あの後、ヤマは少しだけ寝て学校に行くからと言って帰ってった。亮介はまだリビングでだらだらとテレビを見たり、漫画を読んだりしている。

 この日、エリナの夢は見なかった。まぁ、亮介が居るから、一番最初に見たような変な悪夢をいきなり見せられてうなされても困るし、好都合と言えば好都合だけどね。

 時間は昼の三時過ぎ。相も変わらず親は帰ってこないし、連絡もない。たまーに母ちゃんからメールが来るくらいで、やっぱなんだかんだと忙しいらしい。

 それでもまぁ、帰ってこないってのはおかしいよな。どさくさに紛れて傷心旅行とかしんじゃねぇかなって疑いの気持ちさえわいてくる。まぁ、それならそれでいいんだけど。

 優秀な兄を失ったんだ、それでもしも――少しでも気持ちが晴れるなら、存分に旅行でもなんでもして頂きたい。

 おれもまぁ、この件が無事に終わったら気晴らしになんかやろうかななんて考えているしね。

「お前、今日どうすんの?」

 おれがそう亮介に聞くと、亮介は少し考え込んだ。

「未定かな。でもまぁ――ブルプラの奴ら捜してぶっ殺しとこうかな。昨日ヤマ居たからあんま話さなかったけど、結構マジで付け狙われてるっぽいからよ。デコにびびって家までは襲撃に来ないだろうけど。先手必勝だろ」

「そういや、阿久津病院から逃げたってマジなのか?」

「ああ、マジっぽいね。どこの病院か知らないけど。どのみち、入院しても容態が安定すればそのまま逮捕だったろうし、阿久津なら逃げると思ってたけど。頭蓋骨割れてるのに、元気なもんだよな」

 マジでめんどくせぇ。この国は世界でも希有な治安国家なはずなのに。だから最初にも言ったろ、結局最後は暴力なんだ。阿久津と今、穏やかに話して解決できますか?って言われたら、絶対にそんなん無理でしょ?

「時鷹、お前も色々あんだろうし、わかってっと思うけど…手負いの獣はなんとやらともいうし、マジで油断するなよ。ブルプラたって、四十人を超える大所帯だからな」

「わかってんよ、まぁでけーでけーっていったって、根性なしのタマなしばっかだろ。おれも見つけ次第沈めていく」

「そうだな、もうおまわりさんに解決してもらうべ」

「ああ――それが一番だよな」

 不良漫画であるような――不良は警察には口を割らない、なんてことは現実にはあり得ない。(ヤクザは知らないよ)

 ここが日本である以上、入院レベルの怪我に警察の介入がないなんてこともないし、喧嘩っていうのはなんでもあり。警察にチクるっていうのも、立派な戦術だ。

 だから、おれ達は平気で警察に頼る。それを情けないと思うか?でも、それがリアルな喧嘩だってことをわかってほしい。

 不良の中には、親は真面目で金銭によって解決してくれることもあるし、捕まって拘束されて悪いことから足を洗う奴だっている。警察、国家権力こそ最大の暴力であり、おれは当然それを使う。

 暴力ってのは、終わらない負の螺旋。お互いが憎しみ合っている限り、ずっと報復は続く。それを唯一なんの労力も無く、金銭の要求もなく終わらせてくれるのが――警察ってこと。さすがは国一番の暴力だろ?警察ってマジやべぇんだぜ。

 もう、ブルプラとはそういうレベルの喧嘩になってきている。どっちかが捕まるか、死ぬか。そういうレベルでしか結末を迎えられない。

 復讐を終わらせる為に殺しても無罪なら殺してやるけど、そんなことは決してあり得ない。だからマジで殺すとおれの青春が無駄になる。それってすごい損だよな。

 おれ達は死ぬつもりも捕まるつもりもない。ブルプラの皆さんには主要メンバーが捕まって頂き、その後、解散!という形をとってもらう他ない。

 しかしめんどくせーなぁ。堂島出てきてからおれか亮介とタイマンでいいじゃん。数で勝って嬉しいかね。まぁ弱いから群れるのか。つうか、いわゆるリンチってすごい罪も重いから、馬鹿馬鹿しいと思わんのかねぇ。

「ああそうだ。おれもまだ前回の件、解決してなくてよ。亮介すまん、おれ捕まるかもしれねぇから、捕まったらなんとか一人で頼むわ」

「え。マジか。なんで」

 そうだ、忘れてた。おれ、警察に呼ばれたら応じないと即拘束だった。

「過剰防衛かな。でも、阿久津動いて逃げたなら、大丈夫かな――」

 おれがそこまで言った時、テーブルの上に置いていたケータイが鳴る。画面は西野と表示されていた。

 それを見た亮介がにやにやと笑いながら、出ろ出ろと指さした。絶対に亮介は楽しんでいる。おれと西野がなんあかると思っている。

「もしもし」

 そしてそんな亮介は絶対聞き耳を立てやがる。ちょっと忙しいからと後で折り返しをしようと思っていた――。

「よぉ――市井時鷹ぁ」

「――…あ?」

「この間はどうもぉ。阿久津だよ、阿久津」

 一瞬にして、体温が上がった。身体が熱くなるを感じた。西野の電話から阿久津が電話をしてくる。その理由は――ひとつしかない。

「阿久津、お前――おれと亮介以外に手を出したら、殺すって言ったよな?」

 身体は熱い、だけど心は冷静だった。冷静に、こいつをどうしてやろうか考えていた。そして、どうすれば最良なのかも。おれが言った阿久津というワードで、亮介がすっと立ち上がる。

