■16: 傾く太陽(F)
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エピソード「傾く太陽」の断片・プロット
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1053年12月半ば
エピソード「どうか、わたしの腕の中で」と同じ時間帯。
リルら主力が留守中に聖都と「学校」が襲撃を受ける。
◆
壁の上で監視任務に就いていたイリスとティナ。
突如、市街から爆発音や警報が聞こえ、各所から煙が立ち上っているのが見える。
壁外にはケモノが確認できないのに、都市内にケモノが出現した奇妙さに困惑しつつも、迎撃支援を始める。
イリスは、壁上からビルに飛び移り、騒動の現場へ向かう。
◆
技術棟――
職員たちとカードで遊んでいるエーファ。
そこへ警報が鳴る。攻撃を受けているという報せも入る。
戦闘準備に入るエーファ。待機中。
突如、爆発が起こり施設の壁に穴が開く。
欠損したケモノがゆらゆらと穴から侵入してくる。
続いて、高笑いしながら少女が一人。予備聖女が下級聖女の死体を引き摺り、技術棟に入ってくる。「すごい、わたしだってこんなにできるんだ。見ろ、思い知ったか」などと言いながら。
予備聖女はエーファを見つけると、嬉しそうに笑顔を浮かべ、明るい声音でエーファへ語りかける。「あなたに勝てば、わたしが一番だってみんな認めてくれるよね、褒めてくれるよね?」
エーファは心底、嫌そうな顔をする。目の前の“聖女だったもの”を蔑まずにはいられなかった。
「ごめんなさいね。わたし
エーファの皮肉に一切反応せず、「嬉しい」「ありがとう」などと夢見心地でけらけら笑う予備聖女。
その身体は徐々に変容していく。眼窩からは角が生え、肉は溶け落ち、その手足の骨格は肉食獣に似たものへと変わり、身長よりも長い尾椎が伸びている。心臓があるべき場所には、紫色の幻炎を纏う活性法石が納まっている。
「――!?」
驚くエーファ。神器兵がケモノ化する事例はイリタシュタットの件で聞き及んでいたが、実際に自分の目の前でそれが起こるのは想定外。
怪物が両手をエーファへ突き出す。
閃光。光が放たれる。
身の丈ほどの大きさの盾様の物体が二つ、エーファの前に割り込み、攻撃を受ける。
続いて、剣状の物体が五つ、宙を舞う。これら七つのビットがエーファの神器。
怪物は、キィキィと鳴いている。
「ははは……でも、これで心置きなくすり潰せる」エーファは敵意を集中させる。
目にも止まらぬ速さで動くケモノ。
ビットを掻い潜るように動き、エーファに肉薄するが、その爪がエーファに触れることはできず、反対に弾き飛ばされる。
宙に浮いたケモノは、ビットに四肢を破壊される。その躰が地に落ちる前に、二本の剣状ビットから放たれたビームが胸の法石を撃ち抜く。
ほんの一瞬の出来事。圧倒的な格の違い。
エーファはケホケホと咳をした。口を押さえた掌に血がついている。ポタポタと膝に血が垂れる。鼻出血もあった。
それらをハンカチで拭い、エーファは車椅子を進める。
構内のケモノを倒していく。
◆
医療棟――
ブレンダンのもとを訪ねていたパルサティラ。
その最中に敵襲。
パルサティラは素手でケモノに立ち向かう。
ケモノの腕を引きちぎり、胸を拳で穿つ。腕から剥がした爪を投げて別の個体を壁に磔にする。全身に血を浴びて、赤黒く汚れている。
パルサティラは、せっかく先生のためにおめかししてきたのに、と小言。
ブレンダンとパルサティラは、他の職員たちを合流しシェルターへ向かう。シェルターに到着後、パルサティラは同行していた警備員たちとともに入口を守ることに。
当然、このような事態ははじめての警備員たちにパルサティラは言う。自分が前に出るが射線に被っていたら、自分ごと撃ってもいい、自分は死なないから、と。
◆
教育棟――
カレンは、学内に現れたケモノへ応戦。非戦闘員やまだ戦えない新人たちの避難の援護をしている。
自動ライフルで敵を撃つ。手当たり次第に撃っているために、倒し切れていないものも何体かいる。
弾には限りがあり、応援が来なければ、いずれ圧殺される。
そこへアンリースが現れる。
応援が来たと安堵するカレン。笑いかけるアンリース。波打った剣身の片手剣は血に塗れ、全身返り血で赤黒く濡れている。
悍ましい姿だが、カレン視点ではたくさんの敵を倒してきた頼もしい先輩。
アンリースが剣を振り上げる。
カレンには何が起ころうとしているのか想像もできなかった。
瞬きの間に、カレンの首が斬り落とされた。
笑いながら、かわいそう、と言うアンリース。
カレンの遺体にケモノが群がる。
◆
庭園――
ペトラは、警報と銃声、爆発音を浴びながら、花壇を掘っている。
埋まっていた防水防爆ケースを開ける。指輪が入っている。二種類の金属が絡み合ったデザイン。
その指輪をポケットに入れるペトラ。
ペトラの背後で植え込みを踏む音がする。人型ケモノが二体、ずるずるとペトラへ近づいていく。
ペトラは、スコップで襲いかかるケモノに対応する。一体目を倒し、二体目へスコップを振り降ろすも、柄が折れてしまう。
