Ⅰ
「おお――もう落ち着いたのかよ」
花ちゃんとの折り合いもつけて、一服しに再度体育館裏に行くと、見知った顔――いや、見知りすぎた顔にそう話しかけられた。
もう、何度も、それこそ何千、へたしたら何万回と顔を合わせている奴。いや、一年は三百六十五日、何万回ってことはねぇか。おれまだ十七歳だし。
「ああ、一通り終わってね。学校にも顔出しとこうと思ってよ」
「顔出すってここにかよ、授業出てねーじゃん」
「そりゃお前もだろ?マジ留年してもしらねーからな。いんだよ、おれは花ちゃんいるし。んで――こいつらは?」
「ああ――」
そう言って胸一杯にため込んだ煙草の煙を青空に向かって吐き出したこの金髪頭の少しガタイのいい男――。
おれが何百何千と顔を合わしたこの男――。
この男の名は――亮介。
おれが本当にガキの頃からの付き合いで、今まで常に一緒に悪さをしてきた、マジな意味での悪友。亮介の前には、正座をしながら俯いている奴が三人居た。顔を見ればわかる、亮介にボコられて反省中だってことくらいは。
「こいつらさ、草さばいててよ。お仕置きしたんだ」
「へぇ、まぁでも、それくらいよくねーか?つうか、お前マジで若いな。んで、こいつら一年?」
「そう、悪い先輩から安く買って、それに上前を乗せて売ってたみたいでよ」
亮介はそう言うとパケを取り出してひらひらとおれに見せた。中には緑だけども茶色がかった草の塊が入っている。まぁ粗悪な草だな、乾燥しきっちゃってるし、匂いが弱い。
一応説明しておくと、パケってのはパケ袋のことな。へんな草とか悪い薬がよく入ってる、小さなビニールっぽい袋のこと。刑事物のテレビドラマとかで見んだろ?あれだよあれ。
「まぁ時鷹が言うよーに別に売買はどうでもいーんだけどよ、そういうことはおれら通してくれないと困るよってこと。別にやるななんていわねーから、一枚噛ませてくれればそれでいいから。そうすりゃ学校で売買してもいいから。こん中で一番偉いの誰?」
そう言った亮介の言葉の中に、「おれら」という明確な複数形が入っていることに気がついたけど、指摘はしなかった。おれは草の売買なんかに一枚どころか、ミリ単位も噛みたくない。
「いや、あの――」
亮介の言葉に、正座をした一年坊がお互いの顔を見合わせる。誰が一番とかがない、単純な仲良し不良トリオなんだろう。
「まぁいいじゃねーか亮介、次にやってたらぶっ殺せばさ。行けお前ら、おれが許す。もう草なんて利益薄いもんに手なんか出すなよ、どうせやんなら、ケミカル系にしな。あと、お前らが売った奴に強く口止めしねーと、捕まったらすぐチンコロされて、お前らも悪い先輩の名前出すハメになんぞ。日本の警察なめんなよ、ぜってー吐かされるぞ」
おれがそう言い切るか言い切らない内に、一年坊三人組は「すいませんでした」と言って逃げるように走り去っていった。そんな三人組の背中を見つめながら、亮介がからからと笑ってから言う。
「お前は優しいなぁ、いや、甘いっていうのか?」
「バカいってんじゃねーよ、あいつら捕まったらぜってーおれらの名前出すだろ、そしたらさすがに退学だぞ」
「したら働こうや、学校なんか卒業してもしょうがねぇだろ。どうせおれらの行く先なんてしがない肉体労働者だろ。頑丈さだけが取り柄じゃねぇかよ。頑丈に産んでくれたママに感謝しながら、一緒に汗水流そうぜや」
「馬鹿いうな、学校辞めたらそんな感謝しなきゃなんねぇママンに殺されるわ。今は学歴社会なんだぞ、亮介くん」
おれのその言葉に、亮介は再びからからと笑う。亮介はおれと違って、根っからの悪だ。勉強なんてくそほどになんとも思ってない。
それに、おれは忘れちゃいねぇ。小学生の頃、おれが必死に書いた小説『風五郎の大冒険』をこいつはバカにしてクラスのみんなの前でおれを笑いものにした。
