Ⅲ
「空振りだね、やっぱ西野の言う通りだった」
「ううん、ありがとう。過去の事件――とか、解決している事件――とかではないと思う。今日、私調子いいから、少し腰すえて話してくるから」
「ああ、悪いね。ホテル代はまた会ったら返すから、ごめん。まぁ――またこの前みたいに泡吹かないでくれよ、一応女の子のあんな姿見るとさ、ちょっとおうおう…ってなっちゃうじゃん」
「やめてよ、恥ずかしい…しょうがないじゃんッ!」
ちょっと怒った西野に対して「はっはっは」と笑って誤魔化す。あのおれんちで話してから、こんな感じでかなり仲良くなった。マジで、呪われているなんて思えないほど、おれ達は明るい。まぁそれもこれも、西野がなんとかしてくれるだろっていう安心感があるからだろうけど。
あと、当然西野のホテル代はおれが次なる愛車を買うためにコツコツと貯めていたお年玉貯金を切り崩しているので、ご安心ください。
「じゃあおれ、ちょっとまた言ってくるわ」
「うん――ありがとう。また連絡するし、して」
「ああ――」
おれはそう言って電話を切った。インターネット完備な長門軍曹の家で過去の事件を調べ、長門軍曹の分までおいしい高級カスティラァーさんを食べた後、おれはまた違う場所へ向かい、そこの駐車場で愛車に跨がりながら西野に電話したって感じだ。
古本屋の大手――「ブックオーバー」。ここに来たのは、なんかそういう本を調べたり、エリナについて調べるために来たわけじゃない。
萩原という裏切り者を、始末する為に来た――。そう、気分は殺し屋。裏切り者は、いつだって殺し屋に始末される運命だろ?ぺらぺらと口の軽い奴には、きついお仕置きが必要だ。
無駄にでかい駐車場を超えて、店舗へと向かう。店舗も無駄にでかいけど、おれは萩原がどこにいるか知っている。どこの担当か知っている。だから、迷うことなんか無い。
中古ゲームコーナー…ターゲットはそこにいる。中古のゲームソフトや、ゲーム機などを扱っているおなじみのコーナーだ。
ぐんぐんとゲームコーナへ進むと、案の定、萩原は呑気に――そしてちょっと軽やかな動きで陳列されたゲームソフトの微妙な乱れを正していた。
萩原はおれが最も嫌悪するもののひとつ、デブの長髪――ロン毛だ。しかもちょっとパーマとか当てて調子こいてるタイプ。
デブに、髪を長くする資格はない。デブは短髪――これは全宇宙の決定事項、揺るがない。坊主にしろとは言わねぇ、でもソフトモヒカンとかにしろ。デブのロン毛ほど醜いものはない。偏見?そんなことはない。だって、だっせぇだろ、勘違いしたホストみたいだろ?彼氏だったらやだろ?清潔感ないし。ロン毛にしたいなら痩せろ、ただそれだけの話。努力が足りない、ただそれだけの話。
「萩原ぁ――」
「あ、ひ、い、市井くんッ」
のしのしと萩原に近づくと、おれの怒りの表情と憤怒を纏ったオーラに気付いたのか、はたまた胸にやましいことがあるのか、あるいはその両方か――。萩原は明らかに怯えた表情をして後ずさりをする。
「はぁぎぃわぁらぁ――」
「ひ、ひぃッ待って、待って、ど、どうしたんだよ」
それを見ていた同僚であろう女店員が近づいてきたけど、おれはその女店員を目で殺すと、女店員は何事もなかったように何故か軽い会釈をして「ごゆっくりどうぞ」と言ってから消えていった。ごめんね、女店員さん。
「てめぇ――この前電話した件誰にも言うなって言っただろうがぁ。お前のせいで面倒が増えたじゃねぇかよ」
「ち、違う、違うんだよ市井くんッ」
「なぁにが違うんだよ、おれにわかるように説明してみぃや」
「みんなに、ちょっと意見というか、考察をしてもらおうと思ってッ!僕だって市井くんの役に立ちたかったんだッ!だって、これは僕の得意分野だろ?ホラーオカルトなんて、僕の分野じゃないか」
「ほう、なんにも知らないくせに、よう言うなキサン」
「しょ、正直なんにも知らないわけじゃないよ、西野さんと、ラブホに行ってなんかあったんでしょ」
「ほぅ――」
おれは萩原に、詳しいことはマジで伝えていない。ただ、おれはちょっとそういうの信用してないんだけど、それっぽいことがあって、そういうのにマジで詳しい奴いない?と萩原に聞いただけだ。
萩原は当然自分を推してきたけど、おれはそれを却下した。デブのロン毛を信用することなどあり得ない。例え世界中の全員が信用しても、おれは絶対に信用しない。すでにそこで色々おれとの感覚がかなりズレているんだから。
長門軍曹とかもおれの感覚とかなりズレているけど、あれはリスペクトする系のズレ。萩原は軽蔑する系のズレ。それに、長門軍曹の母ちゃんは良い奴だしね。いや、まぁそれは関係ねぇか。
おっ――とっと。話がすげぇ逸れたけど、それしか伝えてない萩原がそこまで知っていると言うことは――裏切り者がまだいるってことだな。まぁ、そこまで知ってる奴なんて、おれと西野を除けば一人しかいないけどね。
「誰だ、誰から聞いた」
「いや、その――」
言い淀む萩原。おれは絶対に口を割るまで目を反らさないし、ここから出て行くつもりもない。店長だなんだと出てきたって、おれは引くつもりもない。そして、それはこいつが――萩原が一番良くわかっているはず。納得するまで、おれはテコでも動かないということを。
「いえ、あの、実は――…」
萩原が何かを言おうとしてもじもじとする。おれは言うまで許さない、いつもは優しい時鷹ちゃんだけど、今日は許さない。
「は、萩原くんッどうかしたッお客様――何か――あ…」
そんな声で振り返る。どうやら、さっきの女店員が店の偉い奴を呼んできたようだ。振り返った先、おれにそう言った奴の胸元には、『店長代理』というプレートがこれでもかと言わんばかりに輝いていた。
「やっぱな――」
「あ、あの…ここで、あれ、市井さん、あれ――」
おれの予想は当たっていた。まぁ予想っていうか、そこまで知ってる奴、マジでこいつしかいないからな。おれは自分のことだから言ってないってわかっているし、西野もまぁわざわざ萩原ピンポイントで言うとも思えない。まぁホラーマニアの萩原――。こいつと親交があってもおかしくないよな。
「眼鏡ぇ――」
おれにそう声を掛けてきた店長代理の奴の胸元に光るプレートには、柊としっかりと書いてあった。なんだこいつ、店長代理とか随分生意気だな。バイトにしちゃあ大変なんだろうな、こんな時には出てこないといけないしよ。
まぁ――でも、裏切り者には…容赦をすることはできないけどなッ!
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