Ⅰ
夏だから暑いと行っても、それはバイクに乗った時だけは別だ。夜風を切って走るこの高揚感、そして涼しいというある意味の快感。特に夜は日差しもなく、軽く汗ばんだ肌に当たる風、これだけは夏が一番気持ちいいし、この快感に勝るものはなかなかない。
あんたは冬にバイクに乗ったことがあるか?あれは地獄だ。特にさ、真冬に雨なんか降り出したら、もう最悪。耳も、指も、全部無くなっちまうんじゃねぇかなって思う程の極寒地獄。
まぁ、冬はいわゆるフルフェイスのヘルメットを被れなんていうけど、被らないのはさ、まだおれが若いぜっていうのと──フルフェイス被ってラーメン食ったことあるか?ああいや、実際には被ったまま食うわけじゃないんだけど、ラーメン食った後にフルフェイス被るとさ、よく内面の口周りにネギとかつくんだぜ。あれがめちゃくちゃカッコ悪くて、ヤマに指摘されて爆笑されてから、おれはもう被らないと決めたんだ。
午後六時五十五分(多分)ほぼ時間通りに海岸通り沿いの青い看板――ローボンへとたどり着く。駐車場にタイヤを入れた瞬間、おれは『それ』に気付いてクラッチを握り、大きくアクセルをふかした。乾いた単発の排気音が大きく響く。
それ、とはここがあいつらの縄張りだってすっかり忘れていたってこと――。
そうだな、西野にここを指定された時に、迎えに行くか――別の場所を提案するべきだった。
おれの排気音に振り返った奴ら。ローボンと同じ青い看板宜しく、青い洋服に身を包んだ奴らが一斉に振り返る。そう、ここはカラーギャング『ブループラネット』通称ブルプラの縄張りだった。西野は、そんな粗野な輩軍団であるブルプラの奴らに囲まれていた。
マットなグレーのタンクにスカチューンのTW。そんなバイクにこの辺で乗っているのはおれしかいない。ブルプラの奴らは、おれがおれだということに気がつくと、すぐに形相を変えて、おれを睨み付け始める。おれはそんなガンつけを鼻で笑うと、エンジンをかけたまま愛車から飛び跳ねるように降りた。
「おーい、お前らおれの客人になーにやってんのマジで、ほら、西野こっちおいで」
「市井――…」
ブルプラ集団の一番手前に立つ奴がおれの名を呼んだ。青いダボダボのスウェットに、絶対に金ではない金メッキのネックレスをじゃらじゃらと付けている坊主頭。名前は知らない。
「市井くんッ」
西野はそう言うと少し小走りでおれの所へ来た。それをブルプラの奴らは誰も止めない。いや、止められない。おれもまたかなり睨みをきかし、威嚇をしているから。
「ごめんな西野、こんなとこで待ち合わせなんてするべきじゃなかったね」
「いえ、でも、あの私が――」
「てめぇ市井だなオイッ」
おれと西野の会話を、坊主頭がそう大声を出して止める。その姿、頭の悪そうなゴリラにそっくり。軽く吹き出しそうになるけど、西野がいるからそんなことはしない。できることなら、喧嘩はしたくないし、西野の前であんまり暴力を振りたくない。いきなりすげー怖がっちゃって、「この依頼やっぱ無しで」とか言いだしたら困るもんね。
「んだよゴリ、いきなりでけー声出すなよ。こっちは女連れなんだ、勘弁してくれよ」
「相変わらず舐め腐ってやがんな――」
びきびきとゴリ坊主の頭と首筋に血管が浮き出る。マジうける、やばい。こんな怒った風な感じを典型的に出す奴なかなかいない。
「それに、モテないのはわかるよ、そんなだっせーカッコしてるから。でも、だからってこういう清楚っていうかさ、真面目な子を取り囲んでナンパするって、どうかしてると思うし、やっぱ、顔の通り頭もゴリラなんかなって思っちゃうじゃん?いや、それじゃゴリラに失礼か」
「このガキが――…」
やべぇ、西野の前で暴力なんか振りたくはないと思いつつ、思ったことを口に出してしまった。いかんいかん。めちゃくちゃガンつけられても、どんなにムカついても我慢しなくては。
