■05: 対抗訓練(2)

 ウルリカとパルサティラを先頭に「聖女」一行は原野を進む。遠くのほうで煙が上がり、微かに銃声も聞こえてくる。早くも演習場の諸処で交戦状態。

 一同が林地へ差しかかろうとしたとき、


「待って!」アネットが叫んだ。


「どうした」イリスが低い声で尋ねた。


「何か変です、見られてるような」違和感を訴える。「いや、もう囲ま――」


 アネットの訴えを遮るように、交通事故のような衝突音が響いた。ひしゃげたアローシャフトが宙を舞う。

 アネットの背へと迫っていた亜音速に達する常識外の矢、それをイリスが鞘に納まったままの神器で打ち払った。

 アネットの被弾は防いだものの、運動エネルギーを受け流しきれずに、イリスも弾かれる。


「散開!」イリスが叫ぶ。


「とっくに散開」アネット以外の面々が口々に答える。


「認識阻害かステルスがいる。アネット、敵はどこに――」


「もう来てます!」焦るアネット。戦闘態勢。


 ウルリカたち「聖女」の一団に、二本の赤い楔が飛び込んできた。

 少年が二人。臙脂色の戦闘服。ルクシュテルンの神器兵。

 アネットを挟み、ウルリカたちを分断する作意は明らか。初動で重要目標狙い。


「アネット!」


 アネットに一番近い位置にいるうえ、初撃を打ち落としたことで脅威度を高めたイリスめがけて、光の矢が降り注ぐ。躱し、弾き落すので手一杯の状況を押しつけられた。狙撃による制圧、行動抑制。遠距離攻撃への対抗手段に乏しい聖女チームには厄介な手。


 孤立したアネットに迫りくる紅衣の刺客。


「いきなり〝当たり〟か。幸先いいぜ」炭灰色の髪の少年が言った。


 彼の握るケーブルで繋がれた双剣の刃が、アネットを襲う。

 アネット、とっさに封印布で包まれた剣で受ける。衝撃が突き抜ける。


「くぁ――」小さく喘ぎが零れる。


 体格差に加え、不意打ち。苦しいアネット。追い打ちをかけるようにもう一人の少年が肉薄する。アネットには見覚えのある人物、先日のイリアシュタット派遣の際に会ったラルス。


 アネットの脳裏、先輩たちごめんなさい、詫びの言葉が巡る。万事休す。思わず目を瞑りそうになる。


 ふっと、腕に伝わる重さが消え、視界に何かが躍り出た。

 パルサティラが双剣持ちを蹴り飛ばした。

 アネットとラルスの間に割り込むロズメリー。散弾銃の銃口がラルスの眼前で鈍く光る。


「あなたの相手はわたし」ロズメリーは言い、引き金を引いた。


 素早く二射。

 訓練用の低致死弾だとしても高確率で致命傷になる距離。これに反応できなければ話にもならない。ロズメリーにしてみれば、軽い挨拶。

 ラルス、銃撃を躱し、ロズメリーに殺気の焦点を合わせた。


「ハハッ、コイツは厄介そうだな」隠しきれぬ戦意を誤魔化すように、おどけてみせる。「上級だろ、お前さん、資料で見た」


 それなりに勉強熱心なラルスは、事前資料で手強そうな「聖女」を予習していた。目の前の少女は上級戦力として記載のあったロズメリーだ。警戒すべき対象で、このチームの中で相手が務まるのは自分くらいだろうと考えた。ラルスには高い能力と、自信がある。


