■03: おおかみさんとかためのかりびとさん(2)
一時二〇分を回った頃。
商業区の映画館で映画を見終わったウルリカとリルは、映画館の近くの小さなレストランで少し遅めの昼食にしていた。
注文を終え、料理ができるのを待つ間、しばし沈黙が続いたあと、リルが口を開いた。
「あんたさ、映画観て泣くなんて意外だったな」しみじみとした口調。
「お恥ずかしい」
「夢を追って頑張るみたいなところもあったけどさ、ほとんどサイコホラーみたいな内容のどこに泣ける要素が」
二人の観た映画はジャンル分けをするならば、サイコロジカルホラーや青春ものにあたる。
人里離れた寄宿舎で、歌や踊り、演技を行うグループとして活動するための研修中の十二人の少女たち。生まれや育ち、性格も好みも異なる彼女たちだが目指すところは同じだった。ある日、一人が自殺し、それを合図のように奇怪な現象が起こり始め、やがて残りの少女たちにも恐怖や狂気が伝染していく。というような内容。
ところどころ偏愛的な描写があるものの、全体的に静かで淡々としつつもリズム感のある、芸術音楽のような印象を与えるフィルム。
「わたし、女の子が頑張るのに弱いんです。この映画は主人公の子たちの夢が歌手や役者さんだから、特に。なぜだかわからないですけれど」
わからない、というのはあまり正しくない。ウルリカは〝夢〟でステージに立つ自分を見ることがあった。その影響からか歌手や役者といった職業に対して憧れや共感を抱いていた。
同様に〝夢〟を理由に、聖堂という宗教機関に認められた「聖女」の立場を嫌ってもいる。嫌悪しているものの、逃げ出したり壊してしまおうとは微塵も考えていないところがウルリカの歪なところだった。
「そう。まあ、でもわからなくもないな」
「リルはどうだったの、映画」
「うーん。監督の癖でシナリオの陰鬱な部分が強調されてるかな。画的なパンチを出したいのはわかるけど少しやりすぎ感は否めない部分がいくつかあるように思えた。でも、全体的に監督と撮影監督の画作りは脚本とすごいマッチしてたし、役者さんもすごくよくて実在感あったよね。監督と撮影監督は何作か一緒に撮ってるんだけど、これに脚本を入れた三人のコンビはすごい相性がよさそうで、次回組むことがあればすごい楽しみではあるなって」一息吐き。手をひらひらさせる。「そういうことが聞きたいんじゃないよね。えっと、わたしはエリカが好きかな、いや好きっていうかすごい気になるというか」
「あの子ですか。たしかにリルは共感しそうですね。似てると思う」
「そう? どっちかと言うとあんたに似てると思うんだけど」
「それってわたしのことが気になるってことですか?」
「また、そういうふうにさ。はぐらかさないで」
「結末さえ見なければ物語は終わらない、なんてわたしが言うと思いますか?」
劇中でそういった趣旨の発言をする人物は何人か登場する。
中でもエリカという少女は、惨劇から逃れるため自らの目を潰した。その結果、闇に囚われることになるが、狂気には飲まれずに済んだ。目を潰すのも、正常な判断ができずに衝動的に行ったのではなく、狂気から逃れる手段だと確信を持っての行動だった。
自分に自信がなく、陰があり夢見がちだが、核心に至れる冷静さと思い切りのよさを持っているキャラクター。
「いや。でも――いや、やっぱ、いや、うん。思わない」
リルから見れば、ウルリカは終わりを認めないタイプの人間だ。目を瞑ってソレを見ないでいれば、そのようにはならないと信じているような、危うい認識を持っているように思える。
根の部分では彼女は自分以上に否定的で虚無的な人物だ、とリルは考えている。宙に漂う残像のような捉えどころのない灰色の影。それがウルリカの本質だと。
「なんですか、歯切れの悪い」
「なんでもないよ。映画に誘ってくれてありがとうね」
「いえ、わたしが観てみたかったんです。意外だって思うかもしれませんけど、映画館に一人で入るのはなんだか怖くて……ちょっと、笑わないでください」
「ごめんごめん。でも、よくそれを今日まで隠してきたな」
「ま、そういうのには自信あるので。いやー、案外よかったですね、映画館」
「さっきのとこは、この街で一番豪華なところだからね。わたしがよく行くところはもうちょっと寂れたような場所だよ」
「初めてがそんなにいいところだと、他じゃ満足できなくなってしまうかしら?」
「言い方よ」
そこへ料理が運ばれてきた。
