■07: 聖女の夏休み(F)

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エピソード「聖女の夏休み」の断片・プロット

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1053年8月半ば


テレジア聖下に護衛という体でデートに誘われるリル。

その二人をストーキングするゲルトルード。

テレジア聖下は「聖女」の白い制服を着ている。何も知らなければ、「学校の友人」が連れ立って遊んでいるように見える。


ゲームセンター、行列のできているアイスクリームショップ、古いカフェ、水族館、美術館――。若干慌ただしいスケジュールで、街を周る。


――

「この絵がお好きなんですか? いい絵ですけれど、少し陰鬱ではありませんか?」

雪の中、三本の楢の木が描かれた絵画を示す。

「わたしは、あの絵が好きです。抽象画というのですか? 波のような絵。波に流されてしまったような、何が描いてあるのかわからない。けれどジッと見ていると不鮮明さの奥に輪郭が見えてくる、その感覚が心地よいです。あなたみたいで」




パルサティラは学外にあるブレンダンのセカンドハウスを訪れる。

くすんだ青色のフロントボタンワンピースに、メッシュキャップ、ラウンドフレームの眼鏡。

夕方。西日が差し込む。


「ここにはないんですね、写真」


口数少なく、部屋を見回すパルサティラ。何度も見回し、うろつく。

二人きりになる場面は、いままでもあったが、ここには本当に二人しかいない。そう思うと、想像以上に緊張し、気が小さくなる。

パルサティラは、意を決して、ベッドにちょこんと座る。

ここに来るまでに買ったサイダーの瓶を開け、口をつける。パルサティラは酒の力を借りようと思った。

ブレンダンを呼ぶ。


「先生――」


「どうした、眠いなら寝ても――」


抱きつき、勢いのまま引き寄せる。ベッドへ倒れ込む。

パルサティラはおそるおそる唇を寄せ、ブレンダンの唇に自身の唇を触れさせた。ちょんと触れる程度のキス。


「……思った以上にドキドキしますね。ちょっと、これから先は怖いな。平気だって思ってたけど、嬉しすぎて身体が保たないかも」


くらくらする、苦しい、とそのまま横になるパルサティラ。

結局、キス止まり。


「ごめんなさい先生」


そのまま、眠ってしまうパルサティラ。




先日の約束のとおり、バーベキューをすることになるイリスとペトラ。

市街へ買い出しに出ることに。

ペトラは久しぶりの外出。興味がない、というような素振りを見せているが、内心ではワクワクしている。

買い出しの資金は、ハンナに渡された。バーベキューの食材を買うには奮発しても有り余るほどの額のお金を用意された。遊んでおいで、と言葉なしに言っている。

イリスとペトラは、荷物が多くなる前に、雑貨屋やカフェを訪れることにする。


――

瓶のビールを片手にグリルで食材を焼くハンナ。焼き上がったものを片端からイリスとペトラへ渡していく。

ペトラは、上機嫌に食べ物とビールを口に運ぶ。既にビールの瓶を何本も空けている。

イリスは、オレンジジュースを炭酸水で割ったものを飲んでいる。次から次へと積まれていく食べ物に疲れたのか、ハンナに交代を申し入れる。


「ペースが早すぎる。まだ7時だぞ」


――

花火も買っていた。季節外れのために、地味で小さいものがいくつか。

小さな噴出花火と手持ち花火。


「あはは、煙い煙い」

火花よりも煙に興奮している様子のペトラ。

「意外と違う匂いなんだね。火薬だから同じかと思っていたよ」




サーシャの自宅で過ごすウルリカ。


水に浸け軽く冷やしておいた瓶ビールを取り出しながら、サーシャは語る。

戦場の天使の話。別の部隊から聞いた話。

まばゆい光とともにケモノが全滅してあとには知らない神器兵と思われる人物が目撃されたという――。

その話を、ウルリカはベッド横のサイドテーブルに置いたウイスキーボトルから、グラスに中身を注ぎながら聞いている。


「面白い話だと思いますよ。でも、こんなときに仕事の話ですか? ピロートークとしてはイマイチですよ?」

「イマイチで済ませてくれるのか」

「これからあなたが忘れさせてくれるから、気にしていないだけです」

「せっかくの休暇が、もったいないぞ、こんなおっさんといて。外泊が連続で3日も取れるのは、上級聖女でも難しいんだろ?」

「あなたとお休みが合う日取りのほうが珍しいです」

「だからといって、家に籠りきりで退屈しないのか」

「だって外は暑いじゃないですか。わたしインドア派なんです」汗に湿る髪をかき上げ、煙草に火を点ける。

「インドア派、ね」


ベッドの縁に腰かけ、ウルリカを見やるサーシャ。ビールに口をつける。

そのサーシャに後ろからウルリカが抱き着く。


「なに? 不満? 一日中、こんな美少女を独り占めできるんですよ」

「そりゃ、嬉しいよ。でも――」

「会うたび会うたび、何度も言わせないで、わたしが選んだんですよ。あなたがいいって」



「きっと、あなたよりわたしのほうが先に死にます」

「どうした」

「わたし、たぶん一年くらいで終わりです。戦死せず生き残り続けたら、ですが」小さく笑う。「ふふ、戦いで死ぬことは考えてないんだなって言いたいんでしょ。そうですよね、一年目どころか初戦で死ぬことだって珍しくもなんともないのに――、わたしはなんて贅沢なんだろうって思いますよね」


「本当はいますぐ死んでしまいたいんです。でも、それだとみんなの期待を裏切ることになる。……まあ、みんなの期待なんか正直どうでもいいんですけど、自分の役割とかやりたいことを残して死ぬのは、気分がよくないんです」

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