■04: 記憶の方舟(1)

――一〇五三年五月。


「リルはこういう任務は嫌いだから拒否したんですよ。いいですよね、仕事を選べる人は」


「まぁいいじゃん。そっちは街の巡回だろ。こっちはキャンプでずっと即応待機。街に入れないし、あんたと違ってホテルのベッドで寝れないんだけど」


 ブリーフィングが終わり愚痴るウルリカと、同じように文句で返すゲルトルード。



「学校」の礼装に身を包んだウルリカ。

 紺と金で装飾された純白のワンピーススタイル、膝丈のスカート。白い編み上げブーツ、小振りの白いベレー帽。斜めがけのホルスター。

 対し、ゲルトルードは都市迷彩の戦闘服。ブルパップ式の自動小銃を提げ、自身の神器が入った防水防塵の樹脂ケースも携行している。




 イリアシュタット。

 第一九番都市「聖都」から西方五〇〇キロほどの場所にある都市。百年前の戦争時に投下された法石爆弾の爆心地に最も近い街で、残された巨大な法石塊は歴史的、景観的にも重要な資源として保存されている。

 以前は過去の大戦の傷跡以外にこれといった目立つ〝売り〟はなかったが、近年は観光業に力を入れており、街並みや芸術にも大きな見どころがある。また、爆心地とは都市を挟んだ反対側の土地に広がる湿地や森も街の発展を支えてきた。この緑地は都市の一部として壁に囲まれ外部に開放されていないが、観光ツアーを行う計画が立ち上がっていたりもする。


 今回の任務は、このイリアシュタットで開かれる終戦記念式典の警護。

 式典には付近の各都市の代表が集まり、「聖都」からは聖下と市長が出席することになっている。


 しかし、「聖女」たちは警護任務を全うすることはできない。

 まず前提として、イリアシュタットでは都市の警備人員以外は原則として武装解除が義務づけられている。もちろん神器の持ち込みは不可。拳銃は正装の一部として認められているが、弾薬の持ち込みはできない。そして「聖女」自体が兵器の分類に入るため、特例で都市に入れても式典会場までは進入できないという奇妙な制限も課せられていた。そのため、式典警護という任務目標の完全達成は厳密には不可能、そのような理屈。


 今回の件では聖下と市長には聖下直属のボディーガードや「師団」のエージェントがつき、イリアシュタットの警備局が補助することになっている。いくら戦闘能力が高くとも、外見上は少女で、警護対象よりも小柄な者の多い「聖女」は要人警護には適していない。彼女たちは〝狩る〟ことには長けていても、守ることも同じとは限らないという事情もあった。


 それではなぜ、ケモノの大群が押し寄せてこない限り出番のない「聖女」が派遣されているのか。簡潔に一言で言い表すならば〝政治的〟な問題だ。「聖都」の最大派閥が聖堂であることから〝神話の時代の神聖な遺物に選ばれた少女たち〟は単なる兵士以上の意味を持っている。その展示を行う場の一つという認識。




「お土産買ってきますから」


「一応は楽しみにしておこうかな」


「あ、あのっ!」二人の横で少女が声をあげた。


 ウルリカとこの式典期間中ペアを組むことになっている後輩の「聖女」。透明感のある亜麻色の髪に、青い目。可愛らしくも通りのよい声。ウルリカとは違い、白色のトークハットに、紺と金で飾りのあしらわれた光沢のある白い革靴を身に着けている。


「ああ、ごめんなさいね。こちらで勝手に盛り上がってしまって」


「いえ、あの、ウルリカさん。……アネッ、アネットっていいます。よろしくお願いします。えと、あなたと組めるなんて、なんというか、ものすごい光栄です。未熟者ですが、ご指導のほどよろしくお願いします」


「そんなに固くならなくてもいいんですよ。今回のお仕事は街を見て回っているだけで終わりますから。観光だと思ってもいいくらいです」


「さすがです。ウルリカさん、いや、ウルリカ様ほどになるとこのような任務はピクニックのようだと」


「いや、夢を壊すようで悪いけど、こいつはホントに遊ぶ気だぞ」


「え、そうなのですか? そうか、でもゲルトルード先輩が言うならそうなのかも」


「なんでガートの言うことはすんなり受け入れるんですか」


「日頃の行い。ま、実際のところは前に任務と訓練で一緒になったことがあるからだよ。雲の上の存在と化してるあんたとは距離が違うのさ」


「え、ちがっ、いや、そんなつもりじゃなくて」


「わかってる、わかってる。憧れの先輩と一緒になれてよかったな。色々と勉強になると思うよ。いや、むしろキミがウルリカの引率役みたいなものかも」


「あのー、わたしは別に任務放棄してふらふらするほど不真面目ではないんですが。この子には気を張りすぎる必要はないって言いたかったんです」


「そんな、わたしのために気を遣う必要はないです」


「そうかしら? だってこれから四日間わたしたちは寝食を共にする相棒なのですから。いえ、姉妹ですかね? そう、姉と呼んでもいいんですよ、アネットさん」


「え、そんな。え、いいんですか」戸惑いながらも目を輝かせている。女学生同士のある種の絆に関心を持っているような。


「後輩で遊ぶな。アネットもさ、いまはウルリカは〝お姉さま〟かもしれないけど、すぐにそんな気持ちはなくなるぞ。覚悟しとけよ」


「はい」


「聞いてないな」


「さあ、早く荷物を宿に預けてご飯にでもしましょうか。移動で疲れたでしょう。去年も来てますからいいところを知ってますよ」


「はい、お姉さま」



 その夜、街のレストランで四人がけのテーブルを埋めるほどの料理を一人で平らげるウルリカを見て、アネットは憧れの先輩へ抱いていたイメージを早くも修正することになった。

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