西野は言った。「私の近くにいつもいる動物霊がなんとかしてくれる」と。おれと西野の中で、私の近くにいつもいる動物霊という言葉の意味は、一個しかない。

 あの変態眼鏡野郎だ。あいつが西野の居場所を知っているはずだ。恐らく西野がブルプラに拉致された時、ストーカー行為をしてて、近くに居たんだろう。そん時に電話するか、飛び出していけよとも思ったけど、今となってはナイスだ。余計なことにならずに結果オーライ。

 今は指定場所のボーリング場には居ないだろうから、阿久津が西野を拉致っている場所から移動した時を――叩く。それから警察にゴー。さようなら阿久津、さようならブループラネットッ!

 おれはただ喧嘩だけで悪童なんて呼ばれているわけじゃない。こういう悪魔的知略もすずにめぐらせることができるから、悪童なんだぜ。

 眼鏡の番号を知らなかったので、萩原を経由して連絡を取った。萩原も萩原で順調に卒業アルバムを集めているようだ。まぁ、そっちもでかした。

「今は港湾区域で倉庫のような建物の中に居ます…すぐに連絡しようかと思ったんですが、運転中に電話して警察に止められちゃうと終わりですし、どうしましょう、通報すると…やっぱりやばいですかね。何をするにしても、市井さんに連絡をとってから――と思いまして」

「ああ、別にお前のせいじゃねぇ、逆におれがいけなかった。すまんな。とりあえずそのまま待機してもらっていい?」

「わかりました、動きがあれば連絡をします」

 眼鏡の話によると、まだ拉致されてからそんなに時間は経っていない。西野は家の前で拉致されたようで、眼鏡はやっぱり今日も元気にストーカー行為をしていたようだ。

 警察に通報もいいかと思ったんだけど、まだそこに西野が居る。警察が動くまでの時間で、西野が何をされるかわからないし、警察に通報するんだったら相手が移動中がベストだった。建物の中に入られてしまったらもうどうしょもない。

 いや、結果、大人しく尾行した眼鏡はやっぱ結果オーライだよな。よく考えてみれば、拉致の瞬間に突っ込んでったらボコられて終わりだし、そこで通報しても警察が来るまでに時間が掛かるから、確実に捕まえられるなんて保障はないか。移動中だってそうだ。大人しく眼鏡が尾行してなきゃ、こうして主導権を握れることはなかった。

 今、港湾区域の建物にいるってことは、思惑通りそこから阿久津は潰れたボーリング場まで向かう。恐らく西野は移動せず、そのまま待機で阿久津と仲間だけボーリング場まで行くんだろう。

 まぁなんにせよ、西野が居る場所にのっこんで救出して、そのまま警察を呼んで西野に証言をさせて、警察にはボーリング場で待機する阿久津達を逮捕してもらうだけだ。

 バイクだと目立つから、久しぶりにバスかタクシーで移動しよう。眼鏡はなにげに車を持っていて、それで移動しているようだし、合流したら帰りは送ってもらう。とりあえず今は喧嘩の準備だけ入念に行う。基本はおわまりさんだって言っても、西野救出するときは見張りもいるだろうし、スピードが命だし、相手もそれなりに武装しているだろうから、手加減できないしな。

 喧嘩の準備と言っても、おれは武器はあまり使わない。武器慣れしていないから、マジで殺しちゃう可能性あるし、武器持ってのっこんだらそれはそれで罪が重くなる。おかしいよな日本って。こっちは大切な御方を拉致されてんのに、相手を気遣わないといけないんだぜ?

 おれは小学生の頃に使っていたサッカーの脛当てを五枚重ねたプロテクターを手首から肘までカバーするように当てて、その上からテーピングでぐるぐる巻にした。後は手を怪我しないように革製の厚手のグローブを着ける。これで十分。亮介も同じような感じだった。

 いや、マジで本当はこんなことをしている場合じゃないんだけどな――。でも、西野が居ないと話にならないし、おれのせいだし、しょうがねぇっていうか、おれがやんなきゃいけないことなんだけどさ。

「んで、どんな感じよ?」

 準備が終わった亮介が、煙草を吸いながらそう言った。おれの部屋は狭いから、換気だけは頼むよ亮介くん。

「まぁ西野は移動しないと思うから、西野がいる場所に直接行って無事回収したら、そのまま警察に通報して阿久津達がいる所に踏み込んでもらう感じでいいっしょ」

「今そこに居るなら、まとめてやっちゃえばよくね?」

「まぁ、待てって。西野に万が一なんかあったら困るし、何人いるかもわからねぇんだぞ。確実にコトを進めたい」

 おれがそう言うと、亮介はにやにやといやらしい目でおれを見つめる。また、こいつはホント…。

「悪童・市井時鷹とは思えない台詞じゃんか。そんなに大事なんかその子。噂じゃかなり悪い子だっていうんだけどよ」

「だから、おれのことが終わったら全部話すって。色恋とかそういうんじゃないから。でもまぁ、そんな噂通りの悪い子ではないと思うんだけどねぇ」

「お前は――騙されやすいからなぁほんと」

 亮介がため息混じりにそう言うと、おれの肩を優しく叩いた。ふざけんな、騙されたことなんか一回もねぇぞおれぁ。

「堂島出てくる前に一網打尽にできてラッキーだったかもな」

 亮介のその言葉に、おれは無言で頷いた。そうだな、阿久津なんかどうだっていいけど、堂島はやっぱちょっと面倒だ。タイマンなら勝てるけど、仲間が居たらちょっときついかもしれないくらいはに強いし、そこそこ頭もキレる。少なくとも阿久津みたいな馬鹿じゃない。

「まぁ出てきて、ブルプラ誰も居なくて、おれらにその矛先がくるだろうから、そこでとどめをさせばいいべ。納得いくまで、おれか亮介が相手してもいいしな」

「おう、やっちまうべ」

 準備は万端、身体だけじゃない、心の準備も整った。おれもがちゃがちゃめんどくせーのはもういい。今日、ブルプラとは決着をつける。喧嘩ばっかであんたですら忘れてるかもしれないけど、おれ呪われてるんだってマジで。生き死にかかってるんだってマジで。

 そもそも兄貴の無念を晴らしたいだけなのに、どんどんと面倒な方向へ進んでいく。まぁでも、萩原が動いてくれているから、なんとななるのかもな。

 そしておれは、そういう星の下に産まれてしまったんだろう。まぁ仕方ねーよな、どの道、自分がいけねーんだからさ。今回もまた、暴力で解決するだけだ。いつだって暴力。いつかは、そんな生活から解放されるのかなぁ…。なーんてセンチメンタルなことを、少し思っちゃうよね。

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