■05: 対抗訓練(1)

――一〇五三年七月



 ウルリカを含めた五〇名の「聖女」が視聴覚室に集められている。スクリーンには映像が映されている。


 近日行われる合同訓練に関連した事前学習。


 死亡‐五、負傷‐十六、行方不明‐八――イリアシュタットでの「聖女」の損害。


 これを受け、予定されていたルクシュテルン校との合同訓練の内容に変更が加えられることになった。

 主に対人戦闘への課題克服。敵側にも神器兵がいることが判明したため、それへの対抗手段の模索と学習。

 表には出されない目的として、今後の「聖女」の設計のためのデータ収集も含まれている。


 映写されているのは、ルクシュテルン校から提供された「新型神器兵」に関する映像資料。

 各々の固有異能に差が大きくピーキーな「聖女」は単純にケモノとぶつけて戦わせるうえでは、そこまで大きな障害にはならないが、個人の適性の振れ幅から戦術的、戦略的な計画を立てづらい。また、損失した際の代替要員が、求められる異能によっては難しいという問題もある。

 新型神器兵は、そうした問題を解決するため、異能を数種類に限定し、運用を容易にする目的で開発された。しかし、戦闘能力の大部分を神器に依存することには変わりないため、結局のところ安定した戦力とは評価し難い。

 神器兵本人たちには開示されていない情報では、「聖女」よりは壊れにくく、寿命が長いとされている。もっとも、〝旧型〟の頃から天命を全うできる者は数少ない。



 スクリーンには実戦を想定した映像として、鼻の長い対戦車砲弾を無力化する新型神器兵の様子をスローモーションで撮影したものが流れている。タイムスタンプでは数日前に撮影された最新も最新の映像、ほぼ撮って出し。装甲車両や戦車を撃破するカットもいくつかあり、人間同士の戦闘での運用も考えられていることが窺える。

 かねてから、ケモノとの戦い以後の神器兵の扱いについては議論と模索が続けられていたものの、ここまで明確に人対人を意識したプロモーションはこれまでなかった。

 こうなったのには、理由がある。


 先日のイリアシュタットでの襲撃事件。

 多くの聖女やルクシュテルンの生徒は、襲撃犯に大した抵抗もできずに捕まった。経験と教育の不足、デザイン段階での条件づけによるものだった。

 これを受けて、方針の転換が早められた。

 人類対ケモノの偶像的な側面もあった「聖女」に、人間対人間の旗持ちの役割を持たせようという計画が本格的に動き出そうという形になる。人間への害意に対する忌避感を軽減して、対人戦闘も積極的に行えるようにデザインを改めるということ。



 ウルリカは、こうした上層部の考えには懐疑的だ。正直なところ、どうこう言われようと人間を攻撃するのには抵抗がある。人殺しにはなりたくない、という強迫じみた感情さえあった。「聖女」にデザイン段階で埋め込まれているもの、という以上にウルリカ個人としての信条でもある。自分たちの仕事はケモノを倒すことであって、戦争の道具ではない。


 溜息を吐きそうになるのを堪え、代わりに眼鏡を外し、目頭を押さえた。ここ最近、視力が落ちてきたため、矯正用に眼鏡を使い始めた。

 配布された資料はすでに端末ですべて読み終えてしまった。


 今日の事前学習はどちらかというと退屈だ。とはいえ、つまらないからといって、大胆に近くの子とお喋りしたり、眠って時間を消費するわけにもいかない。公の場で、おおっぴらに怠けていては上級聖女として示しがつかない。そういうところがウルリカにとっては一番退屈なことだった。

 各人にデータを配布して各々で確認すれば済む話にわざわざ時間を取って付き合わされ、自分のペースが乱されるのがウルリカはあまり好きではなかった。集まって授業を受けないと飲み込めないタイプや、自分宛ての封筒を開けない人もいることは理解している。「学校」としても、こうした集会で情報を伝達することで確実性を高めたいのはわかる。心配事や無駄を排除していけば、最終的には対面での口頭伝達が確実な手段になるだろう。それ自体が問題事だらけであることに目を瞑れば。

