原題:泳げないカマキリ 【完結】
竹馬 史
プロローグ 運命の日
さんさんと馬鹿みてぇに輝く太陽の下、おれは久しぶりに自分が通う高校へと足を運んだ。
理由はまぁ──色々あるけど、とりあえず今それは置いといて――まずは自己紹介から始めたいと思う。
おれの名前は市井時鷹、十七歳――花の高校二年生。
トキタカなんて変な名前だけど、親父が時を駆ける鷹のように素早く行動に移す、かっこいい男になって欲しいと言われて名付けたそうだ。
まったくもって意味不明だけど、まぁ、あんまり他と被らないので結構気に入っているはいるのかな。
そして、おれ自身そんなつもりはないけど、おれは――この街では、いわゆる悪童で有名人なんだぜ。(自分で言うのは――ちょっとだけ恥ずかしいけどね!!)
誰だって、話し合いで解決をしたい。だけど、話し合いで解決できないことだってある。
そこで最後にどうしても白黒つけなきゃならんとなれば『これ』。つまりはゲンコツ。暴力で白黒つけるしかないかないだろ?おおっと、否定はさせません。もしもあんたが「そんなことはない、最後は対話、話し合いだ」なーんていうんなら、まずはこの世界の戦争を止めてみろ。まぁできないだろ?結局最後は、個人だろうと、でっけー国だろうと、暴力に頼るってわけ。
おれはそうやって生きてきた。勿論、話し合いで解決するのであれば、それが一番良いぜ。でもまぁ、やっぱガキってのはさ、なっかなか話し合いじゃ解決しねーもんなんだよね。
そんなわけで、色々なことを暴力で解決してたら、気がつけば悪童の仲間入り。この街――港街市の悪童と言えば、おれのことだってことだぁな。
「時鷹氏!時鷹氏ではないですか!」
校門をくぐって、下駄箱に向かう最中にやばいオタク軍団にそう声を掛けられた。奴らは学校指定のバッグなど興味もなく、アニメの美少女がプリントされたバッグを正々堂々と真っ正面から使用するマジでやばい奴らだ。
「おお、長門軍曹か。久しぶりだな」
「本当ですよ、やっと落ち着いたのですか」
「ああ――まぁな。まだ色々、ん――まぁ、大変だけど」
アニメバッグや、アニメTシャツの中でもひときわ更に目立つ、ここ学校だからせめて制服を着ろと先生に言われても絶対に上着はミリタリー。おれはまったく詳しくないし、興味もないけど、本人曰くドイツ軍の軍服を着込んだ通称、長門軍曹。
彼とは同じクラスであり、別に仲が悪いわけでもないし、こんな悪童と呼ばれているおれでも恐れられているわけでもない。
むしろ、おれは彼らをリスペクトしている。見てわかる通り、マジでやべぇ奴らだから。素面でこんなこと(格好を)できるなんて、おれにはできない。おれは、自分のできないことをする奴をリスペクトする。
んでまぁ――長門軍曹やおれだけじゃない、ここ海浜高等学校は、この地区の落ちこぼれ達が一斉に集うやべぇ高校なのだ。
様々な理由で中学をまともに行ってない奴らばかりで、成績がいわゆるオール一でも楽勝で入れるほど敷居が低い。そんなやべぇ高校に率先して入学させたい親なんているはずもなく、むしろ海浜なら行かない方がマシだなんていう親もいるから、いつも定員割れしてるみたいだしね。
ああ、そうそう。よく、漫画とかでありがちなヤンキーばっかりの馬鹿高校などこの世には存在しない。これマジな。
どんなに馬鹿学校でも、不良とオタクの割合は五分五分だ。ああ、言い方が悪いけど、この場合、オタクっていうのは、その道を極めようとして中学に行かなかった奴の総称ね。(それと訂正、真面目でもマジで頭悪くてここしかこれなかった奴も少しはいる)
これでわかってくれたかな?うちの高校は、まぁ――そんなやべぇ奴らの集まりだ。ゲーム、アニメは勿論、鉄道、漫画、自転車、スポーツ、格闘技――。色んな道に精通しすぎてる奴らが多すぎて、情報に困ることはない。
因みに、長門軍曹は格好でわかる通りミリタリーオタクだ。戦争系のFPSゲームとかでもかなり有名らしい。まぁ、オタクっていうとマジでこいつら怒るけどね。おれに対しても。
「とりあえず、学業など後でもよいと思われます。時鷹氏、今は無理をせず、ゆっくりとしていた方がよいのでは?」
長門軍曹がそうおれに気遣うように言ったけど、それに首を振る。ゆっくり――なんてのは、死んでから言葉通り死ぬほどできるし、おれの名前とも合わない。
