Ⅰ
「おー…」
「おー亮介」
西野とラブホに言ってから三日後、おれはようやく高校へと足を伸ばした。だけどなんだか授業に出る気にはなれず、こうして体育館裏で日向ぼっこをしていたら、亮介が現れた。
「どうだよ、もう落ち着いたのか?おれお前がいないと暇だからよ、なるべく学校出てきてくれよ時鷹、兄貴の件も忙しいだろうけどさ。ヤマもうるせーし」
「あー、そうだな。そろそろちゃんとやらないと進級もできなくなるしな」
この二日、西野からなんか連絡あるんじゃねぇかなーなんて思って身体を空けといたんだけど、西野からの連絡はなく、昨日の夜に電話をしたが出なかった。
「吸うか?」
「ああ、わりぃ」
亮介が煙草を差し出してきたので、それを咥えて火をつける。相変わらず遠くで蝉が鳴いていた。
「そういやお前、ちょっと前にブルプラと揉めたんだって?」
「ああ、絡まれちゃってさ」
「んだよ、呼んでくれよな。四組の奴が多分お前じゃねーかって話しててさ」
亮介は耳が早い。というか、誰かにあの現場を見られていたのか…。世間は狭い。だけど亮介は西野と居たことまでは知らなかったようなので、それは良かった。
深夜ってわけじゃないけど、夜に女と二人、しかも西野と居たなんてことが知られたら間違いなく根掘り葉掘り聞かれるし、それがヤマの耳になんて入ったらマジでめんどくさい。もっかい言うよ?マジで色々めんどくさい。
「堂島――そろそろ出てくるんだろ?ゴリラみてーな坊主がんなこと最後に言ってたけど」
おれがそう言うと、亮介は紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら頷いた。コーヒーじゃなくて、よくそんな牛乳成分強めなもん飲みながら煙草吸えるなと思う。
「ああ、そうなんだ。興味ないから噂程度にしか聞いてなかったけど。まぁ出てきたらちっと面倒だよな、まだ絡んでくるようなら、いつでも退治してやっけど、堂島はしつこいからな――」
「ほんと、いい歳こいておられみてーなガキに絡むのやめて欲しいよな」
「まったくだよ」
堂島――。名前は知らないけど、ブループラネットの頭であり、創設者である男。二十歳を過ぎているのにまだ悪さを繰り返すカス。ちょい前に傷害でぱくられ、そのまま実刑かなぁと思っていたけど、ゴリ坊主が出てくるというなら、執行猶予の算段が強いんだろう。被害者と示談がとれた――とかね。
「まぁもう面倒だから次来たら軽く殴られてさ、すぐデコちゃんにチンコロだろ。どうせお弁当持って出てくるんだろ?すぐに刑務所に閉じ込めてやろうぜ」
亮介がそうからからと笑いながら言う。うん、そうだね。二十歳超えたおじさんにいつまでも絡まれたくないし、恨まれたくもない。まぁ無理だろうけど、刑務所で反省して、真人間になって出てきて頂きたい。更正して頂きたい。つうか、二十歳超えて不良やりたいならヤクザになれよな。
「そういや、ヤマと会ったのか。今日来たんなら、ヤマのとこ顔出してやれよ、お前が相手してやってくれねーと、おれんとこに愚痴電話くんだよ。長いやつ、切ろうとしても切らしてくれねーんだよ」
「ん、ああ――」
ヤマか。ちょっとその存在を忘れていた。うーん、今会ったら絶対なんか色々面倒くさそうだな――。いや、ほんと悪い人じゃないんですけど、ぐいぐい来られるの僕苦手なんですよ、ハイ。
「亮介――対応しといてよ…おれなんかまだ、あいつのなんていうの、すげーぐいぐい来るじゃん?最後は直球勝負しかしない高校球児みてーじゃん?ああいうのちょっとまだ、いいかなって感じなんだ」
「やだよ、本人に言えよそんなの…おれマジ無理だよ…。お前それあいつに言えるか?」
「――…」
おれは亮介のその言葉に返事をしないまま、ただ空を見上げた。やかましい蝉の声が遠くに聞こえる。ああ――空は青い。
ああ神様、どうしてこんなにも空は青いのに、ヤマはあんなにもぐいぐい来るのでしょうか。ええそうです、悪い人ではないんです、それはわかっています。でも――すごいんです。地味に凶暴ですし、遠慮とかないんです。ぐいぐい僕のパーソナルスペースに足を踏み入れてくるのです。神様――どうか――。
――あら?
