Ⅰ
異色の二人が街をバイクで疾走する、そう――それは不良少年と眼鏡少年。
そうだな、もしもこのシーンをかっこよく説明するとそんな感じか?タイトルをつけるのであれば、異色の二人が大活躍する高校生探偵団――ッ!ってとこだ。あれ?それはちょっと違うか、タイトルじゃねぇやな。まぁ――そんなことは置いといて。
「眼鏡ッてめぇ、ホントに西野の家知ってるんだろな!?」
大声でそう叫ぶと、眼鏡少年改め眼鏡もまた大声で返す。
「知ってますッ知ってます!市井さん、とりあえず煙草捨ててください!灰が熱いです、やばいですッそれに大丈夫なんですかぁこれッ」
「うるせぇ黙ってしがみついてろッ膝もっとぎゅっとたため、ぶつけたらマジやべぇからなッ」
体育館裏で眼鏡の話を聞いたその直後、おれ達は西野の家へ向かうことに決めた。授業?学校?そんなモン後回しだ。なんたって本当に人の命が懸かっているのかもしれないんだからな。西野の家の場所を聞けば、学校からはバイクでそう遠くはない距離だった。
だけどまぁ――普通の考えてこんなこと予想してないし、眼鏡の分までヘルメットを持ってきているはずもない。まぁどうせいいかとおれもノーヘルで疾走してたら、こうしておまわりさんに追われるハメになっちまったってわけだ。
「しつけーなマジで…」
パトカーは小回りがきかないけど、スーパーカブはわけが違う。パトカーから逃げるだけであれば狭い道に逃げ込めばいいだけなんだけど、小回り君とも呼ばれるスーパーカブはそんな甘くない。がっちょんがっちょんとギアチエンをする警察特有のスーパ兵器はそんな甘くない。しかも超しつこい。親の仇討ちの如くしつこく追ってくる。
だけど――そんなスーパーカブには大きな弱点がある。それは坂道では大した速度が出せないぜ!という謎の大弱点。パトカーを巻いて長い坂道に入った瞬間、スロットルを思い切り捻って速度を出し、十分な距離を取ってから細路地へとふっと消える。ここは少し遠いけどまだまだ地元の範囲――おれには地の利があるんだぜ。
そのまま団地の駐車場へと入ると、素早く愛車を外からは見えにくい位置に隠す。そう、木を隠すなら森の中――っていうじゃん?おれはカッコよく愛車から飛び降りたけど、かたかたと震える眼鏡はなかなか降りることができない。おれが手を貸して、ようやっと愛車から降りる。
「し、死ぬかと思いました。あんなことして後で警察とか来ないんですか。それに、警察って思ったより過激なんですね」
「写真さえとられなきゃ平気だよ、交通の奴ならまだしも、あんなパトカーにそんなんついてないだろうし、とりあえずしゃあねぇからこっからは歩いていくぞ、そんな遠くねぇだろ?」
「――はい」
西野の家の位置から少し離れた団地から、異色の二人が歩き出す。そうだな、今度こそこのシーンにタイトルをつけるのであれば、『異色の二人、ぶらりのんびり歩き旅』だ。あ、いや、これじゃなんか旅系のテレビ番組のタイトルみてーだな。今は呑気な旅どころじゃねぇ、状況はもっとシリアスなんだよ。
「ところでよ――」
そう言ってからポケットに入れたしわくちゃになってしまった煙草を取り出すと、火を付ける。そんなおれの言葉の先を、眼鏡はきょとんとした顔で見つめている。
「お前、西野とどんな関係なん?クラスの奴も言ってたんだけどよ、西野ってそういう業界では有名なんだろ?」
ふぅっと煙草の煙を青空へ向かって吐き出す。さっきまでの警察との死闘が嘘のように穏やかでくそ暑い平和な道。
「そ、そうですね。自分が一方的になんですか、その惚れ込んで――ああ、好き嫌いではなく、西野さんの才能に掘れてしまったというか…それで、付いていっているんです。家庭で色々あって、僕はそういうオカルトにのめり込んでしまったクチなんですが、西野さんは数少ない本物なんです」
「本物?まぁおれも兄貴の件があるからよ、まったく信じてねえってわけじゃねぇし、今となってはかなり信じちゃってるけど、やっぱ本物なのあの子?」
「ええ――」
眼鏡はそう言うと眼鏡をくぃっと直した。マジでこの仕草むかつくんですけど。
「色々――そうですね、色々と賛否両論あると思います。西野さんも自信のその才能に戸惑っていた時期もあると思いますし。ただ、本物です。霊能者と言われる分類であれば、関東で五指には入るんじゃないでしょうか」