咄嗟に距離をとるが、悪い足場に、足をとられ、転んでしまう。
もうだめか、というところ、
銃声が聞こえ、ケモノに銃弾が命中。それがトドメとなり、ケモノは倒れる。
銃声のした方向を見るペトラ。
そこにはハンナが立っていた。拳銃を握った右手と、ズタズタに引き裂かれた左腕。ハンナはペトラを見ると、「よかった」と安堵し、座り込んだ。
ペトラは俄かに考え悩むが、決心し、ポケットから指輪を取り出し、右手の中指に通す。指輪はペトラの神器だった。
陽花の誓約――指輪型の神器。冷気と氷の力を操る機能。
ペトラは、神器の機能を使って、ハンナの左腕を凍らせることで止血しようと試みた。
しかし、すでに出血は致命的な領域にあり、すぐに専門的な処置が必要な状態だった。むしろ、ペトラの“手当て”が後押ししたのか、そのまま眠るように事切れるハンナ。
ペトラは、ハンナの遺体を庭園のガゼボに運び、ガゼボを黒色の氷で覆った。ペトラの許しなしには決して融けることのない氷。
ペトラは予備のスコップを手に庭園を後にした。
◆
アンリースは、黒衣の少女「残響」に扇動され、裏切った。裏切った理由も、「敵に騙されて味方を殺してしまうなんて可哀そう。自分は悲劇のヒロインだ」という個人的な欲求に基づくもの。
アンリースの神器の機能も、彼女自身の異能も、対人戦闘向けの内容。しかもアンリースは「学校」内でも成績上位層に位置する強い聖女。
神器兵の処刑人の役割を与えられていることもあり、人間を手にかけることに抵抗がない。
そう簡単に無力化できる相手ではなく、多くの警備員や聖女がアンリースに殺された。
――
帰還したリルが、大講堂でアンリースと遭遇する。
アンリースは、リルに宣戦布告をする。やっとあなたを殺せるときがきた、と。淡々と、感情を抑えながら。
対するリルは、アンリースを見据えている。武器を構えることなく、ただ立っている。
舌打ちするアンリース。
「なぜ裏切った――、いや、聞くだけ無駄か。あんたはそういうヤツだってのはわかってた」「あんたは記憶に沈みすぎた」
「ここに来たのがわたしじゃなくてウルリカだったら、どうした?」
「は? なんでウルリカ先輩が出てくるの――、でもそうね、動けなくして、目の前で、ムカつくクソ女を殺してあげる。わたしっていうかわいくてなんでも言うことを聞く後輩がいるのに、どうしてわたしを選んでくれないのって。あなたがわたしのことだけを見てくれないから、こんなひどいことしなくちゃいけなくなったんだって――。そうすれば壊れかけの先輩はホントに壊れてわたしだけを愛してくれるようになる。もしかしたら、狂ってわたしを壊してくれるかもしれない。あはは、考えただけでくらくらしちゃう」
「つまらない人」
「お前にだけは言われたくない。空っぽの人形のお前なんかに」
「哀れね」
「(溜息)いやになっちゃう。図星なのをはぐらかして、そういう態度憧れるけど、ホントにムカつくのよね」
「醜いケモノたちに犯されて穴という穴がボロボロになって息絶える様を眺めていたかったけど、そんな時間はないから、さっさとその首を貰うわ」
「――そう」
肉薄するリル。
影へ跳び、回避するアンリース。しかし、一瞬の間に剣を握っていた右腕を捻じ切られていた。
恐怖するアンリース。リルが強いことは知っていたが、ここまで力量差があるとは考えていなかった。ましてや、リルは作戦から帰還した直後で、疲労しているはず。
もう一度の跳躍を試みるが、間に合わず、胸の真ん中に剣が突き入れられる。
アンリースは、奪われた自分の神器で壁に釘づけにされた。
左腕と再生しはじめた右腕、両腿も銃剣で壁に刺しとめられた。
神器には、肉体再生の機能があり、致命傷が致命傷にならないでいる。
呻きながら、リルを睨むアンリース。
「……殺すんなら早く殺したらいいじゃない。どうしてこんな遊ぶの? お前ならわたしが死んだこともわからないうちに殺せたはず。そうしないってことは、わたしをいたぶりたいんだ。嫉妬してるんだよ、ねえ?」
「ああ、そうだよ」
リルは、ライフルに弾を込めていく。弾頭の紫と白のペイント、法石弾。血中、組織中の法石粒子と反応し、結晶化する特殊弾。
アンリースの足の先を撃つ。
リルへ罵詈雑言を浴びせ、泣くアンリース。痛みと、迫る死の恐怖を和らげるために。こんなにも残虐非道な死神に虐められる自分はかわいそうな女の子なのだ、と。
「喜びなさい、あんたの願いを叶えてあげる。愚かで哀れなあんたのね」
四肢に特殊弾を撃ち込まれ、末端から結晶化していくアンリース。
リルは最後の一発を腹に撃ち、その場を後にする。
なおも喚き続けるアンリースだったが、やがて全身が結晶化し、絶命。
リルが講堂の外へ出ると、雪がうっすらと積もっていた。
本格的に降り出した雪。
このまま振り続けたら後処理が面倒になる、とリルは思った。いっそ、積もりに積もれば、何事もなかったかのように振る舞えるかもしれない。人々には、そのほうが都合がいいだろう。
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