■04ex: 間
「リル~。わたしが来てあげましたよ~」
病室のドアを開け放ち、ウルリカが入ってきた。ノースリーブのワンピース、淡緑の肩掛け、薄い色のサングラスといった格好。
「ノックくらいしてよ」リルは上体を起こし、呆れたように言った。
イリアシュタットでの戦闘で負った傷の治療と経過観察のため、リルは「学校」の医療部に併設された病院に入院していた。
入院から十日以上経過しており、すでに包帯は取れ、数日後には退院といったところ。本来なら、これほど早く治癒する傷ではない。こうした高速復帰を可能とするのが「聖女」の回復力と「学校」の技術だった。
「する必要がないタイミングを見計らってきたんですよ。はい、これお見舞いです」
ウルリカはサングラスを外し、青いバラの花束をベッド上のリルへ手渡した。
「ありがと」
「ふふ、あなたに似ていると思って」
「どういう意味さ。にしても来ないかと思った」
「まぁ、わたしはわたしで忙しいですから。今日はちょうど医療部に用事があったからそのついでです。それに、あなたもたまには一人になりたいでしょうし」
ウルリカは、ベッド脇に築かれたお見舞いの品の山を見ながら、鼻をスンスンとさせている。
「ちょ、犬みたいなことはやめてよ」
一瞬、ムッとして、目を細めるウルリカ。
「誰が盛りのついた犬ですって?」
「そんなことは言ってない」
「冗談です」口に手を当て、控えめに笑った。「ねえ、このたくさんのお花とお菓子は誰から?」
「ああ、これね。聖下からだってさ」
「でしょうね。あの子、あなたの大ファンですものね」頷きながらもいじらしい声音。「自分の身辺警護人に指名するほどの。はぁ、本来なら違法なのに特権使うなんてズルいお方です」
ウルリカは自分の持ってきた青いバラの花束と、色とりどりのバラの花籠とを見比べる。
「にしても、バラで被ってしまいました。これではなんだかわたしが惨めになってしまいます」
「あんたのも嬉しいよ」
「わたしと聖下、どっちのほうが嬉しい?」
「それは聖下」
「むむ」
「なにが『むむ』だよ。あたりまえじゃん。ありがたみが全然違うでしょ」
「ひどい」
「お菓子は食べていいよ」
「いいんですか。あなたにでしょう?」
「確かにわたし宛だけど、聖下からのはあんた宛てでもあるから。そういうつもりで用意してくださったんだと思うよ。それに、そもそも聖下がわたしなんかに――」
「そういうのいいので」
リルが言い終わる前に、積まれた箱を手に取るウルリカ。
一人で露店でも開いているかのように並べて一つ一つリルに見せていく。
「――お見舞いと言ったら、やっぱこれは外せませんよね」
聖都でも指折りの高級菓子店の折詰。中身の菓子はもちろんのこと、箱と包装紙も最上級のものを使っている。
一人頷きながら、次の箱を見る。
打って変わって庶民的な店のもの。贈答用にはあまり選ばれない。
「これ美味しいやつですよ。定番どころだけではなくて、こういうのを選ぶのはさすが聖下、わかってらっしゃるなって思います」
「何の人だよ」
「リルの保護者です、なんてね。あっ、こっちは聖下からのではないみたいですね」リボンに挟まれた手紙を流し読みながら言った。
「ああ、そっちは看護師さんから」
「ふーん。ずいぶんと熱烈なお手紙付きですこと。この人さっき入れ違いになった人ですね。同じ匂い」
「……」
「退院したらガートのご機嫌を取らなきゃダメですよ、ちゃんと」
「わかって、ます」
「ま、別に怒ってはいないと思いますけど。そういうタイプではないから彼」
ウルリカ、窓の外を見やる。
「さ、そんなことはどうでもいいんです。はい、手、どうなってるのか見せてください」
「どうなってるって……、別にどうもこうも」
左袖を捲って、腕を見せる。多少肌のきめが粗くなっているものの痕は残っていない。
「よかった」
「うちの医療部は優秀だからね。何を心配してたんだか」
「戒めとしてわざと痕を残しておくとか考えそうだからです」
「そういうのは、もうしないよ」
「……そう」
沈黙。
ゆったりと時間が過ぎていく。
午後の陽気で、うとうととし始める。
「おっと、いけない」
ウルリカは思い出したように、一人品評会をした跡を片付け始めた。
「さて、そろそろわたしは失礼しますよっと。戻ったらお祝いでガートと三人で食事にでも行きましょう。奢ってあげます」
サングラスをかけ、席を立ち、ドアへ向かうウルリカ。
呼び止めるリル。
「ちょっとお菓子とか持っていかないの?」
「あなたへ贈られたものなんですから、あなたが退院するまでは病室に置いておくべきだと思いますよ。あなたがいいって言っても、他の人から見ればそうではないかもしれないでしょう? わたし、人のお見舞い品を横取りするような女だとは思われたくないもの」
「いまさらだよ」
「だとしてもですよ」にこりと笑う。
「じゃあ、ちゃんと休んでくださいね」
手を振ったあと、大袈裟な動作でキスを投げるウルリカ。それに肩を竦めて答えるリル。
丁寧に扉が閉じられる。
ウルリカの気配が去ったことを確かめたあと、リルは青いバラの花束を胸に抱き、長く息を吐いた。
疲れたというわけではないが、たった十日ほど会っていないだけでこれほど緊張するのか、と思った。
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