■05: 対抗訓練(5)

 ロズメリーとラルスは平原で踊るように戦い続けていた。


 後頚部から「第三の腕」を展開するロズメリー。なめらかで赤黒い腕。ロズメリーの神器〈篤き憶いの焦がれ〉は彼女の血肉と同化している一体型。完全に切り離されなければ、流れ出る血液も手足のように扱える。


 対するラルス、ガンブレード型神器〈裁定の赫星〉の射撃も併せて、攻める。



 第三の腕は機動と防御の補助。出力制限状態という但し書き付きだがラルスのガンブレードの射撃にも耐える。

 ロズメリー、装弾数の四発を撃ち切る。第三の腕でショットシェルを込めながら、拳銃を撃って牽制。

 互いの攻撃は防がれるか躱されるかで、切り結ぶ暇さえもない。

 膠着。決め手に欠ける。

 ラルスの異能は「直感」。欲しい結果に至る条件や道筋を直感的に理解する。いわば未来予知のような能力。その異能を以ってしても、膠着止まり。躱すか防ぐかで精一杯だった。



 ラルスが地面へ向け、ガンブレードの射撃。非実体の散弾が地面を耕す。

 土煙が巻き上がる。俄かにロズメリーの視界が遮られる。

 反射的に煙へ向かって発砲するロズメリー。中にはラルスが潜んでいる。

 突っ込むラルス。被弾も構わない。訓練用の樹脂散弾は、そう簡単に致命傷にはならない。距離や当たり所によっては骨が折れるかもしれないが、頭さえ守っていれば、ダメージは許容範囲に収まる。模擬戦闘だと割り切った突撃。

 勢いのまま、ロズメリーへ肉薄する。

 姿勢を低め、斬り上げる。

 その一太刀は散弾銃の銃身を擦り、ロズメリーの胸先を掠めた。

 とっさに銃を手放すロズメリー。次の瞬間、返す刃が降ってくる。捨てた散弾銃が両断され、胸に赤い線が走った。ブラウスに赤が染みる。

 跳び退りながらロズメリー、神器を布状に変形させ閃かせる。

 紙一重で避けるラルス。髪の毛の先が切れる。


 両者の距離が再び開き、仕切り直し。


 切断された散弾銃を顎で示すロズメリー。「銃壊れちゃったから、わたしの負けでもいいんだけど。あなたはそれじゃ納得してはくれないよね」


「ああ」


「うん。それにね、わたしもちょっと楽しくなってきちゃったから……」微笑みかける。


 風が吹き抜けた。

 ラルスが横に跳んだ。その瞬間、地面に三本の線が入った。巨人が刃物を振るったかのような跡。


「ははッ、ギリギリ躱す未来しか掴めないとは……」思わず笑いが零れる。


 ロズメリーの背には、ヒレのように三本の赤黒い帯が揺らめいている。両手も赤黒い膜に覆われ、指先は鋭く尖っている。


「面妖な――」けれど美しいかもしれないな、と呟いた。



――

 なおも決め手に欠ける、拮抗状態。戦いが長引き、両者の動きが鈍ってきている。もし、観戦者がいたら、わざと決着をつけないようにしているかに見えただろう。

 二人とも、この戦いに奇妙な心地よさを覚えつつあった。それこそ、ダンスをしているような感覚。


「ぁあっ、これっ、楽しいっ。あなたもそうよね――」


「ああ、そうか――この高揚感は――」否定しきれない。


 しかし、いつまでも戦っているわけにはいかない。


 空中へと高く跳び上がり、急降下するように跳び蹴りを繰り出すロズメリー。

 迫り来るロズメリーへ、ラルスは切先を向ける。ガンブレードの引き金を引く。非実体の散弾が撃ち出される。

 回避は間に合わない。ヒレを重ねて銃撃を防ぐ。ヒレの層は砕け散り、ロズメリーも衝撃で弾き飛ばされた。破片が血の霧となって、陽光に溶ける。


 地面を転がりながら、姿勢を立て直し、獣のように疾走するロズメリー。ラルスへ向かって一直線。実はロズメリーは体力の限界が近かった。ここで決めるしかない、そう思っていた。