「おおっと、おれにそんな口きいていいのかな?お前の彼女?友達?どうでもいいけど、この眼鏡の子が酷い目にあっちゃうよ。お前ほんと馬鹿だねぇ、昨日つけられてたの気付かなかったの?」

 ――やっぱそうか。マジでしくった。でも、それを言葉には出さない。弱気な姿勢だと、逆に事態が悪化する。

「尾行なんてみっともねぇ真似しねーでその場でこいよ根性なしどもがよ。やれんならやってみろ。ただし、その後マジでぶっ殺してやるよ。マジで殺して埋めてやるから、捕まって逃げるなんて甘い考えするなよ」

「はっはっは、何を食えば、どうやって育てばそんな強気な奴になれんのよ?じゃあいいのかな?この子、こっちで好きにやっちゃって」

 ――よくはない。だけど、こいつらがしてくるであろう要求を丸呑みするわけにはいかない。西野を人質におれが死ぬほどぼこられるくらいならそれでいいけど、その後西野を解放するような奴らじゃない。両方壊すに違いない。

 それに、今は大怪我をしたくない。まだエリナの呪いがあるし、大怪我して入院でもしたら捜せなくなって、時間切れ――あるいは捜す気なしと判断されて、死んでしまうかもそれない。

 もっと言えば亮介も心配だ。亮介は西野が人質に取られたくらいで、怯むような奴じゃない。そもそも西野に対する印象もよくないだろうし、捕まった方もいけねーよ、しょうがねぇよなって絶対言う。

「まぁなんでもいいけどよ。んで、なんなのよ。金?おれのこと殺す?まず用件言えよ。どこいんのお前、いますぐそこに行ってやるからよ」

「話が早いね、そうだねぇ。会ってから話したいね。じっくり、たっぷりね」

 弱気な姿勢は見せない。どういう状況なのかもわからない。だけど、これからおれが呼ばれるであろう場所には西野は居ないだろうな――。阿久津は狡猾な野郎だ、どこかへ隠して、そことは違う場所におれを呼ぶだろう。

「あとお前、西野にかわれ。お前が西野のケータイ持ってるだけかもしれねーし」

「まぁ――セオリーだよねぇ」

 阿久津はそう言うとくすくすと笑い、がさごそと音がなる。それから西野の声が聞こえた。多分スピーカーにしているから、こそこそはしゃべれねーなこれ。

「大丈夫――じゃねぇか。マジすまん、昨日送ってかなきゃよかったな。とりあえずは何もされてないか?」

「うん――…怖いけど、まだ何も…されてないよ。でもね、市井くん、私には何があっても、私の近くにいつもいる動物霊がいつもなんとかしてくるから――」

 ぴくりと、その言葉に反応する。

「そうだ、そうだな――。西野の近くには、いつもあのマジでやべぇ動物霊がいるもんな」

 おれは宥めるようにそう言った。そう――もう、これだけで十分。

「確認できたかな?なにこの子、ちょっとおかしい子なのか?」

「うるせぇよ、お前に理解できることなんかねぇから」

 ここで、阿久津と交代。おれはもうにやにやとしているけど、電話だからそれが阿久津にばれることはない。

「お前らすぐ警察にチンコロするから、この子は連れて行かないからねぇ。もしもおれが言う場所に警察が来たら、この子はどうなるかわからない。いくらお前でも、それくらいはわかるよねぇ?」

「わかった。まぁ、どのみちお前らは全員殺すから、覚悟だけしとけよ」

 それはもう脅しではない。確定事項。まぁ西野が居る場所にいる奴らはマジで死ぬほどぼこってやる。阿久津達は――まぁグッドラック!って感じだな。

「海岸通り沿いの潰れたボーリング場わかるでしょ?そこに来てよ、時間はまた連絡するから。あと、あの亮介って奴も連れてこいよ、二人まとめて話した方が効率いいだろ?」

「わかった。お前ら、マジで覚悟しとけよ」

 おれはそう言い放つと、すぐさま電話を切った。その瞬間、亮介が軽くため息をついてから口を開く。

「まぁ――なんとなくわかったけど、あいつら、マジで頭いかれてんな」

「おれもそう思うよ。まぁでも、なんとななるかな。それで亮介、お前もご指名かかってるから、夜一緒にいいか?」

「当たり前だろ、ちょっとマジでぶっ殺してやるしかねぇな」

 亮介が拳をごつごつと合わせる。だけど、おれはそんな亮介に言った。

「いや、面倒だからみんな捕まってもらおうか。拉致なんて重大犯罪だからな」


 

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