Ⅲ
ブックオーバーの従業員休憩用のバックヤード。安っぽいパイプ椅子に座るおれの前には、二人の男が項垂れながら座っていた。一人は萩原、そしてもう一人は眼鏡こと柊店長代理。
こいつらは自ら率先して休憩に入り、おれとの対話を望んだ。こいつらに買って貰った缶コーヒーを開け、軽く口を付けてから、おれはゆっくりと口を開く。
「まず萩原、気持ちはわかるけど、おれは言うなって言ったよな」
「す、すいません――ほんと、おれ、役に立ちたくて…市井くんには、何度もブルプラにカツアゲされてるのを助けてもらってるし――」
「そう思ってくれるのは嬉しいよ、でも、だからこそ約束――大事だよな」
「うん――そうだよね。ほんとごめん」
萩原は顔を上げずにそうぼそぼそと言った。
「んで眼鏡、お前――どういうつもりだよ」
「い、いや――僕も少しは協力したいと思いまして…」
「西野にそうやって頼まれたの?」
「い、いや――独断です」
「じゃあ駄目だろ」
おれがそう言い放つと、眼鏡はぶるぶると震えた。お、なんだこの新しいリアクション。怒りか?怒りなのか?いきなり襲いかかってくるのか?いいぞ、ほら、来てみろ。眼鏡はどんと机を叩くと、勢いよく立ち上がって叫んだ。
「で、ですが――ぼ、僕は――部長の心配もしているんですッ協力者を募るのは当然でじゃないですかッ!」
ははッ眼鏡がキレたッ!眼鏡がキレたぞぉッ!ブン殴って黙らせるのは簡単だけど、眼鏡は本当に西野のことを思っている。可哀想だからまともに話をしてやるか。
「だったら、西野にまずは話して、ちゃんと筋通せよ。お前らに何ができんのよ、考える?推理する?考察する?ふざけんなよ、お前らがこの土俵にきたら、ぜってー後悔すんぞ。西野にそう言われなかったか?関わるなって」
「――言われました」
やっぱなと思った。西野らしい。自分を崇拝する眼鏡でさえ、巻き込まない。おれなら絶対に巻き込むけどね。眼鏡はもう最悪死んでもしょうがない。
「あ、あの市井くん、本当におれ達ができることないかな?おれ達は――海浜高校生だよ、情報収集なら、県内どころか、全国でもどこにも負けないって自負はあるよ」
お、萩原の最もらしい発言。そうか――海浜だもんな。色んな情報なら、うちほどやべぇとこないだろうな、でも――。
「ん――あるっちゃあるけど、まだ早ぇんだよな」
おれはそう答えた。そうなんだよな、まだ早ぇんだよマジで。おれのそんな回答を聞いてから、まだぶるぶると震える眼鏡がぼそっと口を開いた。
「部長は――毎日のようにあそこのラブホテルへ行っています。もう、部長からじゃなくてもいい、市井さん、部長と――何をしているんですかッ」
「おま、なんでそんなこと知ってるんだ。まさかお前――」
「ストーカーとでもなんとでも言ってくださいッ!毎日学校が終わったら部長の家の前で待機してますよ!心配ですからッ!」
「と、とんでもねぇ野郎だな」
おれは呆れとかそういうのを超えて、ちょっと尊敬すらしたけど、やっぱ却下。マジできもい。こういうねじ曲がった愛情からいわゆるストーカー殺人とか起こるもんじゃないかなぁとも思った。マジで狂ってるだろこいつ。
「ひ、柊さんまじすか――それは、ちょっと…」
さすがの萩原もドンビキだ。まぁそれはそうだろう、おれですらもう触りたくないレベル。殴りたくすらない。
「教えてくださいよぉ――僕は…僕はもう心配で…」
そして泣く。マジこいつやばい。がくんと触ると、今度は両手を強く握りしめたまま両膝に置いて、男泣き。情緒不安定とかそんなレベルじゃないだろこれ。マジやばい。パンドラの箱ひらいちゃったかこれ。
あまりにも気持ち悪いし、もうなんかおれが凄い悪者みたいになってしまうので、しょうがないからもう手伝わせる事にする。当然後で西野には報告するけど、こいつらが安全にできる範囲で――か。さすがに完全に巻き込んだらマジで面倒になりそうだ。特に眼鏡は――。