「なぁ長門軍曹、おれは時を駆ける鷹だぞ?ゆっくりなんかしてられねーし、性分じゃねぇんだよなぁ」
「そうでありましたね、失礼致しました。では、小生は教室に向かうでありますッ」
長門軍曹はそう言うと敬礼をしてから、教室の方向へと向かって行った。おれはそれを笑顔で見送りながら、煙草を吸おうとしたけどやめた。ここは一応学舎だからね。
おれが目指しているのはここじゃない。授業にもろくすっぽ参加せずに、怪しいことをやっている奴らに用があって今日は登校してきたんだ。
長門軍曹も心配してくれていたから、クラスメイトに会う為に教室にちょろっと顔を出そうかなとは思うけど、授業に出るつもりなんてさらさらない。まぁあれだ、おれが来ていると長門軍曹が学級委員長の花ちゃんに話してくれれば、花ちゃんはきっとおれの出席簿に○はしてくれるだろうしな。頼んだぜ、花ちゃん。後では顔出すからよ。
本校舎と呼ばれる、メインの建物から少し離れた場所に、旧校舎と呼ばれるやべぇ建物がある。いつ出来たのか知らねぇけど、かなりぼろっぼろで、学校側も改修しようとか、そういう気持ちもまったくないから、塗装ははげて、ところどころ欠けたコンクリートも、むき出しの鉄筋もそのままだ。
当然、ここで行う授業などない。だから、この旧校舎は主に部活動――というよりも、同好会の奴らが部室として教室だった場所を使用しているってわけだ。
漫画同好会の部室に招待されて入ったことがあるけど、教室いっぱいに本棚が並べられ、そこには漫画がぎっしりと、そして綺麗につまっており、中心はソファーが置かれ、くつろぎながら漫画をじっくりと堪能できるようになっていた。更には、飲み物の販売なども行っている。そう、まさに――漫画喫茶だ。そんな同好会がまかり通ってしまうところも、うちの高校のやべぇところのひとつだろう。
だけど、今回目指しているのはそんなくつろぎスペースではない。おれはまったく知らなかったんだけど、昨日こういうことに詳しそうなクラスメイトの萩原に電話で聞いた所、その界隈ではかなり有名な奴が運営している同好会らしい。まずはそこで相談したらどうかとのことだった。
何故か同好会は知名度が上がるほどに上階を占有できるルールになっているらしく、おれが求めている同好会は、当然の如く最上階だった。
「あッ――ねぇ。あれ、市井先輩じゃない?」
「あ、ホントだ、こんなとこにいるなんてすごーいめずらしいー」
そんな黄色い声が聞こえてきたので振り返ると、二人の女子高生がおれを見ていた。そんな二人に軽く時鷹スマイルを見せてから、長門軍曹よろしく、指二本で敬礼をする。(奴とはちょっと違うけどな)あんまり可愛い二人ではないけれど、まぁサービスってやつだぁな。
「きゃー挨拶されちゃった、どうしよぉ」
「でもやっぱこわーい、犯されるかも。マナ、部室はいろーよー。目が合っただけで妊娠させられちゃうかもしれないよ!」
そう言いながら女子高生達は部室へと入っていく。ちらりとなんの部室なんだろうと標識を見ると、『野草研究会』と書かれていた。なんだそりゃ、山でお花でも摘んでろ、お前らなんか犯すか、マジで。見ただけで妊娠てなんだよ、おれはどんな化け物なんだよマジで。
と──まぁ、少しちゃちゃが入ったけど、なんとか最上階へたどり着く。地味に階段きつい、ちょっと息切れを隠せない――。そんな感じで最上階まで上がって、すぐに目的の同好会を見つけた。最上階の占有を許された同好会が、その同好会しかなかったから。
ひっそりと、だけど威圧的に――その同好会は最上階の突き当たりの教室を占有していた。教室の窓にはすべて黒い厚手のカーテンが完備されており、中を伺うことはできない。
マジでさぁ、こんな同好会許されるのおかしいって。こいつら、授業も出ないでこんな部屋に籠もってなんかいやらしいことしてるかもしれないのに。
ドアの前に立つ。そしてもう一度標識を確認する。
うん、確かに、おれが求めている同好会――『オカルト研究会』の名が刻まれている。ここに間違いはない。
軽く息を吸ってから、ドアの凹みに手を掛けて開こうとした。何から話そうか考えたけど、おれは時鷹。時を駆ける鷹。立ち止まることなど許されない。
「ふッ――」