 ごちゃごちゃと関係ないことが頭を行き交う。

 自分の時間が無駄にされてしまう気がして、ちょっとしたことに敏感になって思考が跳びまわってしまう。そういう自分に呆れや苛立ちに似た感情が湧くウルリカ。



 とはいえお腹が空いたな、とぼんやり考えながら、スクリーンの情報を見、説明を聞く。すでに目を通し終えた資料と同じ内容。自分のやっていることは教科書を先読みして授業を受けた気になっているのと大差ないことはわかっている。

 しかし、何がそんなに退屈なのか。

 いや、違う。目を背けたいのだ、とウルリカは思った。

 対人戦はウルリカにとっても課題だ。それも捕縛戦闘ではなく、相手を殺す戦い方だ。

 人殺しになりたくない、と感情面では思っていても、相手を倒さなければ自分はともかく味方が死ぬことになる。それに、人間を殺せなければ、リルの隣に立つことはいつまで経ってもできない。スコアでは自分が上だとしても、リルにだけは負けたくない、彼女にできることは自分もこなしたい。

 ウルリカにも意地がある。自分ができなかった結果によって問題が起きるのは褒められたことではない。奔放で快楽を優先させがちなウルリカだが、それ以前に、持って生まれた才能を活かす努力を怠らない程度には真面目で仕事熱心でもあった。そして、その真面目さがウルリカのストレスの種でもある。




   ◆


 旧第一九番都市、通称「聖都」の北方三〇キロの地点。聖都の管理下にある演習場。

 「学校」とルクシュテルン校の合同訓練の舞台。丘陵と森林から成っており、聖都の「師団」の演習のほか、保有する車両や外郭迎撃砲の試験が行われている場所になる。


 ミーティングを終え、各班で状況開始の号令を待っている段階。

 これから実施されるのは、アグレッサーチームとの模擬戦。中級以上の神器兵が参加することになっている。少人数の班が演習場の各地点に配置され、二校の各チームと敵役のチームが遭遇戦闘を行う予定。「学校」とルクシュテルン校のチームの中に重要目標に指定された班が一班存在し、それをアグレッサーあるいは、他校から守りきれば勝利。

 二校同士の共通の敵役を持ってこそいれど、完全な友軍ではなく、状況によっては敵と見做すという設定。つまりは潰し合いも許されている。むしろ、この潰し合いが本題だと生徒たちは考えており、それを教師陣も察知していた。

 また、ルクシュテルン側は大多数の生徒が対人制限を解除されている。銃火器こそ模擬弾ではあるが、神器の使用は出力の制限付きで許可されているため、場合によっては損失も出かねない。

 そのため、アグレッサーは敵役という設定ではあるものの、実際の仕事としては衝突の制止役が想定されていた。高い出力を出した神器兵を殺さずに無力化できる者が選ばれている。



「では、自己紹介でもしましょうか」ウルリカは人差指を立てて言った。「開始の合図までは暇ですし、チームの親睦を深めるために」


 暢気な台詞と口調。加えて服装も訓練に適しているとはいえないもの。

 編んだ髪につばの広い帽子とサングラス、薄い生地のストール、黄色のシャツに青いスカート。一人だけピクニックにでも来ているかのような装い。ショルダーポーチのように斜め掛けした拳銃のホルスターと手にした刀がアンバランス。

 ウルリカの神器〈永久の生、白日〉は相手を死に至らしめる可能性が極めて高いため、機能の使用は許可されていない。封印布で覆えば携行も可能だが、万が一封印が破れてしまったときのことも考え、ウルリカは訓練には持ち込まないことにした。その代わり、今回は後輩たちの出番を奪ってしまわない程度には本気でやることに決めていた。


「わたしはウルリカ。見ての通り完全無敵の美少女です。四九年組。はい次、イリスちゃん」サングラスを外して言った。


「このメンツで自己紹介する必要あるか? まあいい、イリスだ、五〇年組。競争紛いのことをやらされるのは気に入らないが、やるからには、ルクシュテルンの奴らに負けるつもりはない」