空から視線を戻すと、体育館裏に入ってくるための道の先に、どこかで見たような少年がもじもじとこちらを見ていた。おれや亮介が居るから、こっちに来て煙草を吸えないのなかとも思ったけど、見た目がどう見てもそーいう感じじゃない。
「あんだあいつ?」
「あ、待て。多分おれの客だ」
亮介もそいつに気がついて立ち上がろうとした瞬間、おれはそいつが誰なのか思い出した。そう、どっかで見たなぁと思っていたけど、どっかで見たどころじゃない、ちょっと前に部屋から引っ張り出してワイシャツのボタンを取ったあの眼鏡少年だ。
「あ?お前あんな奴と知り合いなんか?」
「いや、まぁ知り合い――っていうかね」
おれはそう言うと立ち上がろうとした亮介の肩を掴んで座らせ、そのまま立ち上がった。ゆっくりと、眼鏡少年から視線を外さずに眼鏡少年に近づく。
「おう、どうした眼鏡少年」
実は、少し緊張していた。こいつがおれに個人的に用があってくることなんか絶対にない。この眼鏡少年とおれの共通点――それは西野だ。もしかしたら西野を取り合って決闘とか申し込まれるかもしれないとも思ったけど、おれは別に決闘をするほど西野をなんとも思ってないし、そんなことはあり得ない。決闘だったら、すげー楽なんだけどね。この眼鏡少年なら、八秒でたためる。
「いえッあの――」
はっきりしない眼鏡少年。身体の前で指をもじもじと組んだり、離したり――謎の指遊びをしている。
「――まぁ、お前がこんなとこまで来ておれに会いにくるってことは、なんとなくわかるけどな」
優しいおれは、そんな何かを言いだし難そうな眼鏡少年にサービスをする。どうだ?ここまで言えばお前だって何かを言い出しやすいだろ?おれの言葉に、眼鏡少年は一瞬だけ目を見開き、覚悟を決めたように口を開いた。まずはぱくぱくと魚のように。
「あの、あのですね。この前――部長と…西野さんと例のホテルに行ったということなのですが――」
「ああ、行ってきたよ。それで、どうした?別に変なことはしてねーけど、色々大変だったんだぞ」
しかも、フォローまでしてやる。どうだ?お前の大切な部長さんには指一本触れてねーよ?ああ、優しいおれ。
「――大変だった、ですか。その時に、何があったんですか」
眼鏡少年はそうはっきりと言った。今までのようなもじもじ感はなく。はっきりと。心なしか表情も少しなんかキリっとしてやがる。
「いや、まぁ――説明面倒だから聞くけど、お前、どこまで知ってる?」
「市井さんと西野さんがホテルに行く前まで、です。経緯等は僕も手帳を読ませてもらったので、ある程度は知ってます」
「ああ、なら話早いな。西野が呪われたっていってさ。なんか協力してーんだけど、全然連絡くれないんだよ、身体も空けてたんだけどさ。今日西野いる?どんな感じか、会いに来たんだよね」
おれがそう言うと、眼鏡少年はすっと眼鏡を直した。その仕草がマジでいらっとしたけど、とりあえずは我慢しとこう。
「部長は――西野さんは、その、ホテルに行った日から――音信不通なんです」
「――は?」
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