ぐっと力を入れてスライドをさせ――ようとしたが開かない。内側から鍵を掛けているようで、外からは開かないシステムになっている。
は?マジでこんなん許されると思ってんのか?一応学舎だぞここは。
仕方なくどんどんと拳のいわゆる鉄槌の部分で強くドアを叩いた。びりびりとドアの金属部分が振動する。やっぱり、ぼろい校舎なんだと何故か切なくなった。
――ことり、と中から音がした。視線を感じて窓を見ると、分厚いカーテンが揺れて誰かが引っ込む。は?マジふざけんな。今すぐドアを蹴破ってやりたい衝動に駆られたけど、おれももう大人。ぐっと怒りを抑え込む。
「おおーいだーれがいねぇがー」
オカルト研究会は、きっとかなりやばい奴らの集まりだろう。悪童と呼ばれるおれでも気さくな奴だとわかってくれれば、長門軍曹達のように快い対応をしてくれるはずだと思い、某有名アニメの田舎のじいさん風で攻めてみる。
だけど――反応はない。
ふ――。落ち着け、落ち着くんだ市井時鷹。今日はそう、相談をしに来たんだ。暴力行為を行えば、びびってしまい真面目に取り合ってもらない可能性がある。
「ちょっと、誰かいんしょ?相談があんだよー聞いてくれってマジで」
今度はマジなトーンで攻めてみる。これで反応がなければ、ドアか窓をぶち破ってやろうと思ったけど、ドアの後ろから小さな声が聞こえた。
「あの、今、ちょっと部長がいなくてですねぇ――その、出直して頂けると――」
か細い男の声。ちゃんと飯くってんのか?って聞きたくなったけど、止めた。いきなりそれは失礼だよなって、おれでもわかるから。
「とりあえず開けてよ。マジで相談しに来たんだから。部長って誰?何年?何組の人?名前教えてくれれば今から教室いくからいいよ」
「どうでしょう、今日は――もしかすれば登校していませんかもしれませんし…」
「いいから開けろっての。学校きてねーなら番号教えてよ。つか、お前が電話してくれない?おれマジで結構急いでんだって」
「ですから――」
ドア先のか細い声が、一瞬馬鹿にしたような声のトーンになり、ため息混じりに声を出した。あ、こいつ言ってもわからねぇな、馬鹿なんだな、みたいなやつ。
「開けろこらマジで、話あんだってばよ」
ドアに思い切り膝を入れる。ごどんと大きな音が響く。やっちまった――とは少し思ったけど、おれがこんなに怒りっぽいのはカルシウムが足りないせいだ。毎朝牛乳を飲ませてくれないママンが悪い…ということにしておこう。
「おいおい、マジ出てくるまでここにいっからな。早く開けてくれって」
おれがそう言った瞬間、かたんと鍵が外れる音がして、ゆっくりとドアが開いた。ドアの隙間から出てきたのは、ヒョロガリ眼鏡小僧だった。上目遣いにおれを見ながら、かなり気まずそうな顔をしている。
「あ、あの…どういったご用件で――」
眼鏡少年が何かを言い切る前に、おれは眼鏡少年の胸倉を掴んで廊下へ引っ張り出した。「あわわ」という漫画のような声と共に、眼鏡少年のYシャツのボタンがぶちぶちと爆ぜる。
「眼鏡くん、最初っから開けろっていってんじゃんよ。僕だって手荒な真似はしたくないんだよ」
おれがそう言って眼鏡少年を軽く押すと、眼鏡少年は簡単に尻餅をついた。体重が軽すぎる。
「やめてください」
眼鏡少年にこれから色々と問いただそうとする前に、ドアからすらりとまたも眼鏡(こっちは赤いプラフレーム)をかけた女が出てきた。顔は中の上。体型も中の上。
正直――意外だった。もっともっさいやばい奴が出てくると思ってたのに、見た目はかなり普通――というよりも、眼鏡のせいか知的なイメージもあって、ちょっと可愛い。しかも、こんなやべー同好会に入る奴なんて男だと思ってたのに、女だった。
「私が部長の西野です。手荒なことは――やめてください。お話は聞きますから」
「最初っから出てきてくれれば、こんなことはしなかったのにさ」
おれはそう言いながら、尻餅をつく眼鏡少年をちらりと見た。眼鏡少年は怯えた瞳でおれを見つめている。それを見てから、西野へと視線を戻した。つうかマジか。部長が女か。
「誰だって、悪童――市井時鷹が突然こんな場所に現れればそうなります。ご理解ください。どうぞ、中へ」
西野ははっきりそう言うと、おれを部室の中へと招き入れた。べ、別におれだって好きで悪童だなんて呼ばれるわけじゃないんだからねッ!
