西野もだいぶバイクに乗り慣れてきたなぁと思う。亮介との電話を切った後、すぐ西野に連絡をしてラバーベイサイドに迎えに来て拾ったけど、真夜中の道路を走りながらそんなことを思った。

 カーブする時の膝のグリップ、重心移動。本当にうまくなった。いわゆるニケツで走る時、運転する側は後ろの人がうまいと色々楽なんだよね。西野は器用なのかもな、眼鏡は一生こういう風に乗れなそう。

 西野はおれの腰に回している腕に、ぎゅっと力を入れた。夏とはいえ、真夜中は少し肌寒い――。そういうことだよな?ちょっとドキドキするようなことやめてくださいよ西野先輩。

 少し遠回りになってしまうけど、おれは亮介の話を聞いてブルプラの縄張りであるエリアを外して帰った。西野がいるから喧嘩なんかする気もないけど、カー(おれはバイク)チェイスもしたくない。ブルプラがそこまでマジになっているなら、車で来てぶつけられたらどうすることもできないから。阿久津なら、平気でそれくらいするだろうし。

 ちょこちょこサイドミラーを確認して、追ってきている車が居ないか気をつけながら西野の家の前に着いた。西野はさらっと跳ねるように飛び降りる。いや、マジでバイク乗るのうまくなったなーこの子。

 西野んちの前にある高級そうなマンションは深夜でも煌々とエントランス部分の灯りがついているのに、西野んちのアパートは真っ暗だ。変態でも出てきそうな雰囲気。大丈夫だよな、あの暗がりに――変態ストーカー眼鏡いないよな?

「ありがとう、わざわざごめん」

 西野はそう言いながらメットを外し、おれに手渡した。今日はちゃあんとヘルメットを被りましたよ。余計なリスクは背負いたくないしね。

「いいって、当然だし。じゃあまた明日連絡する」

「ね、ねぇ市井くん。少しだけうち寄ってかない?ちょっと寒いし、暖かいコーヒーでも飲んでから帰れば?」

 西野はそう言っておれの腕を掴んだ。ナイスなお誘いだけど、家には多分亮介がもう居るんだよな――。でもまぁいいか、あんな残虐非道な世紀末覇者野郎はほっといても。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「やった、じゃあ行こッ」

 おれはバイクをなるべく目立たない場所へ停めて、西野の部屋へ一緒に歩いて行く。西野の家はブルプラのエリアではないとは言え、バイクを見られるのは致命的だ。ピンポイントで西野の家がわかるわけでもないけど、眼鏡のように張り込みされると西野に多大なるご迷惑が掛かることになる。あ、そうだ。あのストーカー野郎のことと、萩原にお願いしていること西野に言わないとな。

 西野の部屋に入ると、相変わらず綺麗というか、何もなかった。生活感でさえも。普通は、パンティーくらい部屋に干してありそうなもんだけどね。あ、まぁ見たいとかそういうんじゃないよ、ほんとだよ。

「そういやあれ、おれに西野のこと教えてくれた同じクラスの萩原って奴に、色々隠してはあるけど協力お願いしちゃったのと、あの眼鏡、学校終わったら毎日このへんで西野のこと見張ってるらしいよ」

「ええ?」

 西野の家はワンルームだ。キッチンでコーヒーの準備をしている西野はそんな少し驚いた声を上げた。そりゃそうだよね、無理もない。気持ち悪いよね。

「大丈夫なの?へたに首を突っ込むと、大怪我しちゃうよ」

「まぁ、大切なことは隠してあるからさ」

 西野は最初に眼鏡のことは突っ込んでこなかった。コーヒーを持ってきてテーブルの上に置き、はみかむような表情をしてから眼鏡に触れた。

「柊くんは本当に困った人。でも、とても大切な友達――彼を心配して、私は関わって欲しくないと言っているのだけど――」

「やっぱ、眼鏡は大事なんだ。眼鏡もまぁ、西野にすげー好意というか、まぁもう崇拝してるっぽいけどね」

 西野は眼鏡の変態行為については特段なんとも思っていないみたいだった。困った人程度で済んだ。

 マジかよ。でもまぁそうか、別にあんだけ崇拝しているなら襲ってきたりとかそういうことはないだろうし、被害無いもんな。いやいやでもでも、精神的な被害はあると思うんだけどね。嫌じゃん、あんな奴が外でスタンバってたら。

「昔、柊くんの妹を助けたことがあって…私の親のことはもう聞いてるよね。親が――柊くんの親と知り合いで、それで除霊っていうか、助けたっていうか――」

「あ――眼鏡もそんなこと言ってたね。なんだっけ、こっくりさんだっけ。動物霊ってほんとにいるんだな」

「そうだね、人に憑くような動物霊なんて、滅多にいないけどね」

 おれは眼鏡の話を思い出した。そういえば妹がこっくりさんかなんかで動物霊にあーじゃねぇこーじゃねぇって言ってたよな。

「まぁ、あんまあれだけど、ご両親はどうしちゃったの?もうほんとに連絡取れない感じ?」

「うん、もうかなり前から――そうだね。中学の三年に上がる頃には、もういなかった」

 西野が少し気まずそうというか、元気なくそう言った。両親がいない――か。そうなってくると、当たり前の疑問がわいてくる。ちょっとデリケートな問題だから、聞こうかどうか悩んだけど、気になったから聞いちゃう。