ウルリカはポテトサラダが付け合わせにされたハーブソーセージ、チーズとベーコンたっぷりのショートパスタ、パンケーキ。
リルは挽肉や野菜を生地で挟んだパスタのスープ。ニンジンやアスパラガスがごろごろ入ったクリームスープに掌ほどの大きさのパスタが二つ浮かんでいる。
「美味しそう」
「これ半分あげる」
リルは自分のパスタを一つ取り皿へ。
「そんなんじゃあ、大きくなれませんよ。まぁ、くれるのならいただきますけど」
リルはウルリカに比べれば背が低いものの、それでも一六〇センチはある。この都市の女性の平均身長よりわずかに低めだが、周りを見ても目立つほど低身長というわけでもない。もっともウルリカとは一〇センチ以上差があるため、相対的に差が大きく見えてしまっている部分もないわけではない。
とはいえ、細すぎるという自覚はいくらかあった。
「リルはもうちょっとお肉をつけたほうがいいですよ。ま、肋骨が浮いてるのも悪くないですが」
「それいつも言うけどさ、ま、いいや。いまは食事にしよう」
「そうね」
二人は料理に手をつけ始めた。
リルが少食なのも相まってウルリカの食事量は過剰にも思える。実際、一人で食べるにしては多い。
もともと、この都市の料理は伝統的に大盛りの傾向がある。商業区の新しめの飲食店はボリュームの控えめな場所も増えてきているが、いま二人の食事をしているレストランは何代も続いている家庭的な店だ。そういったところでは多くの料理は何人かで取り分けること前提な場合も多く、個人客向けでも一人前が一・五人分くらいあるのが普通。
この料理の多さがリルがあまり街で飲食店に立ち寄らない理由の一つだった。ただでさえ少食な彼女には、量の多い一皿は効率がよくない。完食しなければならないという決まりもないが、残すのはあまり気分のよいものでもない。だから、シェアできる誰かと一緒でない限り、きちんとした食事は摂らないというのがリルの個人的なルールだった。
ウルリカも一人では飲食店であまり食事を摂らない。
理由は、二人以上の分量の皿料理を気兼ねなく頼むためだ。一人ではゆっくりしてはいられない気がするというのも理由の一つ。カフェやバーならともかく、食事処で若い女性の一人客は悪目立ちするかもしれないという根拠のない懸念や不安感もあった。
自信満々、わがままで自分勝手な自由人のように思える彼女だが、変なところで気が小さい。街行く人に声をかけ家にまで平然と上がり込めるのに、映画館に一人で行けずにいたのもそういった一面。
黙々と、食事を続ける二人。
当然の如く、リルが一足も二足も早く食べ終わる。食後のコーヒーや茶を飲みながら、ウルリカの食事の様子を眺めるのが彼女のささやかな楽しみだった。
ウルリカ――非の打ち所のないほど上品で綺麗な食べ方というわけでもないが、不思議と気品や貫禄を感じさせる。そういうものだと思わせる品格、優雅さ。
皿の料理にナイフやフォーク、スプーンが入れられ、口に運ばれるのを目で追い、彼女の口元や喉を見つめる。そうしているとウルリカは「欲しいの?」、「やっぱり足りないんじゃない」といった目で見てくるが、そのたびに首を振り否定する。どのみち欲しいと言っても、彼女は自分が手をつけた皿の中身を他人に分け与えるタイプではない。
リルがウルリカと食事を共にするのには、料理の量が多すぎて食べきれない以外にも理由があった。大きな声で言えたものではないが、ウルリカの食事風景を見ていると興奮を覚えるという癖がリルにはある。
衆目のある場所でなければ理性が持たないだろう、という情けない自覚があり、普段はなるべくまじまじと見てしまわないように意識していた。外出時の食事であれば実質二人きりになれるうえに、ウルリカは大食いではあるが早食いではないため、それなりに時間もかかる。人目の中ゆえのちょっとした制約はあるものの、リルにとっては自分へのご褒美の時間だった。
◆
食事を終えた二人は予定どおり写真館へ。
表通りから横に一本逸れた古いアーケード街。見るからに年季の入った外観の写真館は、一見すると営業しているようには見えず、看板も蔦で隠れてしまっている。実は、本来であればすでに閉店している店舗で、いまは新店舗の倉庫兼第二工房、住居として残されている建物だ。
ウルリカがあまりにも振り切れた写真の現像とプリントを表の店舗で頼んだことがもとで、この第二工房を紹介されたという経緯がある。
そこでウルリカはフィルムの現像依頼と前回の分のネガとプリントを受け取る。ウルリカが写真の確認をしている間に、リルは現像液の買い足し。