まぁ、頭おかしいから喜ぶかもしれないけど。むしろ、眼鏡は呪われて死んだ方がいい。捨て駒として利用することを西野に提案したいよ。
「じゃあよ、おれさ。人捜してんだよね。それってどうやって捜せばいいと思う?」
「人――?」
萩原が顔を上げる。眼鏡は天井を見上げながら泣いている。もういい加減にしてマジで。
「そう、実際の年齢も名前もわからない。おれらよりはずっと若いけどね。中学生くらいかな――。多分、この辺の子なんだ」
「名前も――顔はわかるの?」
「そうだな、見ればわかるかなぁ――程度。そういう場合、どうすればいいと思う?」
まぁ実際におれが見たのは動く死体だから、生前の顔を見てもわからないかもしれないけどね。鼻もなかったし、口裂けてたし、おでこ割れてたし、目は真っ黒だったし。いや、思い出すだけでちょっと憂鬱。つうか、ぶっちゃけた話、あの状態から生きてた時の顔なんて絶対わからないよな。
「そ、それは難しいね。本当になんにもわからないってこと?」
「そうだよ、とにかく、その誰かわからない奴の情報が欲しいんだよね」
「そんなことやってるんだ――内容が凄く気になるけど…。そうだね、どうすればいいんだろう…」
「詳しいことはやっぱちょっとまだ言えねぇからよ。なんかねぇか?」
萩原はそう言って考え込んだ。そうだ、考え込め。なんか良い案だしてくれ。
名前はわからないとあえて嘘をついた。名前まで教えて、あんまりごりごり調べられても困るし、そこまでやらせるなら一応西野に相談してからにした方がいいと思ったからだ。
でもまぁいいのかな。あのラバーベイサイドの四○九号室にさえ行かなければ――いや、こいつらすぐペラペラ喋るから、とりあえず教えない方向でいいか。むしろおれ的にはもう行って呪われてしまえばいいと思うんだけどね。裏切り者の末路にはふさわしそうだし。
「うーん、この辺の子で――中学生くらいってなると…すぐに思いつくのは卒業アルバムくらいかなぁ」
「――…あ?」
「この辺の小学校、中学校――高校までは必要ないかもだけどさ、それを、各五年分くらい集めれば、その捜してる子いるかもじゃない?顔見ればわかるんでしょ?少し成長したって、面影くらいはあるでしょ?」
「お前――。それナイスじゃねぇか?」
「え?ホント?」
おれがそう言うと、萩原は得意げに笑った。ちょっとむかついたけど、その案はかなり使えそうだから許してやることにする。最悪、空振りでも問題ないし、おれが大きく動くこともないし、マジでナイスアイディーアだろこれ。
そうだよ、顔なんかわからなくたって、卒アル集めてエリナって名前の子をかたっぱしから当たったっていいんだ。しかもそれを萩原にやらせりゃ超楽だぜ。
「そ、そんなこと、ぼ、僕だって思いついてましたよッ!ひゃはッはっはっはッ!」
いきなり眼鏡が発狂する。マジでこいつは危ない。へたしたらエリナより関わりたくない。もう眼鏡は無視。
「萩原、とりあえずそれお願いできる?おれあんまそういう知り合いいないからよ」
「おっけーだよ。早速今日から色々聞いてみるよ。揃い次第すぐに連絡するから」
「おう、頼む」
おれはそう言うと安っぽいパイプ椅子から立ち上がった。ちょっと腹が減ったので一回家に帰ろうとかな――なんて思ったおれの腕を、いきなり眼鏡が掴む。それをおれは強めに振り払った。
「お前はもういい、マジ気持ち悪いよ」
おれがそう言い放つと、眼鏡はがくっと項垂れた。もういいよ、一生そうしてくれ頼む。おれはもう帰って飯食って寝るから。
今日はちょっと頑張ったから、エリナがなんかヒントになるような夢を見せてくれるといいな。あ、今寝ると夜中に起きちゃいそうだから、西野でも迎えにいこうかななんて思った。まぁ――行けたらだけど、ね。
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