■04: 記憶の方舟(6)
リル、アハト、双方、互いの力量や戦法を窺う攻防。
打ち込む、躱す、踏み込む、受け流す。その繰り返し。
わざと隙を見せ、誘う。相手の動きをコントロールして隙を突きたいが、噛み合わず攻めあぐねるリル。リーチと体格の差が効いている。
アハトはリルが様子見に徹せざるを得ないことを見抜いてか、大胆に攻めに転じた。
一撃一撃に重みが乗る。
守りに入らざるを得なくなるリル。避けきれずに、ナイフで剣を受け流し、弾く。
火花が飛ぶ。
リルの右側を積極的に狙ってきている。目が見えていないと踏んでの攻撃。
実際、リルの右目に正常な視力はない。しかし、黒い特殊義眼は活性法石の反応を捉えることができる。
この場に限れば、アハトの心臓とその付近の太い血管部は右目でも見えているが、剣筋は視認できないため右方向は死角であることに変わりはない。
打ち合いに耐えられず、ナイフが砕ける。
とっさに投擲。
アハトは、それに構わず投げつけられたナイフごと大きく横に薙いだ。
リル、敢えて突っ込む。ここで後退するのは危険だと判断。
潜り込むように、すれ違う。
二連の斬撃が空を斬った。リルが退いていたら立っていたであろう位置。
「ほう、これも避けるか」
「いやらしい男」
シャツの右側の襟に引っ掻いたような線状の跡が残っている。
「弱点を狙うのは定石だ。だが、お前さんの場合は弱点だと理解しているから決め手にならんな」
「死角側から首を狙われるのは慣れているもので」死体の装備から新しい武器を拝借。肘から指先ほどの長さの刃渡りの銃剣。「どうした? 話かけたりなんかして、疲れたのならもうやめにしましょうか」
「はは、まだだ。やっと準備運動が済んだところだ。楽しくなってきたな。お前もそうだろう」
「まったく、どいつもこいつも」
一気に詰めるリル。加害距離的に不利である以上、懐に入り込むしかない。銃を使っても、おそらくは銃口の向きで射線を見切られる可能性が高い。
肉薄、右手の銃剣による攻撃だと見せかける。
アハト、受けようと構える。
掻い潜り、左手で掌打。鳩尾を狙うが防弾プレートに阻まれ、最大の威力は発揮できない。しかし、胸部への打撃はわずかな隙を作るには十分だった。
一瞬、息が詰まるアハト。
リル、その隙を逃さず、顎へ蹴り上げを放つ。
アハト、それをすんでで躱す。足が顎先を掠める。
視界からリルが消える。
しまった、と思いかけたとき、彼の背に衝撃が走った。腹の中で凍てつくほどの冷たさと焼けるような熱さが染みる。
背後からの刺突。四〇センチの刃が装具の隙間から侵入。切先が胸側の防弾プレートに当たり、衝突音が響く。
リルの手に鈍い振動が伝わる。
捻り込む。
リルの膂力、防弾板との衝突で銃剣は折損。
素早く後退。
アハト、振り向く勢いのままに剣を薙ぐ。刀身に炎が宿る。
刃がリルを追う。
身体を反らせ、ギリギリで躱す。胸先を刃が掠める。
背後の壁が熱と斬撃の衝撃で破壊される。
リル、避けた勢いのまま後方へ倒立回転し、体勢を直し、アハトと向き直る。
アハトの握る太刀の刀身に薄っすらと炎が揺らいでいる。
適合者の受けた傷害に応じて出力を増強、あるいは放出するタイプの神器か。頭の中で反芻するように呟いて情報を整理。
いままで機能を使ってこなかったのは、手加減や不具合ではなく条件を十分に満たしていなかっただけだろうとも。
さきの一撃で心臓こそ破壊できなかったが、腎臓か肝臓に刃が通ったはず。普通であれば致命傷。しかし相手は普通の人間ではない。この手のカウンター系の機能を有する神器は生命維持機能もセットの場合がほとんど。それを過信し火力を出すためにわざと被弾し、引き際を間違えて戦死する例をリル自身も幾度と見ている。総じて高いバランス感覚の要求される神器の系統。脱走し一線を退いたとはいえ、今日まで生き長らえてきた彼は高い技量を持つと再確認。
アハトへの評価、脅威度を修正する。
どう対処するか。
神器の生命維持機能の許容量を超えるまで逃げ続けるか、距離を保つか。それはリスキーだと判断。おそらくは他の剣や槍型の神器と同様に投擲時必中の効果があると推測。最悪、斬撃必中や長射程化の可能性も考えられる以上は、下手に時間をかけて出力を上げさせるわけにもいかない。
次で決める。
そう考えたのはリルだけでなく、アハトも同じ。
アハト、踏み込む。リルが動く前にカタをつけようと。
リル、死体をアハトへ向かって放り投げる。
「外道が――ッ」
振りかけた刃を止め横へ避ける。
その隙、リル、横合いから蹴りつける。
アハト、反応が遅れ、もろに蹴りを受け、壁へ叩きつけられる。その勢いのまま、壁を崩し外へ。
リル、疾走し追撃。
ギリギリで受け身をとったアハト。考えるよりも先に迎撃態勢。左手を突き出し、肩に担ぐように太刀を構える。
目標に向かい一直線に飛ぶリル。
一〇メートルほどの距離だが、アハトにはもっと長いように思える時間。
互いに、神経を研ぎ澄ます。相手の呼吸まで聞こえるほどに。
大太刀のレンジに入る。ギリギリまで出方を窺い、振り抜く。
リル、紙一重で躱す。
躱されるのは想定の範囲内。次の一振りが本命。
それよりも早くリル。刃の背を押さえ、剣を握る腕を掴む。
勢いと体重移動で、捻り、投げ飛ばす。相手の腕を潰し、投げざまに剣を奪う。
