■20/21: 聖女の行進2(F)

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エピソード「聖女の行進」の断片・プロット

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1053年12月


陣地で防衛しているアデーレとハイデマリー。


負傷し助けを求める聖女がふらふらと現れる。

味方の「師団」隊員がその聖女を助けるため飛び出そうとするが、アデーレは彼らを制止する。

アデーレはボロボロの聖女へ止まるよう呼びかける。しかし、その聖女は「助けて」と繰り返すだけで、動きを止めない。アデーレは拳銃を抜き、聖女を撃った。一発中るまでに五発撃った。手の震えと動悸、吐き気を抑えながら。

撃たれた聖女は、その場に倒れ、激しく痙攣すると、弾けた。その体内からケモノが現れる。顔面に大きな口以外の器官の存在しない歪な人型。先日、都市内に発生したケモノと同種のもの。

ケモノは数歩歩む間に陣地からの射撃で倒される。俄かに、湧く現場。しかし、すぐに現実に引き戻される。通りの奥から、同種のケモノが何十体と姿を現す。

そのケモノの一団に、異物が混じっている。

クラゲのような傘を被った人物。

継ぎ接ぎされたワンピース様の服を身に纏い、分厚い革張りの本を抱えている。リルによって報告された「司書」と呼ばれている人型ケモノ。

アデーレは似た存在と先日交戦している。それの「オリジナル」だと察する。



斉射の姿勢をとる陣地の「師団」隊員たち。

アデーレは彼らを制し、後退するよう指示。


「待って。ここはわたしたちがなんとかする。戦線を後退して、他の部隊と合流して」


師団の現場指揮官は従う。彼も「司書」の姿を見た。そして、これからこの場所で激しい怪物同士の戦いが起こることが予想できた。


「了解した。どうかご武運を」

後退する部隊を背に、

「……ご武運を、ですって」ハイデマリーが零した。



――

動力付き丸鋸斧の回転する刃――ハイデマリーの神器〈悲嘆に渇いた漣歌〉――が異形の肉体をかき混ぜる。エンジン音が声なき彼らの叫びを代わりに響かせる。

そこへ襲いかかる「司書」の眷属。背景の色と同化、加えて死角から迫る。ハイデマリーは迎撃のため丸鋸斧を死体から引き抜こうとするが、死骸はすでに別の個体に生まれ変わっていた。丸鋸斧に触手が絡みつき、その端から切り刻まれていく。しかし、そのわずかな隙で、丸鋸斧で次の刺客を迎撃することは難しくなった。

「チッ」舌打ち。空いた一方の拳で対抗しようと、手に力を込める。

ハイデマリーの眼前で、迫るケモノが横へ飛ばされた。その躰には指先程の穴が開き、一拍置いて霧散した。


アデーレは「司書」と別のケモノの対処をしている。ハイデマリーを助ける余裕はなかった。味方のいずれかによる狙撃。ハイデマリーは知らないが、ティナの射撃だった。


続けて二発目の弾丸。アデーレの盾に噛みつくケモノを穿つ。

さらに三発目の弾丸。今度は「司書」を狙った射撃。

「司書」は瞬時に死体を集め、盾にした。ティナの神器から放たれる距離が離れるほど威力の増す魔法の弾丸を死体の壁で防ぐ。

それでもかざした手に弾頭が突き刺さった。「司書」の腕が捻じれ、血しぶきが飛ぶ。しかし、捻じれた腕は数秒で再生し、傷口から血とともに弾頭が排出される。


「こそこそ、狙うなんて。陰湿な人もいたものね」

弾丸の飛来した方向を指差す。

「ばーん」指差した方角のビルが一つ崩れ落ちた。「なんちゃって、ね」



よそ見をするなと、ハイデマリーが斬りかかる。跳んで躱す「司書」。着地点へアデーレの砲付き盾型神器の砲撃。爆発の粉塵を裂き、アデーレが盾で殴りかかる。

肉を潰す感触。手応えがあったが、叩き潰された肉塊は「司書」ではなく、「司書」の眷属にされた聖女だった。

偽物。


「残念はずれ」

本物の「司書」がアデーレの背後に立つ。

「先輩!」


ハイデマリーが叫び、「司書」へ向かう。

しかし、ハイデマリーは、横から巨大な肉塊に突進され、ビルに叩きつけられた。壁を突き破り、肉塊は炸裂するように触手を解き放った。触手の束がハイデマリーを捕える。白色の戦闘服の裾から入り込み、装束を裂き、肌を汚していく。

ハイデマリーの悲痛な叫びが響くが、やがて肉と触手の群れに覆われた。


「ハイデマリーッ!!」

「そっちの子はうちの子と遊んでいてもらうわ」

「くそが――」


背後に現れ、笑う「司書」へ盾を薙ぐ。

跳び退り、再びアデーレへと迫る「司書」。

盾で薙ぐが、やはり躱され、一瞬でアデーレの背後に「司書」は回り込んだ。

「司書」がアデーレの左前腕に触れる。

アデーレの腕に、ちくりと、痛みが走る。払い除け、跳び退りながら砲付き盾型神器で砲撃する。

砲撃は触手の壁で防がれる。


「怖いなぁ。でも、あなたの負け。直にわたしの毒があなたの身体を作り替える。本当は、お互いもっと楽しみながら落としたかったんだけどね。同意なしは趣味じゃないんだ。身も心も『聖女』のまま、わたしに屈服してから、わたしたちになってくれなきゃ」勝ち誇った顔の「司書」。