「は?マジで?大きくですぎじゃねぇの?」
「事実です。中学の頃、当時噂になっていた西野さんに、僕は家族を救われたんです。それで、僕は西野さんを追って海浜高校に来たんですよ」
なんか話のスケールが壮大になってきたな。マジかよ。ちょっと気になってきた、このくそ眼鏡、なかなか惹きつける話の仕方するじゃねぇか。
「噂?つうか差し支えなきゃお前んちで何があったんだよ、すげぇ気になるじゃん」
「僕も後から知ったのですが、西野さんは、小学生の頃から有名だったんです。霊能美少女――なんていって。親御さんも元からそういう霊能関係の仕事をしていて、オカルト系のマニアックな雑誌には結構取材を受けたり、有名だったんですよ。それで、僕の妹がいわゆるこっくりさんで運悪く動物霊に取り憑かれてしまって。それを、助けてもらったんです」
「そうなんかよ。つうかこっくりさんなんかおれだってやったことあるけど、あれそんなやべぇの?」
「やばいです。子供の遊びに人に憑くような強い動物霊が来るなんてことはほとんどないそうなんですが、妹は確かにおかしくなってしまって。うちの親もそういう類のものだと信じざるを得なく、寺とかいろいろ回ったんですが、全部意味なくて。最後にダメ元で頼ったのが、西野さんだったってことですね」
「マジか、そんなすげぇの?いわゆる除霊って奴?」
「そうです。ちゃんと謝罪して、妹の身体から出ていって頂きました。いまではもう元気ですよ、来年は高校生になりますし」
「へぇ――」
眼鏡の話を聞きながら、おれは当然気になったことがあった。
「んで、お前西野とできてんの?好きなんだろ?ヤったりしねぇの?」
「へぁッ?」
「へんな声出してんじゃねぇよ、どうなんだよ」
「いやッその、僕は好きとか嫌いとか――そういった――」
眼鏡がごもごもと口ごもりだした。こりゃ駄目だ。
「まぁ仲良くやれよ、好きなんだろ?ところでお前、西野んちどのへんよ、まだ遠いのか?」
「あ、いえ、そこの角を曲がってすぐです」
「あ――ぃ」
汗でシャツがじんめりとしてくる。角を曲がる手前の自販機でジュースでも買おうかなと思ったけど、眼鏡がすたすたと行ってしまったので諦めた。眼鏡は肌が白い、だから直射日光に強いのか、汗が全然出てねぇ。いや、不健康なのか?
「ここです――」
眼鏡が立ち止まったのは、どこにでもありそうなちょいボロいアパートだった。だけど、このアパートだけを見ればそうボロくはないのに、アパートの右斜め前にある立派なマンションのせいで、かなりボロく見える。
「ここの一○三号室です、どうぞ」
眼鏡がそう言っておれを促す。いやいやいや――。
「いやいや、まずはお前行けよ。親とか居たらどうすんだよ。絶対おれよりお前の方がまだ相手にしてくれるだろ」
「え、僕がですか!?そんな、ここは市井さんにお願いしたいです、それに――西野さんはもう親が――」
「ふざけんな、気まずいだろ。マジでお前行けよ」
「待ってください、僕は、僕はただの道案内を――」
「な、何してるんですか――」
もう少しで眼鏡の首根っこを捕まるところで、おれはその言葉に振り返る。振り返った先には、少し怪訝そうな――疑わしそうな気まずそうな――そんな表情をして立っている西野の姿があった。持っているスーパーのビニール袋からは、ぴょこんと長葱が突き出ていた――。
「――…」
訪れる沈黙、鳴り止まない蝉の合唱。おれの口から咄嗟に出たのは、自分の身を守るような嘘だった。
「お、おう。この眼鏡がよ、西野が学校来ないから心配でよ、どうしても一緒に行ってくれっていうからよ――」
「ちょッ!ぼ、僕はそんなこと――」
おれの嘘を否定しようとした眼鏡をぎらりと睨んで、目で殺す。眼鏡はぶるんぶるんとゆっくり、だけど大きく首を振る。その様子はさらながら壊れた某人形のよう。そんなおれ達の様子を見て、西野は軽くはにかむような、呆れたような笑顔を見せながら言った。
「あ、あの、とりあえずここじゃなんですから――」
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