■04: 記憶の方舟(5)

 突入したリル。


「お見事。成功」袖口のマイクに話しかける。


『武器破壊の報奨ちょーだいね』


「わかってるよ。ごめんね。仕事に戻って」


『了解。そっちも無理はしないでよ。イリアシュタットの部隊も分隊規模だけど向かってるから』



「ははは、思ったよりも早いし派手だな、おい」リーダー格の男は、芝居がかった口調で言った。


 ゆっくりと辺りを見回すリル。人質の様子に、敵の配置と数、装備を確認していく。突入時には椅子に縛りつけられた少年の陰に隠れて見えていなかったウルリカに目が留まった。

 後ろ手に縛られ、半裸で跪かされている。加えて人質の一人が処刑寸前。


「ふぅ。街の警備を出し抜くだけの力があるのだから、敵ながら優れた〝兵士〟だと思っていたのだけど。ずいぶん余裕があるのね」リルは誰に向けてというわけでもなく言った。



「捕まえろ」リーダーの男がウルリカの肩を掴み、命令。


 扉から近い位置にいた二人の武装犯がリルに迫っていく。リルはその場に、立っているだけで、逃げる素振りも戦おうという素振りも見せない。

 一人がリルの手を掴もうと、手を伸ばした瞬間。リルは武装犯の手を掴み、一気に引き寄せ、盾にするように背後に回り、彼の腰に提げられた拳銃を奪った。

 もう一方の武装犯がとっさに自動小銃の筒先を上げるが、彼が引き金を引くよりも早く、リルは拳銃の安全装置を解除し撃った。


 銃声と着弾音。反響。観衆の耳と全身を揺らがせ、身を強張らせる。

 撃ち出された銃弾は頭に命中。撃たれた武装犯は後ろ向きに突き飛ばされように倒れた。彼らの防弾装備は超至近距離だろうと拳銃弾を停弾できる。しかし、彼は撃たれたのは人生で初めてのことで、想像以上の衝撃と音に驚き、混乱、転倒した。

 リルはその隙に、拘束した男の膝を折り跪かせ、防弾装備の隙間がある首筋から頭側へ三発。

 最初に被弾し倒れた男が呻きながら立ち上がろうとしているが、彼の頭を押さえ後頚部から心臓や肺に弾が到達するように射撃。ステープルガンで板を留めるかのような、人を撃っているとは思えない流れるような動作。十数秒にも満たない間の出来事。



 様子を呆けたように眺めていた残りの武装犯たちも脅威を理解したのか、号令をかけられる前にリルへ殺到。

 五人の武装犯、A~E。

 撃ち切った拳銃を正面先頭の武装犯Aに投げつける。拳銃とヘルメットのぶつかり合う鈍い金属音が不気味なほどに響く。Aは絵に描いたように盛大に倒れ、受け身もとれず後頭部を打ちつけた。後続の四人は彼を避けようと広がる。


 リルは落ちた自動小銃を拾い上げ、慣れた手つきでセレクターを単射に設定、コッキングレバーを引く。装填済みのカートリッジが吐き出される。

 狙いもそこそこに発砲。不幸にもランダム射撃対象に選ばれたのは武装犯B。鳩尾付近に命中、非貫通。撃たれた衝撃で、つんのめりながら倒れ込む。そこへ追従するようにさらに五発。胸部や浅い角度で中った二発以外はアーマーを貫き体内へ侵入。対人用途に設計された弾丸は臓器や重要な血管を傷つけ致命傷を与えた。


 リル、銃を左手に持ち替え、姿勢を低くし、射撃を続ける。武装犯Cの下腹部に命中。うつ伏せに倒れる。

 Dが掴みかかろうとリルの背後から迫る。躱して足を払う。

 転んだDに数発。


 一息、リル。


 芋虫のように倒れもがいているCの頭に、冷静に狙いをつけ一発。ついでとばかりに弾倉に残った弾を死体へ向かって撃ち切る。

 血溜まりが広がっていく。

 自動小銃を無造作に投げ捨てる。血溜まりへ飛び込み、バシャリと音を立てた。

 死体の手から散弾銃を剥ぎ取り、装弾を確認。

 ゆっくりと、残る武装犯を振り返る。


 Aを介助しようと、彼に寄っていたEはリルと目が合った、後退りながら銃を構えた。彼は、恐怖や初めて人の形をしたものを狙う緊張など様々なストレスで震えながらも、リルという眼前の脅威を確実に排除しようと彼女の頭に照準を這わせる。