部室は、ここほんとオカルト研究会ですか?って思うくらい――普通の部室だった。少し古ぼけた応接セットに、本棚には色々な本が詰まっているけど、魔方陣とか、蝋燭で変なやべぇ儀式の準備中とか、そういうのはなさそうだった。ちょっと意外なような、残念なような不思議な気分。
「どうぞ、アイスコーヒーでいいですか?」
「あ、ええ、はい。ありがとう」
古ぼけた応接セットに、言われるがまま腰を掛ける。革張りだけど、いかんせん古い。所々、皺というか、ヒビが入っている。
つうか、アイスコーヒーなんてどっからでてくるんだと思ったけど、普通に眼鏡少年が冷蔵庫から紙パックのアイスコーヒーを取り出して準備し出した。漫画同好会とい、オカルト研究会といい、部室に冷蔵庫なんてありなのか?ここは学舎だぞ?
「それで――どうしたのですか。少なくとも、市井くんのような方が訪れるような場所ではないと思いますが――」
西野はそう言うとはにかむような笑顔を浮かべた。いや、なんつーか作り笑いっていうか、ひき笑いかもしれない。女の表情を読むのは難しい。
「いやーまぁ、なんつーかさ。おれもちっと自分で、ん――どう説明したらいいかわからねーんだけどさ」
おれはそう言ってから、テーブルの上に小さな手帳をぽんと置いた。西野は「これはなんですか?」という顔をしたが、説明はせずに話を続ける。
「この前さ、兄貴が死んじゃってさ。やっと葬式とか、燃やしたりとか、そういうのが落ち着いたから、今日ひさびさに学校出てきたんだ。それでまぁそれがその…世間一般では、車の事故ってことになってんだけど、おれは…まぁなんつーか――」
そこまで言うと、おれは照れ隠しに笑った。だけど、恥ずかしくてもちゃんと言わないと駄目だ。頑張れ市井時鷹ッ。
「まぁんだその、あれだ。呪い――ってやつのせいじゃねぇかなぁ、なんて思ってるんだよね」
明らかに自分がやべぇこと言っていることはわかっているけど、それが本当の気持ちであり、本当にそう思っている。霊的なもんを完全に信用してるわけじゃないけどね。
「お兄さんが――お亡くなりに。ほ、本当ですか?それで、それが呪いのようなものの仕業だと?」
「マジだって。呪いってか、いわゆるなんつーの、映画とかよくあるみてーに、憑かれるっていうの?やべぇ場所に行って、そこでやっちまった――みたいな」
恥ずかしそうに笑顔を浮かべるおれと違い、西野は真剣な顔をしておれを見つめていた。眼鏡少年がかたかたと震えながらアイスコーヒーを持ってきても、お礼も言わないくらい真剣におれの話を聞き、次の言葉を待っていた。
「いや、馬鹿みてーな話だっていうのは、おれもわかってるよ。でも、やっぱなぁ…死ぬ前の兄貴と、兄貴の彼女を直接見て、話をしたおれからすると、本当に不可解なことばっかりでさ」
「――と、いいますと」
「ほら、あそこの板垣山の道を車でさ、ガードレールノンブレーキでぶち破って、そのまま落下して即死。彼女と一緒にね。警察は飲酒を疑ってたけど、兄貴は酒なんか一滴も飲めないし、やっぱかなりおかしかったんだよ。兄貴自身がさ。彼女もだけど」
「そうですか」
西野はそう言ってアイスコーヒーに軽く口を付けた。やはり、真剣な表情で。
「んでまぁ、どうしたもんかなって思ってさ。相談しに来た――って感じかな」
「どうしたもんかな――とは?市井くんは、どうしたいのですか?」
「うーん…」
おれはそこで考え込んだ。あれ、どうしたい?どうしたいんだ、おれ。
「まぁなんつーか、本当に呪いなんてもんだったとしても、相手もう死んでるから幽霊なんだろうし、仇うちてーとか、そんなんじゃねーんだよね。なんつーか、兄貴の無念を晴らしたいっていうか。本当はどうして死んだのか、それが知りたいんだよね」
「それで、相談にきた――ということですか」