おれは…。おれは――…マジで小説家になりたかった。だけど、みんなに笑われて以来激しいトラウマとなり、夢を諦め――ペンを折り、そのまま拳を握って気が付いたらグレてた。あの時の恨みを、絶対に忘れるつもりなんてない。
「んでお前――兄貴のことは…もう平気なのかよ。平気じゃねーんだろうけど、もう大丈夫なのか?」
亮介がめずらしく口をもごもごとさせながらそう呟いた。兄貴のことをかなりデリケートな問題だと思っているらしい。いや、実際にかなりデリケートな問題だけど。
「まぁ――まだ実感ねーよ。葬式終わって、火葬したけど、まだ実感がねーな。帰ったら普通に夜飯食ってるかもって、今でも思うよ」
「そうか――」
亮介はもうそれ以上何も言わなかった。亮介だって、うちの兄貴を知らないわけではない。ガキの頃は、よく一緒に遊んだ仲だ。通夜では、おれがドンビキするくらいに泣きじゃくっていたし。逆に、お前はもう大丈夫か?って聞きたいくらいだ。
「なんかありゃマジで言ってくれよ。なんでも、おれは力になるからよ――」
亮介がそう照れくさそうに言った。不器用な亮介らしい。だけど、おれは亮介に何かを頼るつもりはない。
亮介には何も言っていない。そもそも兄貴が呪いで死んだなんて言えないし、言ったところでどうにもならない。
だけど何よりも――亮介を巻き込んではいけない気がした。幽霊や呪いなんてもんが、この世界にあるわけはねぇと今でも思っているけど――実際に、兄貴は死んだ。兄貴だけじゃない、兄貴の彼女も――。
もしも巻き込んで亮介まで命を落とすようなことがあれば、さすがにおれの心は持たないだろう。そんな重荷は背負いたくない。
「ああ――」
おれは亮介の言葉に、そう曖昧に返事をした。どんなことになっても、おれは亮介を頼ることはないだろうけど。
それと同時に、ふと思ったことがある。亮介は巻き込んではいけない――それは当たり前のことだろう。だけど、西野はいいのか?誰か相談できる相手を探してもらおうとして、流れで手伝ってもらうことになってしまったけど、それはいいのか。
うーん…。考えてみてもわからない。今更やっぱいいやってわけにもいかないし、本当にやばそうであれば手を引いてもらうしかない。西野ならば、亮介と違って話も通じるだろうから。
それに、西野はプロフェッショナルっぽい。おれが荒事のプロフェッショナルであるように、西野は幽霊のプロ。ならまぁ、兄貴のように死んだりはしないのかな。
どのみち、亮介に話すつもりはない。だって、やべぇ薬をやってるか疑われるだけだろうから。
「そう言えば、ヤマも心配してたぞ」
「ああ、連絡はあったよ」
おれがそう言うと、亮介は露骨にため息をついた。
「お前、その連絡に反応してないだろ、毎日お前が連絡とれねぇって電話あんだよ。別にもうなんてことねーんだから、話くらいはしてやれよ」
「まぁ、な――…」
亮介が言ったヤマと言うのは、山下という女のことで、いわゆるその――おれのモトカノ――そう、元彼女だ。別れてからもう半年は経つけど、別にちょっと別れた後少しの期間だけ気まずくなったくらいで、今はもうなんともない。
だけど、なーんか気まずくて毎日掛かってくる電話には出なかった。なんつーの?絶対にさ、兄貴が死んで、同情系というか、慰め系の電話じゃん、やっぱそれはなんか気まずいもん。
「まぁなじゃねぇよ、ちゃんと連絡してやれよ。あいつずげーお前の心配してたし、あいつだって兄貴のこと知らねぇわけじゃねーんだからよ」
「ああ、わかってるって」
おれはそう言うと煙草を指で弾くように捨てる。それから、地面に落ちてまだ煙が出ている煙草を靴の裏で擦るように消した。
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