■06: ガールズ・イン・ザ・ガーデン(F)
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エピソード「ガールズ・イン・ザ・ガーデン」の断片・プロット
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――1053年8月
毎回ぼろぼろで帰還するパルサティラの恋模様について。
パルサティラに適合している神器には、傷を負ってもすぐ回復できる機能がある。そのおかげでパルサティラは死なずにやってこれた。しかし、不死身にも代償があった。神器の機能で治した傷の痛みは消えないことだった。その傷が癒えるのに必要なはずだった時間、痛みだけは消えずに残り続ける。
出撃後の検査を終え、パルサティラは医療棟を歩いている。
さきの出撃では、数回死ぬくらいの傷を負った。それどころか、先日の合同訓練の負傷の痛みすら癒えていない。
うずくまるか、横になって身体を休めたい。泣いてしまいたい。いますぐ死んでしまいたい。そんな痛みに耐える。
ミキサーに放り込まれて、全身切り刻まれているような痛み。痛みが全身を行ったり来たり、ぐるぐるしている。麻酔もドラッグも大して効かない激痛。
浅い呼吸と、肌を伝う汗。検査着と、手に持つ封筒とランドリーバッグの感触が気持ち悪い。粘土のように、重い身体を引き摺り、歩く。もう少し、もう少しで、安らぎの場所に辿り着ける。その一心でパルサティラは身体を動かす。
目的の部屋へ辿りつく。
扉を開ける前に、一度深呼吸し、前髪を整え、指で口角を上げる。
よし、と内心呟く。
ドアを開け放つ。明るい声を作る。
「せんせえー、ただいまパルサティラが戻りましたよー」つかつかと、部屋の主ブレンダンに近づき、封筒を押し付ける。「はいこれ、今回の検査結果です」
ブレンダン――「学校」の職員。「聖女」のメンテナンスを行うスタッフの一人。パルサティラの担当医。無精ひげの、くたびれた男。
ブレンダンは、汗で濡れしわしわになった封筒を見てから、パルサティラを一瞥した。
パルサティラは、診察・処置用の簡易ベッドにランドリーバッグを放り投げ、検査着を脱いでいる。
封筒から取り出した書類を確かめながら、ブレンダンがパーテーション越しに話しかける。
「痛みは?」
「先生に会ったら、和らぎました」
「本当は?」
「ものすごく痛いです。でも、先生に会ったらマシになったっていうのは本当」
「そうか……」
「どうかした? 悪くなってるとか?」
「結果自体は、前と変わりない」
「なら、よかったじゃないですか~」
ベッドに用意されていたタオルで身体を拭く。ふわふわのバスタオル。
「検査結果に問題はないのに、痛みを感じて、痛みに対する反応も出ている。しかも、どんな鎮痛剤や麻酔を使っても効果が薄い。それのどこがいい」
「それがわたしの仕組みなんだからしょうがないことですよ。先生が気にすることじゃない」何度も言っているでしょう、と他人事のように言う。
「ああ……」寂しげに呟き、書類をデスクの端に置く。「――他に気になるところは? 痛み以外にあるか?」
「そうですね……白髪が少し増えたかな。あっ、白髪といえば最近処理してなかったから気付いたんですけど、下のほうにも白い毛が――、見ます?」
パーティションから顔を出すパルサティラ。
「わかった、見せてみろ」
「あっ、あ、やっぱいいです」想像していた反応と違ったのか、気後れする。「命に係わるようなものじゃないし――」
「ちょっとした体調の変化が大きな問題に繋がることもある。特にキミたちのような子はね。白毛症はわかりやすいサインの一つだ」
「それはわかってるけど……ううん、でも、わたしのは大丈夫だから。ちょっと、先生を揶揄ってみたかっただけ。こう言えば、ワンチャンあるかもって教わったから、試してみたの。けど、思ったより恥ずかしかった」
「本当に大丈夫か? 気休めにもならないだろうが、栄養剤を処方しておくか?」