「そう。あとはまぁ――なんつーかさ、実感がなくて。おれ、兄貴と仲良かったし、もういねーんだなっていう事実がまだ理解できてないのかな。だから、おれ軽いっしょ?ホントに兄貴死んだの?って感じでしょ?」
「ええ、それは正直にそう思います。でも、そういう方は多いです。近しい人間が亡くなった時、事実としばらく認められない方は」
「おれもそうなんか?いや、多分そうなんでしょ。だから、まだ一回も泣いてもねーもん。そうだ、兄貴の墓の前でよ、本当のこと、おれ知ってるって言って、初めて泣きたいのかもな」
その言葉を口にして、おれは確信した。そうだ、何をしたいのか。
おれは――泣きたかったのだと思う。兄貴が死んだ。確かに死んだ。だが、まだ実感が本当にない。
「んでさ、こういう時ってどうすりゃいいの?おれ金ねーし、霊能者とか格安で紹介してくれたりできないかな?」
おれがそういうと、西野は軽く頷き、柔らかい笑顔を見せた。
「私でよければ――」
「部長ッ!」
西野が何かを言おうとした時、それを眼鏡少年が止めた。微妙な空気が流れたが、軽い沈黙の後、再び西野が口を開く。
「そこらの霊能者では、相手にしてくれない可能性があります。それに――霊能者を語る偽物である可能性も。ですので、まずは私が――」
「部長ッ!」
再び西野の言葉を眼鏡少年が止める。ははーん、さすがのおれもわかったぞ。西野は、おれに協力してくれるつもりだが、それをこの眼鏡少年が止めているのだろう。
「貴方は黙ってて。それと少し離れてて」
おれが何かを言おうとする前に、西野は厳しい口調でそう眼鏡少年を黙らせた。眼鏡少年はその厳しい言葉に、「ぐぐぐ」と唸って二歩――いや六歩以上下がる。ざまぁ。
「市井くん、私でよければ協力致しますよ。私で駄目なのであれば、他を考えてみるということでどうでしょう?」
西野はそう言うと、ソファーからぐっと身を乗り出した。昔、ママンが言っていた言葉を思い出す。物事がうまくいっている時は、注意しないさいと。こんなとんとん拍子に話が進んで、ちょっと臆病になる。
「い、いや。そ、そりゃ助かるけど、お礼とかおれほとんど何もできねーよ?金もねーし、それでもいいの?」
まずはおれ金ないよアピール。だけど、西野は身を乗り出したまま答えた。
「お金は要りません。ただし、宣伝はさせてください。解決した時は、この街きっての悪童――市井時鷹に協力をしたと。二人で写真を撮らせてもらって、それを大々的に宣伝させてください」
「え、ああ――全然いいけど」
「では、商談成立です。番号を交換しましょう」
意外なお礼の形にきょとんとしてしまったおれが、ポケットからケータイを出すと、西野は手際よくおれのケータイを取り、自分のケータイの番号を入れて、ワンコールした。
「これで、よし――と。リダイヤルに残っているのが、私の番号です。必ず登録しておいてくださいね。それで、市井くん、この手帳は?」
西野がそう言ってテーブルの上に置いた手帳を見た。
「ああ、それは――兄貴が、記録してた今回の出来事。今見てもいいけど、預けとくから家でゆっくり見てもいいよ」
「そうなんですか――」
西野は手帳を手に取ると、ぱらぱらとページをめくった。
「簡単に話すと、あそこのさ、国道沿いのラブホ知らないかな。ラバーベイサイドとかいうふざけた名前のラブホ」
「まぁ、名前だけは知ってますけど…。そこが?」
「あそこのさ、四○九号室で兄貴達は何かに呪われて、色々病んで、さっきも言ったけど、最後はガードレールに突っ込んで二人とも死んだ」
さらっと概要だけを話したつもだったが、あまりにも乾いた物言いに西野はさすがに苦笑いというか、なんというか微妙な表情をした。