「やっぱマジでいねぇんだ。でもそうなっとさ――金どうしてんの?一人暮らし――ってことだよね」

 西野はアルバイトをしている様子もないし、高校にも普通に通っているから、どう考えても一人暮らしだときつくねぇか?って思う。

「うん、それがね。中学の時から、私が援助交際をしてる――なんて言われてしまう原因なんだ。おかしいよね、親もいない奴が、普通に生活をしてるなんて」

「まぁね。なんかいい金策とかあんのかなって思って、ちょっと気になってる。マジで援交してたわけじゃないんでしょ?」

「してないし、彼氏とかを寝取ったこともないってば!私みたいな地味系が好きな人に、言い寄られたことはあるけど――私の一人で生活してるっていう面も含めて、そんな噂になってるだけだと思う」

「そうなんだ。じゃあなんか金策してるってこと?差し支えなければおれにも教えてよ、新しい愛車欲しいじゃん」

「金策っていうか――」

 あ、カネカネうるさい奴だって思われたか?でもお金は大事じゃない。ありすぎて困るものでもないし、兄貴の件で車の保険が駄目だったとか、彼女の親とかとこじれたりしたら、おれも自立せにゃならんかもしれないし。市井家解散あり得るし。

「柊くんにも昔、私の噂を聞いたのか同じことを聞かれて――だから、柊くんしか知らないから、あまり言わないで欲しいんだけど――」

「大丈夫、おれは結構オクチ固いよ、身持ちもカタイけどね」

 おれがそう冗談交じりに言うと、西野は少しだけ笑ったけど、目は笑ってなかった。あれ、外したかこれ。

「実は、お父さんが残してたお金があるんだ。贅沢しなければ、大学卒業くらいまでの分はあるかな」

「マジか、いい親父さんじゃん」

「ううん、全然。お母さんは普通の人だったけど、お父さんはろくでもない人だった。お金の件だけは感謝しているけど。本当にお父さんのせいで私の家は色々大変だったんだ」

 うーん、いや…金残してくれただけでも、いい親父だとは思うけどね。

「でも、金残してくれてたんだろ?駄目な親父でも、やっぱ娘のことは思ってたんじゃない?」

 おれがそう言うと、西野は首を振った。

「残してくれてた、わけじゃなくて――残っていただけ。あの人は私のことなんかお金儲けの道具程度にしか見ていなかった。元々暴力団崩れで、宗教を始めて失敗して、それから自分は霊能力者だとか言い出して――弱い人や、お金持ちの人に無理矢理いかがわしいモノを売りつけたり、騙していただけ。お母さんは本物の霊能力者だと思う。強くはなかったけど。だから、私は柊くんには負い目があるんだ。妹は確かに救ったけど、あの人は法外な額を取ったはず」

「そ、そうなんだ。でもまぁ――妹は救われたわけだし、さ」

「それでも、だよ。人の弱みにとことんつけ込むようなやり方を、私は軽蔑する」

 西野は怒っていた。初めて見るそんな西野の表情に、ちょっと戸惑った。

「でもやっぱり、悪いことをしていればいつかは天罰がくだるもので、騙してはいけないくらいの権力者を騙そうとして――失敗した。それで、その人が怒って繋がりのあった暴力団の人達に依頼して、追われるようになって、急に居なくなったんだ」

「え?マジで、やばくね?」

 おれがそう相槌を入れると、西野は少しだけ頷いた。

「うん。私も大変だった、家の前で待たれて脅かされり、身体売れとか言われたり、両親の罵倒を何度もされた。本当に思い出すだけで苦しくなる」

「――…そうだったんだ」

 なんか、聞いてはいけないことを聞いてしまったようで、申し訳なくなる。ちょっと気まずくなったからそろそろ帰ろうかなって思ったベストタイミングでケータイが鳴った。亮介からの『早くしろ』メールだった。

「お、じゃあおれ、家で亮介待たしてるからさ。今日のとこは行くかな」

 そう言って立ち上がったおれの手を、西野がきゅっと掴んだ。マジでびっくりした。軽くじゃなくて、結構戸惑った。

「もう少しだけ、話さない?私の話じゃなくて、市井くんの話も聞きたい。ずるいよ、私だけ聞いて自分は話さないなんて」

「え、いやでも――」

 いじらしくそう言った西野にまたも戸惑ったけど、西野はぱっと手を離してにこりと笑った。

「冗談だよ、今日はありがと。無理してほんと迎えにきてくれなくても大丈夫だから」

「お、おう。びっくりしたぜ、冗談かよ、照れるからやめてくれよ」

「こんなことで照れるの?でも、冗談は半分だけ。今度聞かせてね、市井くんの話――。色んな武勇伝聞きたいな」

「お、おう――面白い話なんてないけどな」

「市井くんが話してくれるなら――なんでも面白いと思う――またね」

 いきなり距離を縮めて来た西野にどぎまぎしながら西野んちを出る。すぐに愛車にエンジンをかけて自宅へと向かった。

 もう、どうしょうもないことなんだけど――。

 この時にもっと周囲を警戒して、少なくとも西野んちなんか寄らなければよかったと――今でも思う。これはかなり後悔してる。

 実は、ラバーベイサイドからおれはブルプラの奴につけられていて、この場所がばれてしまった上に、今日のこれが原因で、西野とブルプラの繋がりを作ってしまったから。

 そうだな――。

 あの日――おれが初めて西野に会いに行ったあの日から、運命は決まっていた。

 悔いはない。おれはおれのままで、おれらしく――正しいことをずっとしてきたつもりだし、間違っていたなんてひとつも思わない。

 だからこそ、運命だなんて安っぽい言葉で自分自身、納得はできる。

 でもさ、やっぱおれも人間だから、思っちゃうよな。おれがさ、もっとちゃんと、本当に正しい選択を常にしていればさ――。

 未来は変わってたのかな――なんてね。やっぱ、そんなこと思っちゃうよね。



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