「いえ、大丈夫」
「神器の機能で、寿命では死なないといっても、きちんと栄養や休息をとる必要はある。気をつけてな」
「……はい」
真っ赤に染まった頬と耳を掌で冷ます。小さく溜息を吐く。ベタベタになったタオルを床に置かれた籠に落とす。
ブレンダンは、棚からカップを取り出し、お茶の用意をし始めた。
パルサティラは下着を着け、ワンピースに頭を通す。
着替え終え、
「今日はなんですか」ベッドに腰かけ、尋ねる。
ブレンダンが、デスクにトレーを置いた。ハーブティーとチョコレート。
ブレンダンがパルサティラに手を差し出す。
手を取るパルサティラ。ほんの数歩だが椅子まで支えられて進む。
「ありがとうございます」
椅子に座るパルサティラ。しかし、ブレンダンが席に着いたのを見計らい、彼の膝の上に座り直した。
ブレンダンは、「またか」といった呆れ顔を一瞬作るが、パルサティラを退かそうとはしなかった。
パルサティラはカップを口に近づける。
「いい香り」
カモミールとレモングラス、レモンバームのブレンド。
チョコレートも口に運ぶ。オレンジフレーバーのチョコレート。
「ふふ、わたしが好きなのばっかり。ありがとうございます」
パルサティラは柑橘類が好きだった。
「どういたしまして」
「好き」
「先生、好き好き~、愛してる」
身体を揺らす。
「あんまり動くな」
「重い?」
「そりゃあ、痩せ気味とはいっても45キロの重りが人の上で動けばな。骨が当たって痛い」
「こっちは先生があたって熱い、って言えたらよかったのに。わたしじゃダメですか」
「品がない」
「お行儀よくしてたら、先生はわたしになびいてくれる?」
「まあ、キミらしさは薄れるな」
「それは、どうも」後ろを見る。「先生も我慢しなくていいんですよ。ここにはベッドもあるんだし」
「やめろやめろ。そのために置いてあるわけじゃないんだ」
攻めるパルサティラ。
「いいじゃない、先生もわたしのこと好きでしょう?」
デスクと棚に置いてあるフォトスタンドを見る。ブレンダンと女性、女の子が写っている。
「奥さんと娘さんが見てるから?」
「どうしてそうなる」
「だって、そうでしょ。わたしはそう思っちゃう。職場に写真飾るってそういうことでしょ。女除けだよ。でも、そういうのが逆に燃える女の子もいるんだ」小さく笑う。「ねえねえ先生……奥さんじゃできないこと、わたしならいっぱいしてあげ――」そこまで言い、ハッとし、顔を曇らせる。「あ、ごめんなさい、調子に乗りすぎました。いまのは聞かなかったことにしてください」
「構わない」
「……もっと怒ってよ」
「自省しているなら、それ以上責めることはしない。それに、聞かなかったことにしてくれと言ったからな――だったらキミは何も変なことは言っていないよ」
「それはそうだけど、先生の立場なら、こんな小娘、テキトーな理由をつけて簡単に解体処分にできるでしょ」俯き、声を震わせる。「……そのくらい酷いこと、わたしは言ったのに」
「妻も娘ももういない。執着がないと言えば嘘になるが、そこまで引き摺っているわけじゃないんだ」
「それだったら――」
「ダメだ」
唸るパルサティラ。「ぅう――」
「――でも――」
背を預ける。ブレンダンの手に、掌を重ねる。小さく息を吸う。
「でも、わたしはいつ死んじゃうかわからない。だから、早いうちに抱いてほしいって、いつも言ってるんです」
「仮にキミの願いに応えたら、それで満足して自分の命をいま以上にぞんざいに扱うだろう?」
「逆、大事にする。子供を作って、先生と結婚して、それで聖女は引退して――、――なんてね、そんなの悪夢ですよね」
そうなったら、どれほどよいだろうか。だが、決して、現実はそのようにはならない。
「そう、だな」
「うん」
パルサティラは、ブレンダンの両手を自分の前まで回した。人形遊びをするように、手を躍らせる。
そうしたまま時間が過ぎていく。
しばらくし、
パルサティラはブレンダンの膝から離れ、対面の椅子に移った。
