約束

「お兄さん、本当にうちの言う事何でも聞いてくれるん?」

「はい」


 夜空は下唇を噛む。行きずりで行動を共にしている風仁の上司だと名乗る男が現れた。容貌はべらぼうに整っており、今は従順で胡散臭く見える程の善人面でも突然本性を曝け出してくるかもしれない。風仁曰く、子供を喪ってカリカリしてる母熊と同レベルの危険生物らしい。

 文無しで、戦闘能力も低く、特別賢いわけでも美人でもない女に執着する理由も意味も解らない。飼い殺して専用サンドバッグか、風呂(意味深)で働かせるつもりか。しかし現時点の夜空には他に頼れる相手は思いつかなかった。


「……月光君、利き手はどっちゃ?」

「どっちもいけますよ」

「じゃ左手出して」


 大きな手に相応しい太くて固い指に、鞄に入っていた玩具の指輪を嵌める。何とか小指の第一間接は通り抜けた。


「うちをゾンビにせぇへん、餌にもさせへん、おとろし事も痛い事もやれへん、約束やで」

「はい!」


 突然世界中にゾンビが大量発生した事より、自分の名前に寄せるためにわざわざ改名した男の方が謎だ。

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