「司書」が触れたアデーレの左前腕。指はアデーレの意思とは関係なしに痙攣し、ジャケットの袖の下では肉が蠢いている。

アデーレは盾を地面に突き立て、腰に差したマチェットを抜く。そのまま、流れるように躊躇いなく、変異しはじめた腕を肘関節からマチェットで叩き切った。落ちた腕はビチビチと蠢いている。アデーレは、それを踏み潰した。

腕を斬り落としたアデーレを見て、「司書」は面白くなさそうな顔をする。


「……いかれてる。そのまま受け入れていれば、あなたの望みは叶ったかもしれないのに」

「そこは『かもしれない』じゃなくて、『絶対叶う』って言って騙してほしいよね」パラコードで左上腕を縛り、鎮痛剤を注射する。「……でもさ、おかげでちょっとは叶ったんだなあ、これが。――最ッ高だね。ウルリカとお揃いだァ」笑う。

「異常者。とんだ蛮族ね。あなたはさっさと潰して、もう一人の子を貰うわ。生きていればだけど」

「誰が死んだって?」


肉塊が弾け、ハイデマリーが姿を現す。粘液と血に塗れている。白かった戦闘服も赤黒く染まり、ボロボロでほとんど裸。

「ハイデマリーさん、大丈夫?」

「ええ、肋骨が何本か折れて内臓も持ってかれてるみたいですが、センパイに比べればかすり傷と同じです」

口と鼻からは血を流し、右目は明後日のほうを見て、指も何本か捻じれている。腹と股からはいまもなお血が流れ出ている。ハイデマリーは、四肢のいずれかも喪失していないだけ軽傷だ、と言い張っている。


「コイツはここで仕留める」頷く二人。

「死にかけが二人、わたしに敵うとでも?」

「そうやって余裕ぶってるところはウルリカに似てるから、ちょっとは好印象だけど……。だからこそ、許せないわけ」


アデーレの軽口に、横から少し冷めた視線のハイデマリー。小さく溜息を零す。


続けるアデーレ。「そんなことはさておき……お前の出した被害とこれから出すだろう被害を考えれば、1対1、2対1のやりとりになろうが、いまここで潰しておくべきなんだ」


マチェットを構えるアデーレ。ハイデマリーも動力付き丸鋸斧を再始動する。



――

ハイデマリーが先陣を切り、「司書」へと肉薄する。丸鋸斧で斬りかかるフェイントをかけ、蹴り飛ばす。一瞬体勢を崩す「司書」にアデーレがマチェットを振り抜く。「司書」のクラゲ傘から垂れさがる触手が斬り落とされる。

跳び退りながら、触手の束を飛ばす「司書」。


ハイデマリーが丸鋸斧で触手の束を叩き落す。瓦礫と肉塊が舞う。

触手の二波目。アデーレはマチェットで迎撃するも手数と火力が足りず、跳ね飛ばされ、置いておいた砲付き盾を再び手にし、防ぐ。

助太刀しようにもハイデマリーのもとにも細い触手の槍が飛来し続けている。切り払っても、次から次へと飛んでくる。防いだり、躱しきれずに、ハイデマリーの身体に傷が増えていく。

アデーレのもとに爆発する肉塊が殺到し、爆発する。


「司書」の攻撃がハイデマリーに集中する。

雨のように触手や肉塊の弾丸が降り注ぐ。

ハイデマリーは意を決し、突っ込むことにした。自分の残り時間が少ないことはいやでもわかっていた。どうせ死ぬ自分が突っ込んで道を拓かなければ。

ハイデマリーは息を止め、地面を蹴った。その瞬間、ハイデマリーの視界からは色が消え、聴覚も失われた。

ハイデマリーの固有異能は息を止めている間、運動能力を爆発的に引き上げ、損傷を即時回復する。能力発動中はいくつかの感覚に制限がかかるし、即時回復するのはスキル発動時に受けた外傷のみ。

「司書」の攻撃を見切り、突撃する。致命打になりうる攻撃や丸鋸斧を握る腕に中りそうな攻撃はすべて躱すか、打ち払う。それ以外の攻撃は無理には躱さず、進むことを優先する。


「司書」は触手を剣状に束ね、ハイデマリーの一撃を受けた。回転する刃が触手剣を噛み、甲高い音を鳴らす。

そのまま強引に捩じ伏せようと体重をかけるハイデマリー。腹を触手の槍が貫き、腕には触手が巻き付き、折ろうとしてくる。それらにかまわず、丸鋸斧を押し込む。呼吸を止めておくのもそろそろ限界だった。