「へえ、物覚えがいいんだ……。すごいなぁ――すごい、本当に、そう」ロズメリーは真面目な調子で言った。


「……要注意の相手をチェックしておいただけだ。そこまで感心するようなことではないだろう」ぼやく。


「わたしも予習はしてきたけど、全然思い出せない。だからあなたはすごい。すごいと思ったことは、どのくらいすごいかに関係なく、すぐ言っておくべき。こういうの大事」


「そうか。だとしても戦いに来てるんだ、評価されるならそっちのほうでされたいものだけどな」肩を少し竦めてみせた。


 それもそうかも、とロズメリーは小さく笑みを浮かべた。



 二人が軽く言葉を交わしていると、大袈裟に痛みを訴えながら、蹴り飛ばされた少年が立ち上がった。


「クソッ、やりやがったな。もう少しだったのに」首に手をやり、言う。


 少年は、アネットの手を引き遠ざかるパルサティラを睨んだあと、指示を仰ぐようにラルスを見た。

「ヤン、平気だな。俺はこいつをやる。きみたちはフラッグを潰してくれ」


「了解。しかしノーラが……」


 ノーラという名のルクシュテルンの生徒は、真っ先にウルリカに攻撃を仕掛け、二人は既に一団とは離れた所へ移動してしまっていた。


 ラルスは、放っておけ、と首を傾げた。ヤンと呼ばれた少年は頷き、無線機に呼びかける。


「シモーネ、アロイス――、俺たちで逃げた目標を追撃する」


「わかったわ」気怠げな調子の返事があった。


 声とともにどこからともなく現れた赤い髪の少女――シモーネは見せつけるように欠伸をして、生地のない骨だけの傘を回している。傘としての機能の欠けた、奇妙な傘は、それが少女の神器であることを隠すことなく主張していた。


「にしても、さっきの吹っ飛ばされ具合、傑作だったわ。カメラを持ってなかったのが残念ね」


「言ってろ」吐き捨てる。


 ヤンは身を翻し、森の方へと向かう。シモーネも彼に倣う。去り際、声を出さずに「カッコつけんな」と言い残していった。


 場を離れる二人を流し見、口を開くロズメリー。話すタイミングを見計らっていた。


「お話は終わった?」


「追わなくていいのか、旗役が追われているんだが」


「ん、強そうなヤツを止めるのがわたしの仕事。あなたを行かせないだけで、あっちの負担はかなり減る。あなたこそ、行かなくていいの?」


「こっちもお前を足止めできれば、仲間の勝率が上がる」


「願ったり叶ったりってやつ?」


「違う気もするが……。まあいい、そういうことにしておこう」


 それきり言葉もなく見合うロズメリーとラルス。


 お互い、出方を窺っている――わけでもなく、ロズメリーは目の前の少年の顔と名前をうろ覚えの事前資料と照らし合わせようと試みていた。気合を入れて〝予習〟をしたが、あともう少しのところでその成果が出てこない。歯痒さのあまり、自分の頭の信頼性のなさに悪態を吐きたくなる。対するラルス側も、難しい顔をしてジッと見つめてくるロズメリーの一挙手一投足を注意深く窺っている。ロズメリーが強いという情報を持っているがゆえの不必要な警戒。


 しばしののち、ロズメリーは考えるのをやめ、楽な姿勢をとった。ぼんやりとラルスを見据えている。急にどうしたのか、と困惑するもより警戒を深めるラルス。


「――ええと、こういうときはなんて言うんだっけ……」斜め上を見て言う。「お手柔らかに? 優しくして?」


 惚けているようにも見えるが、ロズメリーは大真面目だった。数少ない同年代男性との対面の機会。別の都市の人物ともなれば、希少も希少。記憶力に乏しいロズメリー、そんな彼女が覚えているくらいには出会いの機会はなかった。ロズメリーはロズメリーなりに緊張しているし、内心では男子と話せたことに喜び、浮かれてもいた。有り体に言えば、ワンチャンスがあるとも期待していた。


「旧第一九番都市、『学校』所属、ロズメリー。よろしく。改めて言うけど、優しくして、ね」シャツのボタンをいくつか外すと、軽く膝を折り、身を低くして礼をした。


 場違いな挨拶の仕草。挑発の意図もあるが、参照元がウルリカゆえに妙な気色も混ざる。ロズメリー的には、ウルリカは色々な意味で煽りの精神の塊だった。


「挑発のつもりか」


「お好きに」


 散弾銃へ消費した分の弾薬を装填し直す。二発を一動作、習熟した手つき。流れるような動きで、射撃姿勢に移る。銃床を肩に乗せ、銃を横向きに。銃口はラルスを捉えている。

 フッ、とラルスは小さく笑い、自身のガンブレード型神器の切先をロズメリーに向けた。


「ルクシュテルン校のラルス・ヴァイス。訓練やら『聖女』やら、新型とかはこの際、やめだ。お前に勝って、俺は己を証明する」

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