自宅に戻ると、見慣れた黒いマジェスティと、その隣にまたも見慣れた白いフォルツァが停まっていた。両方ともいわゆるビックスクーター。黒いのは亮介だけど――白いのは――ヤマだ…。

「――…」

 え、マジで。なんでヤマいるのよ。亮介くんが呼んだんですか。亮介の馬鹿野郎、おれが西野と会ってるから遅くなったとか言ってないだろうな。

 そんな風にちょっと西野の時とは違った意味でドギマギしながら、玄関のドアを開ける。廊下にこぼれるリビングの光――そして、談笑する声――。

 大きく息を吸う。そして臍の下に力を入れる。そう、落ち着くんだ市井時鷹。取り乱したら負け。それは喧嘩でもなんでもそう。常に冷静に、そしてクレバーに。そんな思いと言葉を心に強く染み込ませる。

「あんだよ、ヤマも来てたんかよ、ただいま」

「おう」

「お邪魔してるよ」

 そう、ナチュラルに。いつも通りのに余裕顔をしながら、リビングへ入る。ヤマはソファーの角にクッションを抱きながら座り、その隣で亮介がぐでんと足を伸ばして座っていた。二人とも、テレビに夢中なのか、おれへの挨拶は適当だ。マジか、人んちだぞマジで。しかも二人とも酒呑んでやがる。まぁ呑むとは言ってたけどさ…。

「お前らさー…細かいこといわねーけど、おれんちなんだと思ってんだよ、おれの酒ある?」

「ん」

 ヤマが微妙な返事をしておれにビールを投げた。おいおい、炭酸がしゅわってなっちゃうだろ。でもそんなことはお構いなしにビールを開けてごくっと大きめの一発目を行く。喉を流れていくきつめの炭酸が気持ちいい。やっぱ夏の夜はやっぱビールに限るぜ。

「時鷹だっておれんちの風呂勝手に入ったり、冷蔵庫開けたりするだろ。細かいことはいうのナシにしようや」

「――まぁな」

 亮介はそう言うとソファーに座り直した。丁度亮介と対面の場所におれもぼすんと座る。

 まぁ亮介。おれそれだけじゃないから。お前のねーちゃんのパンツとかもろ漁ってるから。匂いとか嗅いだりしてるから。ざまぁ。ちなみに亮介のねーちゃんは地元でも有名な美人さん。そしてぼったくりキャバ嬢。

「んで、ヤマまでどうしたんだよ。ヤマもブルプラとなんかあったんか?」

「私はもうそういうことないよ。私は今日の件を話しにきただけ。んで、西野となんなの?ヤってんの?」

 マジでゲスい。いきなりそんなこと聞いてくるか普通。

「だから――そういうんじゃねぇって。色々あんだよ、全部終わったら話すから」

「別に今教えてくれてもよくない?西野にできて、私達にできないことって何?思い当たらないんだけど」

 ヤマはそう言うとポテトチップスをぱりんと食べた。マジでソファーの上でそういうポロポロ落とす系食うなマジで。食うならテッシュとかひいて…ああ、ソファーの袖のとこで油ぎった手を拭くなってマジで!ポテチは割り箸で食えってマジで!

「お前ら笑うし、言っても信じないし、首突っ込まれるのもだるいからいい。全部終わってから」

「そんなん話してみないとわからないじゃん」

「わかる」

 おれはそう断言するとヤマからポテチを取り上げた。こんな時間にこんなもん食うな、太るぞマジで。

「まぁその西野っての、なんかオカルト系だかなんだかわかんねぇけど、そっち系の有名人なんだろ?お前がそんな奴とつるむってことは――すげぇ言いにくいけど、兄貴のことだろ。なんかあったんか?」

「――…」

 亮介があっさりと確信を突いてくる。まぁ、ちょっと考えればわかりそうなもんだけれどもさ。

「――まぁな。ちょっとまぁ…なんつーか、色々あって」

 おれがそう言うと、亮介は軽くため息をついて珍しく真面目な表情になった。

「なぁ時鷹。ヤマはまだしも、おれにも言えないことなんかあるのか?協力してほくねーとか、関わらせたくねーってのは、なんでよ?おれだぞ?お前の相棒って、ほんとにおれくらいしかいなくねーか?」

「ちょっと、なんで私がまだしもなのよ」

「ヤマはちょっと黙ってて。なぁ、おれとお前、相棒じゃねぇんか?」

「私だって時鷹の彼女ですぅ」

「元だろ。酔っ払ってんのかお前」

「――…」

 亮介とヤマのくだらない漫才を見ながら、おれは黙り込んだ。言うか――言うまいか――。

 笑われてもしょうがないし、ラバーベイサイドの四○九号室だけ伏せて教えるか――。

 だけど――いや、やっぱそうじゃない。亮介だからこそ、相棒だからこそ…ヤマだからこそ、特別な存在だからこそ言えない。呪いはマジだから。これ、マジで死ぬ奴だから。

「おれの相棒は――多分、死ぬまで亮介だけだと思うよ。おれが本当の意味で頼るのも、お前だけだと思う」

「じゃあなんでよ?」

「お前だから――いや、お前達だからこそ。言えない。全部終わったら説明する、んで、その時に言えない理由も納得してもらえると思う」

 そう、それは事実。こいつらだからこそ――。おれは言えない。絶対に関わらせてはいけない。

「――まぁ、わかったよ。お前がそこまで言うなら、おれはもーなんもいわねー。ただ、全部終わったら本当に納得させてくれるくれぇ説明してくれんだよな?」

「勿論だよ。全部、話す」

 おれがそう言うと、亮介は渋々ながらも、納得したようにうんうんと軽く頷いた。そんな亮介を見ながら、今度はヤマが口を開く。

「それと、西野とはほんとになんもないんだよね?」

「あるわけねーだろ。お前も、西野にへんなことすんなよ」

「私は喧嘩売られない限りはなんもしない――でも…」

 ヤマはそう言うと手に持っいるビールの缶をじぃっと見つめた。なんだこいつ、酔っ払ってんのかマジで。

「でも時鷹、もしも時鷹に何かあったら――私あいつ、マジで殺すから」

「お前――物騒すぎるぞ」

「――…ほんとだから」

 そんなヤマの声が、うちのたいして広くもないリビングに、静かに――そして冷たく響いた。

 おれはヤマにとってただの元彼氏――いや、自分で言うのもちょっと恥ずかしいというか、勘違いっていうかなんていうかだけど、鈍いおれでも自分がただの元彼だとは思ってない。

 ヤマの気持ちには――気付いている。こいつはまだ、おれのことを思っているのだろう。ただの元彼だったら…ここまでならないよな。

 ささいな喧嘩からおれ達は別れてしまったけど、それからも――ずっとヤマは引きずっているのだろう。

 おれは、今の関係でいいと思うから――特にまた付き合おうとかそんなつもりはないけど、ヤマは大切な人の一人だ。

「とりあえず、亮介もヤマも待っててくれよ。全部終わる、もうすぐ全部終わるから」

 おれはそう言ってから、ヤマの肩をさすった。ヤマが声も出さずに泣き出してしまったからだ。この涙の意図はわからない、悔しかったのか、悲しかったのか、今でも、これからも――もうわからない。聞くことはできない。

 そうだな、おれのこの話の終わりは――もう近い。いや、ここで半分くらいか。でもまぁここまで聞いてくれたんだ、勿論、最後まで聞いてくれるよな?


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