「すまん、すまんて。今日はそんな気分じゃねーんだ、また今度相手するから、今日は勘弁してよ、マジ急いでる――」
「逃がすわけねぇだろうがッ」
おれがそう言い切る前に、ゴリ坊主は腕を振り上げて襲いかかってきた。おれは咄嗟に西野を軽く押して距離を取らせると、ゴリにもまた押すように前蹴りを入れる、体制の悪くなったゴリは、そのまま尻餅をついた。ああもう、めんどくせーなこいつらマジで。
「西野、かなり離れてて。あとごめん」
「えッ?う、うん――?」
西野はなんで謝ったの?という顔をしたけど、もう説明する時間もない。相手は四人。やるならやるで速攻で決めないと、数の暴力にはどうしたって勝てない。
「てめッ――」
尻餅をついて起き上がろうとしたゴリの顔面に、強烈なロー…つまりは下段回し蹴りを入れる。手応え十分、ゴリはそのまま横に倒れて頭を強打、これは病院直行首ギプスコース、まず一人。はい、お疲れさんッ!
ゴリ以外はあんまり喧嘩をする気がなかったのか、みんなゴリのそんな姿を見て固まっていた。
だけど、それは今だけかもしれない。すぐにこの状況に正気を取り戻すというか、はっとして襲いかかってくるかもしれないから、ゴリの後ろにいたちょっと細めの少年の髪を掴んでそのまま自分の腰まで落として、膝を二発。いい感触。骨ではなく、きちんと肉にあたってその後に堅いものに当たった感触。ゴリほどのダメージはないだろうけど、動きから間違いなく戦意は失っている。
そっと手を話すと同時に、だめ出しの中段回し蹴りを首辺りに思い切り打ち込んだ。これでこいつもゴリと同じ、病院直行首ギプスコース。まぁこの辺の病院の先生には感謝して欲しいよね。おれがこうして怪我人を作ることで、少なくとも潤ってるんだから。
「――ッ」
残りの二人は、おれに向かってくる感じではなかった。明らかにちょっとマジでやりたくないですよって表情をして怯えている。
まぁ――ブルプラみたいにチームがでかくなっちまうと、こういう根性がない奴が看板の為だけに入ってきてしまうことはよくあること。
だけどよ、仲間がやられた。それでやった奴が目の前にいるってのに、すぐに突っ込んでいかねーってのは――さすがのおれでもどうかと思うぜ。
「お前らはやんねーな、それじゃおれ行くからな」
おれのその言葉に、怯える二人ははっきりとではないけど、小さく頷いた。よし、まさか後ろからいきなり襲ってくることもないだろう。そんなことしたら時鷹ちゃんマジで容赦しないからね。
「西野、行こう」
「ま、待てや市井――」
その場を離れようとしたおれを、蹲るゴリ坊主が止めた。
「てめぇ、もうすぐ堂島さんが出てくるからな。そん時まで、あの亮介って奴とせいぜい仲良く遊んでろや、うちは、ぜってーお前らを許さねぇからな――」
「わーったよ、でも、やるならタイマンで頼むぜ。数で囲むのなしな。タイマンならおれと亮介はどっちでも、いつでもやってやるからよ」
おれは捨て台詞を吐いたゴリ坊主にそう言うと、すぐに愛車に跨がって後ろに西野を乗せた。西野は、単車に乗り慣れていないのか(まぁそうだよな)少しまごまごしたけど、きちんと乗ったことを確認してから、ギアを上に上げて二速発信した。
「嫌かもだけど、しっかり捕まっててね」
「市井くんッちょ、ヘルメットは――」
風の音にまぎれて、西野がそう大きな声で言ったけど、おれはそれに反応しなかった。そもそも二つメットを持ってきてなかったし、あそこでまごまごしたくなかったし、そうだな――何より、バイクもセックスもヘルメットなしってのが、一番気持ちいいもんなんだぜ?
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