「わ、わかりました。では、ちょっと私もこれを見て調べておきますね。そろそろ単位が足りない授業が始まるので、私は行きます。またこちらから連絡をしますよ」
「ういす、わかった。宜しくたのんます」
おれはそう言ってからゆっくりと立ち上がると、オカルト研究会の部室を出るときに軽く西野に会釈をしてから出て行った。西野は、相変わらず微妙な表情をしていた。
オカルト研究会の部室を出ると、蝉の鳴き声が聞こえた。ああ、やっぱり暑い。汗ばむTシャツをばたばたとさせると、煙草を吸いたい気持ちを我慢しながら、階段をだらだらと降りた。
「はーーなーーちゃんッ」
オカルト研究会の部室から自分のクラスの教室へ戻ると、普通に授業中だった。ちょっと体育館裏で一服したのが長すぎたのかもしれない。
「市井、お前来てたのか」
数学の教師である――名前なんだっけ?まぁ、几帳面顔センセーがおれにそう声を掛けたけど、それを無視して学級委員長の花ちゃんの席へ向かう。長門軍曹はおれを見て小さく頷いてにんまりと笑っていた。その意図はさっぱりわからない、なんの笑顔なんだそれ。ちょっと怖いよ。
「い、市井くん。授業中ですよ」
「へへへ――はーーなーーちゃんッ」
学級委員長の花ちゃんは、どこをどう間違えたのか今時おさげの黒髪だ。顔を真っ赤にしながらおれの優しい視線から逃れる花ちゃん。そんな照れ屋の花ちゃんの机に肘を乗せると、花ちゃんを前からじっと見つめたままかがみ込み、今度は机の上に顎を乗せる。
「はーーなーーちゃんッ」
「なな、なんですか市井くん。今は授業中です、用があるのなら、後でに――」
「花ちゃん、今日のおれの出席簿、全部○にしてくれるよね?」
「そ、そんなこと――」
「市井、お前いい加減に――ッ」
几帳面センセーがおれの肩を掴む。その瞬間おれは立ち上がり、几帳面センセーを睨み付けるというよりも、じっと見つめた。
「ちっと黙っててよ、すぐ出てくからさ。おれ今、花ちゃんと話してんだよ、授業は勝手に進めてよ、邪魔はしねぇからさ。でもあんたが邪魔をするなら、あんたがこの前買った新車、いたずらしちゃうよ?おれは、やるったらやるし、やらせたりもしちゃうよん?」
至極冷静にそう言ったおれに、几帳面センセーは眼鏡少年と同じように「ぐぐぐ」と唸ってから黙り、三秒後、何事もなかったかのように数学の授業は再開された。
再開された数学の授業に軽く頷き、授業を聞く一部の生徒を見ながら、これこそが正しい学舎の姿だともう一度深く頷く。海浜はテストの点なんか関係なく、学校に来た来ないで進級できるやべぇとこなのに、真面目に授業を受ける。うん、素晴らしい。青春とは無駄の積み重ねだよな。
「なー花子いいだろー?」
「だ、駄目ですよ。もう、何回その手を使っていると思っているんですか。いい加減ばれてますし、もう私ではどうにも――あッ」
ぐだぐだ言う花ちゃんの手を優しく握る。花ちゃんの顔は更に真っ赤になった。
「なぁ花、あん時、助けてやっただろ?お礼はお前の身体だって言ったのに、お前が嫌だっていうから、おれは出席簿で我慢してるんだぞ?おれだって獣じゃない、本当は身体で返して欲しいけど、我慢してるんだよ」
「そ、それは――」
そう。過去におれは花ちゃんを変態野郎から助けた。花ちゃんは、男性に対して免疫がなく、いつも男に対してオドオドウジウジのこんな感じだから、こういう物言わぬ子――例えば電車で痴漢をされても泣き寝入りをするような子だから、それを見抜いた奴に好かれるというか、まとわりつかれるのだ。
更に花ちゃんの男性好かれポンイトは、いわゆるドジっ子であり、いや、つうかマジで馬鹿であり、すっごい真面目で勉強もするんだけど――天下一の馬鹿学校!海浜高校しかこれませんでした!みたいな不遇な女の子なのだ。しかも家は結構遠いらしく、電車で一時間以上揺られて通っているらしい。