残りのチョコレートを頬張る。
じっくり、氷を融かすように味わう。冷めたハーブティーで、甘さを押し流す。
膝に手を置き、勢いよく立ち上がる。
「じゃあ、わたしはもう行きますね」
「もっといてもいいんだぞ」
「これ以上は、逆に痛くなるから……。あ、違いますよ、恋煩いってやつなので、体調が悪いとかじゃないので、心配しないで」
パルサティラの言葉に、ブレンダンは困ったように首を傾ける。
小さく笑うパルサティラ。写真に向かって、小さく頭を下げる。
「奥様、娘さん――お父さんを少しの間、お借りしました」
「では先生、また今度。明後日かその次くらいにお邪魔します」
――
自室に戻ったパルサティラ。
ルームメイトのハイデマリーが在室。ソファでくつろぎながら、読書している。
ハイデマリー――パルサティラの同期で、親友。灰緑色の髪、ヘイゼルの目。大人びた顔立ちとスタイル。
パルサティラが帰ったことに気付くと、本を閉じて、声をかける。
「あ、お帰り~」
「ただいま、ハイディ」
そのまま、ふらふらと、ビーズクッションに突っ伏するパルサティラ。
「お疲れだね」
「うう、あう、痛い、うぅ、ぐす」痛みに喘ぎ、涙を浮かべる。
「よしよし、痛い痛い」パルサティラの背を擦るハイデマリー。
「……ありがと」
「偉い偉い」
「それはちょっと、いや」
「今日はもう休む?」
「ううん、平気」
「ごはんは? いつものスープ?」
「うん」
手を止めるハイデマリー。ここからが本題。
「先生とはお話しできた? 夏休みの予定、聞けた?」
「……話はできた。夏休みは――まだ。今度聞く」
「先週、もっと前、先月もそう言ってたよ。去年だって、そうやって引き延ばしてさ~」
「わかってる、わかってるんだよ」
「ほんとに? 今年こそは」
「先生とデートする」
「先生と二人きりでデートして?」
「最後までする」
「そう。もう両想いなんだから、さっさとやることやってほしいんだよね~。それなのに、この子は、また傷を増やして」
「それはホントにごめん」
「わたしだってサティともっと遊びたいんだから~」
もっと自分の身体の扱いを丁寧にしてほしい。そう言外に。
◆
イリスとペトラの話。
庭園の一角で植物の世話をしているペトラ。
ペトラ――50年度組の聖女。桑の実色の髪に、緑色の瞳。麦わら帽子に、エプロン。
そこへ尋ねてくるイリス。イリスとペトラは頭一つほど背丈に差がある。
二人は同期。彼女たちの年度の聖女は、二人しか残っていない。
ペトラは故あって戦力から除外されているため、現役はイリスだけ。
イリスはペトラに街で買ったお土産を渡す。パンパンのトートバッグと紙袋。
ペトラは外出許可を得るのも難しい立場。小さな庭は、ペトラの世界の大部分を占めるものだった。
「ありがとう。お茶にしようか」
小さなガゼボ、すぐ隣にはテントが設置されている。ペトラはときどきテント泊をしている。
ペトラは保温ポットのお湯を使い込まれた無骨なケトルに入れ、バーナーで沸かしなおしている。ガゼボ横のテントから、クッキーの缶箱を取り出す。
紅茶を淹れる。
二人は、無言のまま、紅茶とクッキーを楽しむ。
「なあ、今度、一緒にテントに泊ってもいいか?」
「うん。別に構わないけど。同じ部屋の子はいいのかい?」
「夏休みに同期と外のホテルに泊まるってさ」
「ああ、あのホテルね。あそこのプールは魅力的だからね」
聖都西部のリゾートホテル。夏季の一定期間、「学校」向けの営業をしている。多くの聖女がこの特別期間に夏季休暇をとる。
「でも、キミは行かないの?」
「そういう質じゃないだろ。……あんたこそ行ってみたくないのか? わたしと一緒なら許可は下りるはず」
「ボクこそリゾートとかプールとかではしゃぐようなタイプじゃないでしょ。賑やかなところは苦手だって知ってるくせに、そういうこときいてさ」
「一応ね」
「ああ、ボクと出かけたいのかい? そうならそうと言えばいいのに」
