■10: いつの日か、夢から醒めるときが来るとしても(F)
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エピソード「いつの日か、夢から醒めるときが来るとしても」の断片・プロット
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1053年10月
リント湖の近くにあるコロニーで、ケモノの報告。
派遣された調査隊と神器兵が消息を絶つ。
直前に送られてきた画像には、フードを被った老婆の姿が映っていた。
その画像にはおかしな点があった。老婆に見える人物は、背後に映り込む建物と比べて明らかに人間ではない大きさだった。老婆はケモノであり、調査隊との通信途絶の原因は、“彼女”にあると考えられた。その姿から、ケモノは「魔女のケモノ」と呼称されることに。
現場に派遣される聖女部隊。その中にはウルリカとリルの姿もあった。
消息を絶った部隊にはサーシャもおり、ウルリカは内心不安でいっぱいだった。
コロニーに入るとすぐに異変が襲う。
犬狼型のケモノと、人間が襲いかかってきた。襲いかかる人の群れの中には消息を絶った者たちもいた。このコロニーに暮らす者と派遣された者たちはケモノの傀儡となっていた。
交戦する。
操られた人々は死体かと思いきや、生きたまま操られていた。途切れ途切れに助けを求めている。その声に聖女たちの攻撃の手が止まる。退けずに襲われる聖女も出てくる。
万事休すかと思われたが、突如、銃火が走る。調査隊と住民のうち、無事だった者たちが、助けに入った。
態勢を整える。リル以外の聖女はケモノを倒し、リルは操られた人を倒す。
「魔女のケモノ」が現れる。
何人かの聖女が攻撃を仕掛けるが、魔法のような力で退けられる。人を操るだけでなく、ケモノ自身の戦闘力も高い。
自分に任せろと、ウルリカが突撃する。
難なく肉薄し、「魔女のケモノ」の首を断つウルリカ。
倒したと、俄かに湧く戦場。
ウルリカがケモノの遺骸に背を向けたとき、一人の聖女がウルリカにぶつかってくる。アネットだった。
アネットの手には、着剣装置付きのナイフが握られていた。
アネットに刺されたウルリカ。状況を飲み込めず、アネットの顔を見つめるしかできずにいる。
アネットは「やった!」「違うんです、ごめんなさい」と、譫言のように繰り返している。
アネットの背の向こうで、何かが動くのをウルリカは見る。殺したはずのケモノが立ち上がっている。
ウルリカは、とっさにアネットを自分から引き剥がし、放り投げる。
ケモノが襲いかかる。ウルリカは左腕と左胸を喰いちぎられる。きょとんとした顔で、ウルリカはケモノを目で追い続ける。
「魔女のケモノ」は、形態変化していた。魔女を思わせる老婆の姿から、大きな魔狼の姿へと。
横から、聖女がケモノを殴りつけ、ウルリカから遠ざける。その隙に、リルがウルリカを後方へ引き摺っていく。
聖女たちが火力を集中させるが、「魔女のケモノ」改め「魔狼のケモノ」の毛皮と皮膚を破ることができずにいる。何か特殊な守りがあり、神器のような異能兵器は却って効果が薄い。
リルは救護員にウルリカを預ける。
「この子は絶対生かして。あなたの命に代えても」死なせたら許さない、と言い残す。
救護員はウルリカの酷い外傷を見て、狼狽えながらも、止血剤を振りまき、手持ちのガーゼと包帯で傷を覆った。続けて、神器兵用の強力な鎮痛剤を最大量投与。この場でできるのはこのくらいだ。「死なせるな」という要求は無理難題でしかない、本来なら安楽死させるような傷だった。
身体を動かせず、ただ処置を施されるままのウルリカ。
あまりの痛みに、感覚は消え去り、浮遊感に包まれていた。不思議と感覚が冴えていく。
処置が効いたのか、徐々に手足の感触が戻ってくるが、まだ身体は動かない。コンピュータや機械の遅延にも似た、もどかしさ。
目だけで辺りを見てアネットが無事なことを確認。そのあと、視線を胸元と左腕へ向ける。血に滲んだガーゼを、救護員が押さえ続けている。
(ああ、くそ――許さない)
――
想定外の強力なケモノの出現に現場は荒れている。
当初の目的達成は不能と考え、撤退することになる。加えて、防衛砲による砲撃要請がされる。
上空待機していた回転翼機や、調査隊の残存車両に乗り込んでいく聖女と生存者。
この場所から、可能な限り離れなければならない。防衛砲の精度はよくない。巻き添えを回避するには、コロニー外に出るのが最低条件。
脱出の間に合いそうにない者が、一か八か遮蔽物や頑丈そうな建物へ身を隠す。
リルはウルリカの神器を担ぎながら、撤退支援をしている。
聖女の一人が、「魔狼のケモノ」へレーザーを照射し、目標指示を行っている。
/
一方、回転翼機に収容される予定のウルリカだったが、運び込まれる直前に飛び出していってしまう。
「許さない」
ウルリカは怒りにも似た感情に突き動かされていた。
よくもわたしの胸の傷を――、左腕を奪ったな。