 リルは、ゆらゆらと武装犯Eを試すように揺れたあと、素早く体を傾け、引き金を引いた。胴に命中、よろめく。

 起き上がろうと膝を立てた武装犯Aの関節を撃ち、立ち上がれなくさせる。続いて武装犯Eに詰め、内腿部に一発、首にもう一発。


 弾切れ。

 後に残され、泣くように喘いで地を這うAの後首に銃床を垂直に振り落とす。

 用済みとばかりに散弾銃を放り投げる。



 呆気にとられた様子のリーダー格の男。

 現場の武装犯はすでに彼しか残されていない。次は自分の番であることは明白。


 出方を窺っているのか、男を見つめ動かないリル。警戒している。

 男側もウルリカ、リルを見やり、悩むような戸惑うような素振りを見せている。


「クソ、だがしかし……」


「別にあなたが手を放してもわたしは逃げませんよ」彼にだけ聞こえるように言った。「戦士として死ねる最後の機会ですよ」


 男には、それが悪魔や魔女の囁きにも思えた。


 しばし逡巡するように宙を見つめるも、やがて決心したようにウルリカから離れ、リルを見据える男。

 一歩一歩と踏みしめるように、間を計るようにリルへと近づく。右手は背に担いだ剣の柄に触れている。


「どうした、かかってこないのか?」


「残りはあなた一人だけ。諦めて降伏するのが頭のいい選択だと思うけど」


「それは双方にわずかでも利益がある場合の選択肢だ。今回の場合、こちらにメリットは何一つない」


「生存は利ではないと」


「そうだ。生きることは与えられた理であり、求めるものではない」


「だとしても、あなたを活かすことを必要としている者もいる。具体的に言うと欲しいのは情報。今回の〝事件〟のこと。あなたが主導者ではないってことは想像に難くない。協力してくれれば――」


「仮に捕らえられたとしても話すことは何もない。お前たちの知りたいだろうことは、お前たちがそれを知ったところでどうしようもない。お前たちには扱えない情報だ」


 背の剣を降ろした。柄の長い、反りのある片刃剣。男がその柄を握ると、キィと小さく笛のような音が鳴った。その刃は持ち主に呼応するように仄かに赤く明滅している。


「やっぱり神器か、それ。どこかの脱走兵か」


「脱走兵……。ある意味ではそうとも言えるが、見捨てられた、と言ったほうが正しいな。未帰還者の生存率は極めて低い。部隊全員の安否を確認してから現場を離れる余裕が常にあるとは限らない。選択としては間違いではない。だから見捨てられたこと自体は恨んではいない。どのみち過ぎたことだ」


「そう。なら投降しなさい。いまなら一九番都市の権限であなたくらいなら保護できる」


「そうやって引き延ばすことで俺から情報を小出しにさせるつもりか? それとも援軍が来るまで時間を稼ぐのか?」


「いや、ただの手続きよ。わたしは別にあなたのことはどうでもいい。あなたの持ってる情報が欲しい人はいるけどさ、それをあなたが吐くとは思えないし。もし吐いたとしても、あなたが言ったようにわたしたちには見方がわからないだろうね。わたしにとってこの場で優先されるべき仕事は、高価値個体の保護と優先目標の排除。つまり、そこで恥じらいもせず裸になってる彼女と、あなたのこと。あなたが神器兵じゃなかったら、テキトーに縛って当局に突き出すだけで済んだのだけど」


「なるほど、『聖女』というのは面白いな。もっと早く出会いたかったな」感傷的な目。すぐに切り替え、低く響くような声音で告げる。「だが、お前は仲間を殺した。付き合いは短く、愚かな連中だったが、それでもいまはあいつらが仲間だ。俺にはその権利がある」


「無茶苦茶だな、それは。だいたい、さきに仕掛けたのはそっち」


「そうだ。お前の言葉を使うなら、これは手続きだ。話が通じない。だから交渉は決裂し、俺はお前たちへ刃を向け、お前は俺を殺す。そういうことだろう?」


 懐から仮面を取り出し、装着。


「あなた、名前は?」


「アハト、いまはそれで十分だろう」そう答え、構えるアハト。


 リルは近くの死体の腰からナイフを二本抜き取り、右は逆手に、左は順手に握った。クリップポイントのブレード、着剣装置付きの鍔、革製ハンドル。好みのスタイルではないが、贅沢を言っていられる場面でもない。


 二人は同時に地面を蹴った。

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