「パルサティラです。五一年組です。楽しみたいと思います」


「ん、ロズメリー。五一年組。彼氏、見つけたい。白狼は経験多いって聞いたから指導よろしく」


「えっと、アネットです。五二年組になると思います。えと、先輩方に置いていかれないよう頑張ります」


 ウルリカ――茹で海老ヘアー、アンバーの目。公園にピクニックへ行くような浮かれた格好。


 イリス――褐色銀髪の長身。髪を後ろで束ね、黒のパンツ、防弾繊維のベスト、オレンジ色のサングラス。ウルリカの持っているものと同じ軍刀と、刀型神器を提げている。


 パルサティラ――ふわふわと跳ね気味の灰桃色の髪、青い目、縁の厚い眼鏡。ショートパンツ、ノースリーブのブラウス、コットンのパーカー。多節剣型の神器。


 ロズメリー――夜の水面のような艶のある青みがかった黒髪に、前髪が左目にかかる無造作なミディアムヘア、淡緑の目。袖を捲ったシャツ、タイトスカート。コルセット形状の装具でスタイルが際立つ。武装は散弾銃。樹脂部がオレンジ色の鎮圧・訓練仕様。


 アネット――亜麻色の髪に青い目。いかにも可憐で可愛らしい聖女然とした雰囲気の少女。常服と戦闘服を兼ねた白色の制服。封印布が刀身に巻かれた双剣型神器を抱えている。ウルリカにとっては理想の聖女像の具現。



 ウルリカは全員の自己紹介の合間に、ぱちぱちと手を叩いていた。

 イリスはチームメンバーを改めて見回した。


「にしても、神器が封印されてるお姫様と、男を探したいとか言い出したヤツにドМ……、そしてそもそも神器すら持ってきてない頭お花畑のチームか。舐めプチームじゃんか。大丈夫なのか?」


「条件が揃わないと本気を出せない、一番の手加減さんが何を言ってるんですか?」冷ややかに言う。「まあ、本気を出しても弱いのに変わりはありませんが」


「どうした? ここまで機嫌が悪いのは珍しい」


「どうせ、リルさんでしょ。彼女、アグレッサー役だろうし」


「リルのこともそうですが、まぁ、わたしも女の子ですから、色々あるんです」わざとらしく溜息交じりに言ったあと、真面目な口調で。「アグレッサーといえば、ロズメリーちゃんがこちら側なのは意外でしたね」