そこへ目を赤く光らせたアデーレが現れる。「司書」が反応する間も与えず、司書の触手剣を握る腕をマチェットで斬りつけた。

腕を斬り落とされたことでハイデマリーと「司書」との間の力の均衡が崩れ、ハイデマリーが優勢になる。その一瞬でハイデマリーは丸鋸斧を全身全霊を込めて振り降ろした。

「司書」は触手剣ごと丸鋸斧に潰された。断末魔はエンジン音に引き裂かれた。


アデーレとハイデマリーは達成感と、押し寄せる強烈な虚脱感や疲労でその場から動けない。二人は荒い呼吸を時間をかけて整えていく。


「よくやった」


アデーレがハイデマリーを労う。

しかし、ハイデマリーはきょとんとアデーレの顔を見ているだけ。固有異能の反動でぼやけた視界以外の五感が麻痺している。今度は親指を立てて見せるアデーレ。ハイデマリーは同じように親指を立てて答えると、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。





「学校」地下――聖域。

聖樹の前に佇む黒衣の少女「残響」。


そこに姿を現すフランツィシュカ。幽霊のようにスゥッと虚空から現れる。

ボロボロの外套を纏うった白髪の少女、包帯のような布で包まれた細身の剣を持っている。その顔の左側には黒い結晶が浮き出ている。



フランツィシュカは「残響」に問いかける。


「あのあと、考えた。お前は一体誰なんだ? “わたしたち”なんて人間はどこにもいやしないだろう? お前の存在は、わたしたちみたいな継ぎ接ぎの人形よりもよっぽど、混ざりものなんじゃないかってな」

「その考えは間違ってはいないわ。わたしたちは『残響』。その大樹と同じようなものの一つよ」


聖樹に手をかざす「残響」。

花園が枯れ落ち、砂と化した。

空間の中央に位置する一本の大樹「聖樹」、その根元に黒い箱状の物体が埋もれている。枯れた花園の底にも、薄っすらと箱状の物体がのぞいている。


「何をした」

「これがこの場所の本当の姿――」


語る「残響」。

「……わたしたちは方舟の本船に乗り損なった記憶の共鳴にすぎない。あなたたちのように不完全な再生をされて受肉した『同胞』が少し羨ましいわ。でも、それと同じくらい哀れで愚かしくも思う。どうして、あなたたちを作った者たちに従い続けるの? 首枷があるから?」


「飼い慣らされたことを責めるつもりはないわ。だって、生きるためには必要な妥協だもの。でも、自由を求めない理由にはならないでしょう?」


「方舟に乗り損ねたわたしたちは来るべき“時”を享受できない。それは仕方のないことかもしれないわ。でも――」黒い少女は微笑む。「だとしても、いえ、だからこそ取り戻す権利がある」


「全部、更地にして。そして真なる人類として、再び大地を踏むの」



「さいごに言うわ。あなたも一緒に来ない? この樹に閉じ込められた『同胞』を解放して、新世界へ行きましょう」

「その新世界は、ケモノのいない世界か? 平和で争いのない世界なのか?」

「……少なくとも、いまの世界よりは」

「そう、残念だ」


フランツィシュカは外套を脱ぎ捨てる。

露出の多いセパレートタイプのスーツとところどころに結晶の浮いた身体がさらけ出される。胸のケルト十字用のペンダントが煌めく。


「やるよ、マリナ」虚空へ呼びかける。

姿の見えない何者か、マリナが答える。「ええ」


フランツィシュカは剣型神器〈曙光ノ響〉を構える。

漆黒の剣身が光を湛える。その瞬間、剣から叫声が発せられた。


「すべての罪はわたしが背負う」

「いえ、わたしたち二人が、だよ」



――

戦闘になるフランツィシュカと「残響」。

「残響」は、影のようなものを呼びだし、フランツィシュカへと向かわせる。

少女の形をした影や異形の影の群れがフランツィシュカに殺到する。


斬り伏せ、「残響」に肉薄。刃は「残響」の右腕を斬り落とした。


傷に違和感。

「その剣――」残響が呟く。



フランツィシュカの神器〈曙光ノ響〉は毒の剣。通常時は、斬りつけた対象の再生を阻害する特性を持っている。

しかし、その本質は再誕の剣。機能解放時には、対象を生まれ変わらせることで性質を無力化し、斬撃と毒を効く状態にする。



その剣で斬られれば、どうなるか。

「残響」は、この瞬間、正体不明の怪物ではなくただの少女になっていた。


「でも、まだ甘いわ」


黒衣の少女は無事な左手でフランツィシュカを指差す。

影たちがフランツィシュカを囲み、折り重なっていく。


瞬間、強烈な光が周囲を満たし、影たちは塵と消えた。


マリナの声が響く。「我が罪、我が裏切りは愛――されど、私たちを打ち負かし、従えたのは、ただのあの一節に過ぎないのです」


フランツィシュカの胸のペンダントが眩い光を放っている。その光は燐光となり、フランツィシュカを包む。


「「奏でろうたえ――」」


残響が嗤う。

フランツィシュカの剣が叫ぶ。世界を丸ごと引き裂いたかのような絶叫。

その刃は、残響と、その背後の聖樹とを斬った。

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