもいいし、長門軍曹の超絶最強妹キャラ、絵美ちゃんを使ってもいい。
「エリナって言うのは、大沢エリナのことかな?」
「いや、名字は知らないんすけど、二中で名前がエリナってことくらいしか。前に、海岸通りのローボンでブループラネットってカラーギャングに絡まれてるところを助けたんですよ。それからちょっと仲良くなって、妹みたいな感じになってたんすけど、急に連絡が取れなくなったんで」
即答でおもいっきし嘘をついた。こういうことが平気でできるのが、おれのすごいところだ。腐っても元小説家志望。(前にもちょっと話したけど、亮介のくそやろーにその夢は絶たれた)空想のストーリーを練るのは得意なんだぜ。まぁ西野との出来事を重ねてるけどね。嘘をつくときってのは、実際に体験した経験も混ぜると効果的なんだよ。
大沢――エリナ、ね。それだけでもわかれば、マジでで十分だ。現役で二中、更に名前までわかればあとはどうとでもなる。
「まぁ――大丈夫っす。もし学校来るようなことがあれば、自分が、市井時鷹が連絡を取りたがってたよと伝えてもらっていいすかね」
おれがそう言って愛車にエンジンを掛けようとした手を、威嚇系体育教師が握った。うわ、もろに力強い。
「君は――」
再び威嚇系体育教師が何かを言おうとしたけど、やっぱり口を閉じた。まぁそうだよな、教師が生徒の個人情報をそうやすやすと言えるはずがない。特に、おれみたいな怪しい奴にさ。
ゆっくりと威嚇系体育教師の力が抜けると、おれは軽く会釈をして発信しようとした。だけど、今度は別方向から声が掛かる。
「あの――もしかして、市井時鷹――さんですよね」
振り向くとそこには制服姿だけど、明らかな不良少年が立っていた。金髪、腰パン、よくわからない革のネックレス。そして身体のラインを強調した小さめのTシャツ。うん、まるで昔のおれみたいだ。
「そうだけど、君は?」
「そ、そうですよね。すいません、いきなり話しかけてしまって。自分二中で一応番張らしてもらってる、新山って言います。ちょっと川渕はあっち行ってろよ」
自称番長の新山くんは、川渕と呼んだ威嚇系体育教師を押しのけておれの前に来た。
「二中で何かあるなら、自分力になれるかなと思いまして。市井さんが二中に来るなんて、二中でなんかあったってことですもんね
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