 ラルスは剣を振り上げる。



 そのとき、戦場にピピピッと音が鳴り、遅れてサイレンが響いた。タイムアウト、終了を知らせるアラームとチャイム。

 ぴたり、と動きを止めるロズメリーとラルス。

 ロズメリーの拳はラルスの腹に触れ、ジャケットを巻き込んでいる。打撃が打ち込まれる寸前。

 ラルスの刃はロズメリーの「腕」に掴まれ、振り降ろす直前で止められている。


「俺の負けだ」


 ラルスはガンブレード型神器のトリガーにかけていた指を離した。





   ◆


 「聖女」別チーム。

 チームは森林エリアを進んでいたところ、ルクシュテルンのチームと鉢合わせた。ルクシュテルン側には赤い腕章の人物がいる、いわゆる「フラッグ持ち」で攻略対象だった。



 メンバーは、


 アンリース――五一年度組。青緑の長髪に、赤色の目。ぴっちりしたシャツに、着崩したジャケット。波打った刃の剣型の神器。腿にナイフシース。


 エーディト――五一年度組。束ねた栗色の髪、緑色の目。ショートパンツにタイツ、黒いブラウスにリボンタイ、制服の白いケープ、ロングブーツ。戦鎚型神器。


 ティナ――五一年度組。薄桃色の髪、右目に眼帯、セーラー服、ベレー帽、デザートブーツ。ライフル型神器、右手利きの左構え。


 ルイーゼ――五二年度組。金髪、青目。常服と戦闘服を兼ねた白色の制服、黒の手袋。槍型神器。


 エルネスタ――五二年度組。黒い髪に、紫の目。常服と戦闘服を兼ねた白色の制服。杖型神器。



 このうち、エーディトとティナはアンリースの同期の「聖女」だったが、集合時の自己紹介までアンリースは彼女たちのことを思い出せずにいた。顔に見覚えはあるし、名前も聞いたことがあるが、興味がないために記憶から抜け落ちていた。

 アンリースは、敬愛するウルリカと、ウルリカの同期で同室のリルくらいにしか、他人に対して意識を割いていない。他の「聖女」への仲間意識こそあるが、せいぜい敵ではないくらいの認識。



 両チームとも攻める、守る以上の戦略を持たず、実力も拮抗していた。加えて、森林地帯での戦闘に慣れていない。会敵後、間もなく事態は膠着した。


 防御を固めるルクシュテルンの旗持ちチーム。

 対し、その守りを崩そうと試みる「聖女」チーム。


 ルクシュテルン側が防衛向きの神器持ちで固めていることもあり、突破は難しい状況。「聖女」たち攻撃側が出し惜しみしなければ、防御を破壊することは可能といえば可能だが、そうなると両チームの無事は保証できなくなる。

 この戦いは模擬戦であって、殺し合いではない。構造的に、防御に徹したほうが有利になる。それに、お互いこんなところで死ぬのは避けたいと考えている。


 よく言えば拮抗、悪く言えばグダグダな状況になっていることにアンリースは苛立ちを覚えていた。こんな茶番にはこれ以上付き合っていられないと思っていた。



「えっと――」


「エーディト」


「そう、エーディト、さん。何か作戦はあるの? ないのであれば、わたしが後ろに回って掻き乱すわ」


「わかった、任せるわ」


 アンリースは頷き、後方へ下がった。その姿はすぐに木陰に消えた。



――、

「このまま持ちこた――」赤い腕章を着けた少女が言う。何か違和感。「え? ――身体が動か、ない」


 気配を感じ、かろうじて動かせる首と眼球で、後ろを見やる。

 いつの間にか、アンリースが少女の背後に立っていた。

 少女の影に、波打った剣身が突き刺さっている。


 アンリースの神器〈揺月〉――影を斬りつけることで対象の動きを止める。影を渡る機能も併せ、奇襲・制圧に適している。

 対ケモノでは、この神器の機能が役に立つ場面はあまりない。しかし、対人となれば、使いどころはいくらでもある。



 アンリースが、少女の首にナイフの背を押し当てる。


「降参しなさい。でないと――」アンリースが告げる。


「やれるもんなら、やってみなさいよ」声を震わせながらも、気丈に言う。


「あ、そう」目を伏せるアンリース。


 動けない少女の右手を取り、本人の顔の前に挙げる。そして、その手首に刃を滑らせた。

 少女の絶叫が響く。


 戦線が一瞬にして凍りついた。敵味方全員が、叫び声の主のほうを見た。

 切られた手首から血が流れる。臙脂色のジャケット、その袖口の色が濃くなっていく。致命傷には遠く及ばないが、場に衝撃を与えるには十分な傷と出血だった。


「何しやがるッ!」ルクシュテルンの男子が吼える。


「アンリースさん、何を――」エーディトが呼ぶ。


 アンリースは微笑み、血を流す少女の手を振らせた。赤い飛沫が飛ぶ。


「さあ、降参しなさい」呼びかける。


「わかった、降参する、降参するから。彼女を放してくれ」


 アンリースは申し出に首を振り、ナイフの切先で少女の腿を啄んだ。歯を食いしばり、顔を歪める少女。


「わたしは、この子に言ってるの。リーダーはこの子よね?」


「おい! やめろ!」


 刃が食い込んでいく。


「痛い、やめ、もうやめて……降参、するから。もうやめて、お願い……」



 アンリースは少女から手を離し、影に刺した剣を引き抜いた。少女は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 仲間が駆け寄り、傷の手当てをする。


 敵チームだけでなく、アンリースのチームメイトたちも、アンリースの行動に動揺や不快感、憤りを抱いた。距離を保ったまま、遠巻きにアンリースを見るしかできなかった。勝利した、という喜びや達成感など微塵も感じられなかった。


 冷たい視線に気付いたアンリースが、


「ああ、泣きたいのはこっち。他所の人とはいえ、同じ神器兵の仲間を傷つけるなんて酷いことしなくちゃいけなかったんだから」口角を上げた。


 悪びれる様子がない、というよりも、もっと歪な感情がアンリースの目の奥で光っていた。

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