赤と白のツートーンの髪色の少女は真剣な表情で仕上がりを確かめている。戦場で見せるような顔つき。しばし考え込んだあと、何枚か焼き増しを頼んだ。
「リルファンクラブ」というリル視点では存在が理解できない集まりのためのマル秘写真。自分のあられもない写真が何人かで共有されているのは形容し難い気分ではあるが、頼んだところでウルリカがやめてくれるとは思わないし、なによりリルもウルリカの写真を商品や取引材料として使うことがある。どちらかというとリルの行いのほうがいやらしい。そういう自覚もあり、あまり強くは出れない。
写真館での用事を済ませたあとは、ウルリカの待ち合わせ時間になるまでぶらぶらと街を散策。
古くからあるガラス天井のアーケード街を進んでいく。四人か五人ほど並べば塞がってしまうような細い路地。店先にテーブル席を設けた飲食店もあるため実際にはもっと狭く感じる。交差する形で接続するこの街最大のアーケード街に比べると色合いも大人しい。
たくさんの人、たくさんの音、たくさんの匂い、たくさんの色。
ウルリカにとっては守るべきもの。単純にそれが自らに課せられた使命であるという以上に、彼女の人生を彩るものだからだ。自分たちが失敗し、その結果「学校」や「聖堂」が被害を受けることよりも、街角のパン屋や劇場がなくなってしまうことのほうがよほど重大だ。自分の好きなもの、欲を満たせるものが消えてしまうことがなによりも嫌だった。
対しリルはこの街や使命に思い入れはない。ただし、彼女は自分の価値が最底辺のものだと考えており、自分より価値の高いものは残すべき大事なものと捉えている。その一方で自分より価値のあるものから必要とされていることに歪な充足感も抱いていた。
二人はアーケード街を進み、徐々に増えていく人の波を縫っていく。
街の中央部に位置する広場へ抜ける。大市場と呼ばれている広場。多くの商店や露店、行き交う人々。北側の聖堂と巨大な塔が街の賑わいの中でもひときわ存在感を放っている。
旧市庁舎前のブロンズ像の前で「脱・法石」や「脱・神器兵」の演説をしている活動家たちが目についた。
彼らの主張は、法石炉から発生する一種の放射線や〝採掘〟のためにケモノを狩る行為がケモノの怒りを買い、都市へ誘因しているという趣旨のものだ。ケモノはもともと法石を増やすための家畜で、それが暴走し人類が追いやられた、という説まで唱える者もいる。
何人か足を止めているものの、多くの人々にとっては街の音の一つでしかない。
「聖女」として活動し始めた頃は、自分たちの存在に否定的な彼らにショックを受けたこともあるが、いまとなっては彼らも街を構成する要素の一つで守るべき対象であることに変わりない。
彼らの言葉はあまり気分のよいものではないが、彼らの目の前を通り過ぎる自分たちを「聖女」だと見抜けないのを見ると、少しおかしくも思ってしまう。
街を歩いていても自分たちが「聖女」だとほとんどの人は気付かない。それがウルリカにとっては心地よかった。
行きつけのバーや喫茶店、服飾店の店員の何人かは彼女たちが「聖女」であることは身分証から知っているが、彼女たちの仕事の実像までは知らない。
もしウルリカが「聖女」であることを知っていても、彼女が「狼」と呼ばれる最上位クラスの神器兵だと簡単に情報は結びつかない。名前付きのケモノを単独で撃破したことで英雄視され、彼女を題材にした作品が作られているにもかかわらず。もっとも大衆のイメージするウルリカ像は彼女の髪がまだすべて赤かった頃のものだが。
自分のことに無関心な状況が心地よい、とウルリカが感じているのは彼女が本当に有名人だからだ。リルにしてみれば、自分が想像している以上に他人は自分に興味はない、ように思えるが当事者にとってはそういう単純な問題ではなかった。
なんにせよ、ウルリカは自分がウルリカでいなくても済む休日が好きだった。
陽も傾き、少し肌寒くもなってくる時間帯。
「そろそろ時間なんじゃない?」腕時計を見せる。
「もうそんな時間ですか。教えずにそのまま夜まで、ということもできたでしょうに」
「しないよ。後が怖すぎる。ま、それよりも何も知らされずに待たされ続けるあの人が可哀そうでしょ」
「そういうのが好きな男の人もいるって聞きます」
「屁理屈はいいんだよ」
「わかった。じゃあ行ってきます」
「うん、じゃあ明日。いつものとこで」
「ええ」
「楽しんで」
