Ⅲ
『お母さんには内緒だからな、エリナが、エリナがいけないんだからな』
部屋の角に立っている。見たこともない部屋――。少し散らかった部屋。やっと見せてくれたエリナのヒント的な夢だと自覚できたけど――今日の奴はもう見た瞬間に胸くそが悪い奴だった。
前回も相当きつかったけど、エリナ視点で何がなんだかわからないまま殺されちゃったから、ああそうなんだくらいだったけど――今回は違う。エリナ視点ではなく、エリナの部屋にいる浮遊霊のような感じ。何も出来ないし、動けもしない。ただ、それを見つめているだけ。
エリナの顔は薄暗くなっていて見えない。
エリナに覆い被さる男も背中しか見えない。
エリナは――その男に犯されていた。
ぎしりぎしりとベッドが軋む音だけが響く。エリナはただ男の動きに合わせてがくんがくんと揺れながら天井を眺めている。そんなエリナに、男は最初の台詞をずっと繰り返し言っていた。
これが――どういうことなのかいまいち理解できないけど、どんな状況であれ、胸くそはかなり悪い。こいつは父親なのか、それとも母ちゃんの彼氏とかなのか。
何か手がかりはないかと部屋の中を見渡したけど、部屋もまたエリナの顔のようにぼんやりとなっていてよく見えない。ただ、エリナが犯されている姿だけは、はっきりとしていた。
『エリナはいけない子だからね、これはしつけだから――。ほら、気持ちよくなってきてるでしょ?そういう顔してるよ?本当にいけない子だねぇ』
男は変わらずに気持ち悪いことを言い続けている。眼鏡といいこいつといい、気持ちわりぃ奴を最近になってよくみるな。
男の動きに合わせてがくんがくんと首を揺らすエリナを見て、表情や顔は見えないけど、泣いていることがわかった。なんだろう、エリナの感情が流れ込んでくるような、そんな感じ。
あまりの悔しさと悲しさ――辛さにおれまで泣きたくなってくる。本当に、この子になにがあったんだろう、しかもこの後、母ちゃんに殺されるなんて救いようがないよな。
もう、少しっていうか――かなりエリナには同情していた。兄貴と兄貴の彼女を殺した相手とは言え、あまりにも不幸すぎる。
どうして、おれが近くにいなかったんだろうとか、そんなことすら思ってくる。おれが知り合いなら、おれが近くに居れば――絶対に救ってやることができたのに。
どうせおれが生きてる限りは復讐なんかできない。すでにエリナへの怒りは、無くなっているのかもしれない。まぁ元々、ぶっ殺してやりたいとかそんな風に考えていたわけじゃないけどさ。
おれは、兄貴の無念を晴らしたいだけ。自分でもはっきりしねぇんだけどさ、多分それが本当の気持ちだ。
復讐なんて、おれが死んでからエリナにお尻ぺんぺん程度でいいような気がする。こうしてエリナの感情が流れてきているから、余計に同情してしまっているのかもしれないけど。
「――…はぁ」
起き抜けは最悪。くそつまんねぇドラマを無理矢理二十四時間見せられたような、胸くそ悪い映画を立て続けに十本続けて見せられたような――。そんなことしたこともないけど、言い表すならそんな感じ。
ケータイを見ると時間は夜中の二時。誰からも着信履歴はないけど、二時間くらい前に西野から「行ってくる」とメールが入っていた。まぁ、迎えに行くか。
「――…はぁ」
着替えながら、ため息しかでない。マジで嫌な夢だった。夢というか、エリナが実際に体験したこと――か。マジで胸くそわりぃ。
本当にこういう時に思う。すげぇ勘違いだって笑われるかもしれないけど、どうしておれが救うことができなかったのか。どうしておれが近くにいなかったのか。
幽霊も居るなら、神様だっていてもおかしくない。そんな神様に、おれは言いたい。あまりにも、人生不公平じゃねぇか?
おれは悪童だ。少なくとも正義のヒーローでもないし、正義を気取るわけじゃないけど、やっぱ、やるせないというか――なんていうか。
おれのように好き勝手生きている奴もいれば、エリナのようにどうしようもない現実に身を震わせ、その命まで落としてしまう子もいる。多分、何も悪いことなんかしてないのに。おれのがよっぽど人に恨まれてるし、悪いことしてるっつーの。
「――…おッ」
ケータイが震えたので画面を見ると、西野かと思ったら亮介だった。こんな時間に珍しい。
「お――相棒、珍しいなこんな夜中に」
「時鷹、大丈夫か、なんもねぇか?」
「今起きたとこだよ――どうした?なんかあったか?」
少し亮介は息を切らしている。そして間違いなく家ではない。ざりざりと風の音が聞こえる。
「今よ、ブルプラの奴らとちょっと揉めて、締め上げてたらよ。なんか近いうちに、大掛かりで動くらしくてよ。おれとお前、マジで的にかけるって息巻いてるからよ」
「つったって阿久津は入院してるし、堂島はまだだろ?家なんか来られたらすぐ通報するし、お前は大丈夫なのか?」
まーた面倒な感じになっている。もういい加減にしれくれよな。エリナの件が終わったらいくらでも相手してやるからさ…。
「何言ってんだ、おれだぞ?お前より強いおれだぞ?ただ、阿久津は病院抜けたらしい。お前にどうしても復讐するって息巻いてるらしいぞ」
「――亮介、お前…」
おれは、そこまでぺらぺらと喋るなんて、どこまで締め上げたのか気になった。逆にブルプラの奴もちょっと心配になるし、やりすぎた亮介が捕まっちまわないか心配になる。思い出してくれ亮介、基本的に素行の悪いおれ達は、いつおまわりさんに捕獲されてもおかしくないんだぞ?
「どんだけ締め上げたらそんなぺらぺら喋るのよ」
「いや、最後まで刃向かってきた奴はすごい血が出ててもう動いてないけど…なんかあれだよ、ブルプラも一枚岩じゃねぇって奴か?脅かしたらぺらぺら喋るガキがいてさぁッ!馬鹿だよなホントこいつら」
「――…」
亮介はそういうと高々と笑った。まぁ――そんなすごい血が出て動けないくらい暴力振るうの目の前でみたら、普通そうなるよね。ブルプラが一枚岩じゃねぇってのもわかるけどよ…。やりすぎじゃねぇか亮介くん。そいつ、死んでないよな…。
「とりあえず、お前んち行っていいか?今お前んちからそんな遠くないとこにいんだよ、たまには酒でも呑もうぜ」
「まぁいいんだけど、ちょっと出ないとだから。先に家に居てくれよ、すぐ戻ってくるから。どうせまだ親もいねぇし」
おれがそう言うと、亮介は声を少し落として言った。
「――また西野って奴か?お前、ヤっちまうのは構わないけど、ヤマだけ気をつけないとマジでやばいからな」
おれは、その言葉に返事をしないまま電話を切った。マジこいつ、楽しんでやがるな。こっちはかなりシリアスだっていうのよ。
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