ウルリカにとっては、左胸の傷跡は特別な意味があった。
「許さない――」
「カミサリヅキノ、オオハラエニ、ハライタマイ――」何かをぶつぶつと唱える。
「アメノヤエグモヲ、イヅノチワキニチワキテ」
「アハナチ、ミゾウメ」
「イキハダタチ、シニハダタチ」
「ケモノタオシ、マジモノセルツミ」
「シナトノカゼノ、アメノヤエグモヲフキハナツコトノゴトク」
「オチカタノシゲキガモトヲ、ヤキガマノトガマモチテ、ウチハラウコトノゴトク」
「――ツミトイフツミハアラジト」
これらの言葉の意味をウルリカは理解しているわけでもない。しかし、彼女の内から湧き出てくる最も親しみ深く、忌むべき詞。自らの在り方を強制する鎖であり、力を与えてくれる剣。
――
防衛砲が発射される。砲撃の到達まで、およそ100秒。
しかし、お構いなしにウルリカは「魔狼のケモノ」へ向かっていく。
リルが回収したウルリカの神器を強奪するウルリカ。
ウルリカは、大鎌の神器を「魔狼のケモノ」の顎につっかえ棒のように差し込み、その顎が閉じないようにした。
そこへリルが、結晶の剣を突き入れる。リルの神器の起動形態。
口から差し込まれた剣で、心臓を破壊され、絶命するケモノ。
意識を失うウルリカ。リルはウルリカを回収し、その場を離れる。
そこへちょうど、レーザーで弾道修正されたロケットが到達し、ケモノの死体に突き刺さり、炸裂。
一拍遅れ、十数発の210mm砲弾と155mm砲弾が降り注ぐ。
ケモノを中心とした半径百数十メートルの範囲が爆風と破片によって薙ぎ払われ、散った数発の砲弾が虫食いのようにコロニーの町並みを破壊した。
ひとまず、戦いは終わったが、払った代償は大きかった。
多くの人間と神器兵を失うこととなった。得られたもののほうが、ずっと少なかった。
◆
「学校」医療部、入院棟の一室。
ウルリカは、ぼんやりと窓の外を眺めている。
病室の隅には、見舞いの品々が山と積まれている。ウルリカは、それらには一目もくれずにいた。
そこへリルが尋ねてくる。
「目が覚めたって聞いて来た」
「ああ、リル。わざわざご苦労なことです」
「……にしても、ひどい顔。髪もボサボサだし。やってあげようか」
「いいです。切ってしまおうかと思っていたところなので。それにリルに任せたら、全部毟られてしまいそうですし」
誰が見ても無理をしているのがわかる様子で、笑ってみせるウルリカ。
リルはそれ以上かける言葉もなく、黙って椅子に座るしかなかった。
「……ねえ、リル」絞り出すようにウルリカが尋ねた。「アネットちゃんはどうなったの?」
「死んだ」
「あなたがやったの?」
「いや、その前に自殺した」
「そう、ですか。……わたしのせいで、あんないい子を死なせてしまったんですね――」
「そんなこと――」
「そんなことないって? 下手な慰めは要りませんよ」
「嘘吐け、慰めてほしそうな顔してる」
「ふふ、違いますよ。リルはわたしのことなんにもわかってないんですね」
溜息を零すウルリカ。
「どうしたんですか、黙っちゃって。もっとききたいことあるんでしょう?」
「……傷はどうなの、痛くないの」
「見ます?」
ウルリカは、入院着をはだけさせる。包帯で巻かれた左上半身。左乳房はごっそりとなくなり、左腕は肩のあたりからなくなっている。下腹部にも縫合の跡があり、フィルムで覆われている。
「ほら、もう最悪ですよ。はあ、あなたにつけてもらった傷、なくなっちゃいました。ふふふ」笑ったあと、嗚咽を零すウルリカ。
潤んだ目で、ニコリと笑う。
「ぐす、……ねえ、今度は右目。そうすればあなたとお揃いだから」
「何を言って――、ダメだよ」
「なんで? どうして?」きょとんとした顔で。
「どうしてって」
「じゃあ、殺して。いますぐ死なせてください、でないと、わたし、わたし――」
今度は抑えきれずに、声を上げて泣き出すウルリカ。
ひとしきり泣いたあと、ケロッとした顔で、
「奪われてしまうなら、はじめから持っていなければよかったのに」腹を擦る。「――どうせ取ってしまうなら、どうして人間そっくりに作ったんでしょうね」
「今度は何の話」
「こんなことがなければ、あとで言うつもりだったんですけど――子供、出来てたんです、サーシャとの」
「えっと」ウルリカの下腹の手術痕に視線がいく。“どうせ取ってしまうなら”の意味がわかってしまった。
「あの人も死んじゃって。子宮も取り出されました。そもそも、人間と神器兵との間に出来た子供がちゃんと育つかは未知数でしたし、どのみち治療に使う薬の影響でお腹の子は保たなかったでしょう。仕方のないことです」
「仕方のないって、そんなこと」
「ちょっと調子に乗りすぎてしまったんです。バカな女って笑われるべき人間なんだって実感しました。そういう愚かな人間の生は、楽に終わらせてはくれないんです、世界は」
眩しくも寂しい顔で笑ってみせるウルリカ。
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