投げられたアハト、なんとか姿勢を保ち両足で着地。一、二メートルほど滑り膝を突いた。
だらりと垂れた右腕は布を絞ったように捻じれ、血が滴っている。
「やはり足りないか……」やられた、というふうに力なく笑う。
彼もかつては手練れの神器兵の一人であり、並みの相手であれば勝てる力をいまでも持っていた。それでも現役の上級聖女には競り負ける。相手は神器なしという自身にとって圧倒的な有利条件下でも。
自らの衰えと、想像以上の実力差。
降伏のチャンスを捨て、武器まで奪われてしまったとなると「奥の手」を使わざるを得ない。
「この手は使いたくなかったが……」
杭状の法石結晶を取り出す。薄く紫がかった黒い結晶。角度によっては緑の光も混じる。
「あなた、死ぬよ」
「はは、初めから殺すつもりで来ていて何を言う。だがお前……、その目、見えているな? なら、話は早い。これが俺の役割だったということだ。あのお方はこうなることを見越していたんだな」長い溜息を吐き、真面目な口調で続ける。独白のような。「……あのお方とは、我々の扇動者のことだ。彼女は自身のことを『残響』と名乗っていた。黒い少女。アレは人間でもケモノでもない。もっと不自然な何かだ。彼女の正体は大した問題ではない。それ自体に意味はない、俺にとってはな。そうだな、奪われていたものを取り戻す、それが彼女の目的だ。彼女の言う奪われていたものが何を指しているのかは俺にはわからないし、詳しく中身を知りたいとも思わない」
「どうして――」
「この計画に乗った奴らは何かを取り戻したい人間が多かった。追い詰められ、暴力しか手がないと思い込んだり、思い込まされた者たちだ。俺も、自分の力をもう一度必要とされたかったんだろうな。結局、兵器として生まれた以上は戦いの中にしか存在理由を見出せなかった。そのチャンスが得られれば、〝彼女〟の目的や、仲間の求めるものは些細なものだった。それらに個人的な思い入れはないが、彼女たちが成し遂げるものが大きければ大きいほど、手を貸した自分の戦いに価値があったのだと実感できる。それを見届けられないのは、少しは残念ではあるが……。いや、むしろおぞましい結末を見ずに済んで幸せなのかもしれないな、お前たちからすれば。――確かに、コレを使えば俺は死ぬ。そうだとしても、そうしてでも、俺はお前に勝ちたい」
「……」リルはうまい言葉が出ず、ただ首を小さく横に振ることしかできなかった。
「せめてもの礼だ、受け取れ」
「ちょっと――」
「勝利と自由を!」
リルが口を開きかけるも、アハトはそれをよそに結晶を胸に突き刺した。
熱と蒸気が突風のように吹き抜けた。
肉体が泡立ち、肥大化していく。
三本腕。鋭い爪。艶のない深黒の体躯に、その半身を覆う濡羽色の長い毛。露出した心臓は赤熱し、体表には心臓を起点に亀裂が走り、赤い光と血が漏れ出ている。その血は比喩ではなく、火のように燃えている。発火する血が毛を伝って流れ、躰に炎を纏う。
頭部は無数の尖った小骨によって覆われ、目は塞がれ、口も完全には開かないようになっている。棘の兜や冠のよう。
蒸気が立ち昇り、背後の景色が揺らぐ。
凄まじい熱。
放っておけば、周囲の酸素や可燃物を喰らい尽くしてしまいそうな圧迫感と自由さ。
熱気と重圧に晒され、汗が噴き出てくる。地面に含まれる水分と流れ出た汗が蒸発し、その湿気と熱に息が詰まる。
「獣化……した?」
リルの予想とは異なる展開。
法石を用いて自己強化するものだと思っていた。
神器兵には意図的に半暴走化し、出力を上昇させるという奥の手がある。リミッター解除の類で、半暴走状態とはいえ、あくまで制御下にある疑似暴走。
さらには法石を使うことで、制限を完全に取り払い、瞬時に最大値を指定できる裏技も存在する。リルは彼がこの完全な制限解除を行うものだと考えていた。
こうなることがわかっていたなら、無理にでも止めていた。介錯人をやりすぎて、最期の要求を認めてしまった。自分の甘さだと、俄かに自分を責めそうになる。
「また準上位相当か。なんでまた、こうもポンポンとヤバそうなやつの相手をしなくちゃならないのか」独り言。
カテゴリー上は準上位と推測できる。しかし同じ格でも先日の女王蜘蛛とはわけが違うことは一目瞭然。このケモノに群れはないが、個体としての力は圧倒的で、明確に破壊や戦闘に特化していることが見て取れる。
リルの手元にあるのは、アハトの遺した炎の太刀のみ。いまの装備では眼前のケモノを排除することは容易ではない。
「ガート、援護はできる? 大物が出た」無線で呼びかける。
ほとんど間を置かずに応答。『リル? ごめんムリ。こっちも手一杯』
断続的な銃声や、怒号、叫声がバックに混じっている。ゲルトルード自身もあまり余裕のなさそうな声音。
「わかった。こっちはこっちで片付ける」
通信を終え、ケモノに向き直る。炎熱のケモノはリルを待っていたかのように、ただ泰然と立っていた。
「いいわ。これがあなたの望んだ最期であるなら、わたしがそのようにしてあげる」
柄の長い片刃の大剣を両手で構えるリル。
応えるように、ケモノも半身の構えをとった。
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