因みに、花ちゃんは内申点はいいから海浜なら余裕で入れたはずなんだけど、マークシート式の入学試験で、問題と答えの塗りつぶしの位置をすべて間違えるという筋金入りだ。まぁそれでも――余裕でここは入れるけどね。
「おれさ、花ちゃんのせいでさ、停学になったんだよぉ?あの変態野郎殴ったせいでさぁ」
「そ、それは感謝しています。けれど――物事には限界ってものが――それに、もう約束の一週間はとっくに過ぎてます――」
花ちゃんは、二年に上がったばかりの時、自身が所属する吹奏楽部の顧問の変態野郎に、セクハラを受けていた。いや――セクハラっていうか、もうそういうの超えているくらいの。
飯に誘われるところから始まり、それを断れば今度は居残り練習からのお触り。文句を言えないまま、顔を赤くして立ち尽くす花ちゃん。それが嫌がっていない、いいんだよね?ねぇいいんだよね?というサインと勘違いした変態野郎は、花ちゃんのスカートの中に手を入れた――。
さすがにそれをされて泣き出した花ちゃんは、楽器を置いて部室を飛び出て走る。そして角を曲がってぶつかったのが、おれだった――というわけだ。
泣く花ちゃんに事情を聞いていると、変態野郎が追ってきて、花ちゃんを連れ戻そうとした。あの花ちゃんが本気で泣き、本気で嫌がっていたし、様子がマジで変だったのでしょうがなく変態野郎を殴ったら、おれは無期停学になった。
だけどその一週間後。花ちゃんはおれがこのままでは退学になると思い、決意してすべてを告白。おれの罪は晴れて学校へ戻り、変態教師はクビになったのだ。
そして、普通はそんな事情があったんだから、停学してた分の日数はチャラになると思いきや――ならないッ!それが天下の海浜高等学校ッ!殴ったのはやはり罪であると一週間分はそのまま停学ッ!
まぁそれに罪を感じた花ちゃんが、市井くんがお休みした授業を、一週間分は私がなんとか出席簿に○をして、出席したことにしますと言い出したのが――この関係の始まりなんだぜ。
「頼むぜ、花。おれにはやることができちまってな」
おれがそう言うと、花ちゃんは机の上のノートを指でとんとんと叩いた。そこを見ると、綺麗な字で「わかりました、今回だけ」と書かれている。うむ、可愛い奴だ。馬鹿だけど字が綺麗とかポイント高いぜ。
ありがとう――。おれはそう花ちゃんに口だけで言うと、花ちゃんはそれに真っ赤な顔で頷いた。それを見ておれも笑顔で頷くと、授業の邪魔をしない為にすぐに教室を出る。
しんとした廊下に出ると、やはり先程と変わらず、狂ったように蝉が鳴いていた。おれが小学生だったら、エアーガンで撃ち殺すレベル。
さて――。
思えば、今日この日、おれの運命は決まっていたのだろう。
悔いはない。おれは自分が正しいと思う道を進み、この日に至り、そして行動をした。
だけど、思う。もっと、最良の未来が――道が、あったのかもしれないなんてことを。
これは、そんなおれの後悔の物語。
変えようがなかったのか、変えることができたのか、どうか――最後までおれの話を聞いて、判断して欲しい。
大切なことだから、もう一回言うよ?
学もねぇ、なんにもねぇおれの話を、あんたが最後まで聞いてくれることを――おれは心からお願いする。
なぁに、そんな長い話じゃない。どうか暇つぶしだと思って、最後まで聞いてくれないか?
だけど、最初に言っておく。これはおれの後悔の物語と同時に、誰も幸せになることがない物語だ。
ハーピーエンドを求めているなら――こんな話を読まないで、他の暇つぶしをすることを、あんたには勧めるぜ。
そう、メインの登場人物は誰一人――幸せになることは、ないんだ。
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