「違うよ。自惚れんな。まあ、あんたを連れ出したいってのは事実だけど」
「――そういうことなら、市場で食材を選んで、盛大にバーベキューでもしよう。ハンナ先生も誘ってさ、彼氏にフラれたって言ってたから」
ハンナはイリスとペトラの学年の担任。元々は副担任の一人だったが、「昇進」した。
「泣いて喜ぶだろうなぁ。てか、また別れたのかあの人」
「そ、今年三人目。恋の才能があるんだか、ないんだか」
「ウルリカにアドバイスまで求めてたからな」
「ウルリカさんに聞いたらダメでしょ」
「それは違いないが、そのウルリカは長く続いてるしなあ」
「えー、なになにー。なんかわたしのこと話してる気がするなー」
「げ、先生」
「またフラれたって話をしてた」
「そうなんだよ。今度はイケそうって思ってたのに。キスにも辿り着けなかったとか、ホントにもう」
「ああ、その話はいいから」
「先生、今度バーベキューしませんか、ここで」
「へえ――うん、いいよ。許可も取ってあげる」
◆
ルイーゼがセシリエに稽古をつけてもらっている。
セシリエ――損耗率の高い神器兵において六年近く現場に立ち続けている陰の実力者。
セシリエの神器〈黒鉄蜂の杖〉は、穂先を射出、交換できる槍状の刺突武器。弾倉に予備のビットを収め、射出後には半自動で次の穂先を装填する。
ルイーゼとセシリエは同じ槍使い。とはいえ、セシリエの神器は完全な刺突特化で、ルイーゼのものとはいくらか勝手が違うのだが。
自主トレーニング中のロズメリーが通りかかる。
ルイーゼの訓練相手にさせられるロズメリー。第三の腕に大剣、両手に散弾銃。
機動力を生かして戦うルイーゼ。
大剣を貫く槍。刺さったまま抜けない。その隙に組み伏せられてしまう。
「まあ悪くはない」
ロズメリーがルイーゼの手を引き、立たせる。
ルイーゼは、深刻そうな顔。これが実戦だったなら自分は死んでいた、とでも言いたげな。
◆
――1053年8月
戦場でピンチの部隊。
部隊はケモノの群れに襲われ壊滅状態。
このチームのまとめ役の聖女アデーレ。神器は砲付き盾。
砲撃で数体を仕留めるが、それでもケモノのほうが数的有利。味方の聖女も兵士も圧倒されていく。大型のケモノまで現れ、万事休す。
肉薄され、攻撃を受けるアデーレ。盾ごと押し潰されそうになる。死を悟る。スキル「トランセンデンス」とリミッター解除を使い、自爆しようとする。
そのとき、金切り声と閃光が走り、ケモノが崩れ落ちる。
助かったアデーレが周りを確かめると、ケモノの群れは全滅していた。
何者かの援護で難を逃れた。しかし、ここには自分たち以外には誰もいない。
味方にこんな芸当のできる者はいない。
「いまのはいったい……誰だったの」
「黒い影?」
「わたしたちじゃないよ」
「じゃあ、なに? お化け?」
「……そういえば、聞いたことがある。戦場の幽霊。時折、戦場には敵でも味方でもない謎の兵士が現れるんだってさ」
「見たらどうなるの? 幽霊なら、あの世に連れていかれちゃうとか」
「そんなことある?」
「でも、助けてくれたんなら、お化けじゃないのかも」
「その助けてくれた誰かが問題なのよ」
――
そうした会話を、廃墟の上で聞く人影。
ぼろぼろの外套を纏う白髪の少女、名はフランツィシュカ。顔の左側には、ところどころ黒い結晶が浮き出ている。
「ひどいよね、わたしたちのことお化けなんてさ」
「そう? 亡霊なのは本当のことじゃない?」
周囲にフランツィシュカ以外に人はいない。にもかかわらず、もう一人、声がする。
「でもさ、フランもお人好しよね」
「別に好きでやってるわけじゃない。あの程度のケモノにやられるような雑魚でも戦力は戦力なんだ。失うのは、大きな不利益になるの」
「そういうことにしておいてあげる」
――
アデーレは、一瞬、廃墟の上方に人影を見た。その人影は、瞬きすると消えてしまっていた。
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