「うん? ああ、わたしが敵役やると敵役が強くなりすぎるからって先生が言ってた」


 ロズメリーは、対人・対生物において高い危害能力を持っている。作戦時の扱いは、兵士というよりは兵器に近い。兵器といっても戦闘車両や火砲ではなく、爆弾の類。

 そして特性上、能力の強制封印ができない。本来であれば、敵役か、そもそも合同訓練に参加せず待機になるはずの「聖女」だった。


「リルだけでも十分厄介すぎる。それにルクシュテルンのエース級も対抗部隊に入っているだろうし、バランスを考えれば、まあまあ妥当かもね」イリスは言った。


「だとしたら、このチームちょっと強すぎません?」ウルリカは首を傾げ、言った。


 確かに、とアネットが頷いた。

 それをチラと見るイリスとパルサティラ。


 現状において「学校」内最高戦力のウルリカ、準戦略級のロズメリー。この二人は段違いの強さだとしても、残りの三人も高い能力を持っている。

 イリスは突き抜けた特色はないが高い身体能力を誇り、パルサティラは限定的な不死かつ喰らいついたら離さない執念がある。アネットも準上位クラスの優等生。


「完全に対アグレッサーか、横殴り係だよな」


「そうだよね。そりゃあ頑張るには、頑張るけど、このチームはウルリカさんがいるからターゲットじゃないだろうし」パルサティラは腕を伸ばしながら言った。


「気はラクなほうですよね」


「え? このチーム、フラッグだけど」ロズメリーが怪訝そうに言った。


 重要目標であることを示す腕章をポーチから取り出して、見せる。赤色のものが一つ、黄色が四つ。


「は?」


「聞いてない」


「聞かれなかったから。わたしも白狼もいるから何が来ても平気」


「そういう問題じゃないと思います」アネットがおずおず言った。


「はいこれ、みんな着けて」


 唖然とする一同を前に、マイペースに腕章を配っていくロズメリー。

 赤い腕章を手渡されたアネットが、きょろきょろと周りを見て、何か言いたげにしている。一つだけ色が違うということは、何かしら意味があるはずで、その意味を知りたいといった様子。

 イリスが頷きながら、アネットの背を叩いた。ますます頭の上の疑問符が増えるアネット。


「サプライズしろって、リルが」ロズメリーは告げた。続けて、リルが言っていたということにしておけと先生に言われた、と小声で言い足した。


「あのウツボカズラ女――」ウルリカは、噛みしめるように呟いた。リルの名前に過剰反応。


 そのまま風下側へ周り、煙草に火を点ける。片手でマッチを擦り、振り消し、燃え殻を放り投げる。


 皆がその様子をぼんやりと目で追った。

 微かな風が吐き出された煙を流していく。


「はいはい~、作戦会議ぃ~」ロズメリーは手を叩き、気の抜けた声で告げた。


「最終的にはバラバラになりそうだが、方向性は決めておくのは〝あり〟だな」


「いいですね」吸殻を携帯灰皿に放り込み、言った。


「うちらがハイバリューってことは、この妙な班分けも少しは合点がいく。やっぱりなって感じだ、先生らも負けたくはないってことさ」


「なんかズルい気もするけど」パルサティラは呟くように言った。


「どうします?」


「どうって……、極端な話、わたしらがやられなければ、それでいいってことになる」


「一応、リーダーが降参すれば終わり」


「え?」アネットが素っ頓狂な声をあげた。「え、それって、わたしがリーダーってこと――ですか?」


「そう、イリスとどっちにしようか迷った」ロズメリーは、さらりと言った。


 ウルリカは「ふふ」と小さく笑い、イリスは大袈裟に両手を上げた。パルサティラは苦笑を浮かべている。


「なに? 間違った?」不満気に尋ねるロズメリー。


「アネットさんが一番真面目だから、間違ってないと思う」


「確かに、それは違いない」


「やだやだ。一番の後輩に厄介事押しつける先輩なんて、あとで恨まれても知りませんよ」ウルリカがわざとらしく作った声で、責めた。


 ウルリカの言葉に、その場の全員が、お前が言うな、どの口が言うか、と言いたげな目でウルリカを見た。その視線にウルリカは首を振り、肩を竦めてみせた。


「で、アグレッサーには位置バレするんだろ」


「いっそ相手側まで一気に行ってみんな倒してしまうっていうのは?」


「それ多分みんな考えてると思う」


「でも、まずは森に入ったほうが戦いやすいだろう」


「ええ、このメンバーだと開けた所で射撃戦になると不利になりそうですね」


「森に入ったら、迎撃に主眼をおきつつ、あわよくばルクシュテルンのボスを叩く」


「それでいいでしょう。あまり綿密に計画を立てても、気休めにしかならないでしょうし」


「了解」口々に言う。



「ふー、お手並みはいかほどでしょうね」ウルリカは長い溜息を吐いた。


「結局、互いに情報が少なすぎて対策のしようがない」イリスは手をひらひら振り、言った。


「あの、負けちゃったらごめんなさい」アネットが弱々しく言った。


「大丈夫、いざとなったらわたしを盾にしてくれていいから」パルサティラがアネットの手を取り、ふらふらと振った。


 アネットは力なく笑みを浮かべてみせる。


「そうですね、――」ウルリカが言いかけたそのとき、


 訓練開始を知らせるアラームが鳴った。一拍遅れて号砲も聞こえてくる。

 一同は合図とともに談笑を止め、駆け出した。

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