手を振り別れる。
人混みに溶けゆくウルリカを見届けたリルは、自分の背後にある異国食の飲食店の置き看板に向かいツカツカと歩いていく。看板と人の陰にはベンチがあり、そこには帽子を目深に被った少女が座っていた。
砂のようなくすんだ金髪と小柄な身体には見覚えがあった。ゲルトルード。
「やあ、奇遇だね」無言で立つリルを前に白々しく言った。「一人? ウルリカは一緒じゃないの?」
「いつから尾けてた」
「違う違うホントに偶然。見つけたのはレストランから出たとこ」
「尾けてるじゃん」
「別に邪魔してないし」
「はぁ、いつものことだし別にいいか」
ゲルトルードにはストーカー気質がある。
彼女はリルに想いを寄せているが、自分の恋が実ることは決してないことも自覚していた。ウルリカという大きな障壁の存在もそうだが、ゲルトルードは異性としてリルのことが好きだからだ。ゲルトルードの性自認は「男」であり、本当は男性の身体で男性としてリルと一緒にいたかった。望んだ状況で願いが叶わなければ、退こうと考えてもいた。
しかし、そうした想いも欲求の前には無力で、〝彼〟はリルの後を尾けるようになり、それも本人にバレてしまう。が、リルはそれを糾弾せず、受け入れた。
リルにしてみれば、自分のことを尾けるほど好きな人がいるという事柄自体が喜ぶべきことだった。彼女の自己評価の低さゆえのこと。
なし崩し的とはいえ実質結ばれたゲルトルードは、たとえ自分が一番でなくとも、たとえ遊びだとしても、それで充分だと満足してしまった。リルの歪んだ自己肯定感という網に捕らえられてしまった魚の一匹がゲルトルードだと表現できる。もう一匹がウルリカ。
「ガートさ。このあと部屋来る?」
「え、いいの? 行く」
「こういうときじゃないと二人っきりになれないから。今日はワンワンうるさいのもいないし」
「やっぱ、リルはすごい女だよ」
ウルリカも大概だが、リルも恐ろしい女といえる。蟻地獄のような。
「なにそれ」
「こっちの話さ。なんでもないよ」
◆
バーの前。路上に座り込み、建物の壁に寄りかかっているウルリカ。彼女の前に立つのは先日の救援作戦時の輸送護衛隊の隊長。ウルリカの荷物を持っている。彼の名前はサーシャ・バーデだが、ウルリカにその名で呼ばれることはほとんどない。
「うう。うぅ、ちょっと調子に乗りすぎちゃったかな」
「こうなる前に止めなかった俺にも否がある。しかしキミがここまで酔うなんて珍しいな。今日はもう迎えを呼ぼうか」
「嫌、なんのためにあなたと会ってると思ってるんですか。それにどうせ、今頃リルはゲルトルードとよろしくやってるんですよ」
ウルリカはゲルトルードがリルに対して好意を抱いていることも、二人の関係も知っている。気にしていないといえば嘘になるが、リルの魅力を共有できる仲間がいることは喜ばしいことだった。そもそもゲルトルードの恋心に気付き、リルにぶつけさせるように仕向けたのはウルリカだ。
「あーあ、わたしが男の人だったら、リルを自分のものにできたのになー」
身体を左右に揺らし、足をぶらぶらさせる。
「おぶってください」
両手両足を広げてアピールするウルリカ。わざとらしく潤んだ眼を向けている。
「いや、ホントに酔ってるのか?」
「おぶって、ください」
ジィと見つめる。捨て猫や捨て犬と目が合ってしまったような感覚。
「わかった、わかった」
サーシャは根負けしたように首を振り、ウルリカに背を向けしゃがんだ。
ゆっくりと、慎重に、恐る恐るといった様子で彼に体重を預けていくウルリカ。
サーシャが歩き始めたのを確かめると彼女はホッとしたように息を吐いた。
「こういうふうにおんぶされるの初めてです。えへへ、ちょっとくらくらしますけど、なんだか気持ちいいです」
「吐くなよ。もし吐いたら、キミだろうとそのあたりに捨てて帰るからな」
「下のほうもピンチって言ったら?」
「耐えろ。さすがに恥ずかしいだろう?」
「冗談ですよ」
「だろうな」
沈黙。
夜の路地を行く。サーシャは人通りの少ない道を選んで自宅を目指している様子。遠回りに思えるが地図上では比較的近いルート。
揺られながら小さく吐息が漏れる。
「……ねぇ、重くないですか?」
ウルリカは沈黙に耐えかねて口を開いた。主導権を握られているようで落ち着かないというのもあった。
「なんだ、いまさら体重を気にするような人物かキミは」
「お約束みたいなものですよ。胸とかもどうです、感触。ときめいたりとかしますか」
「女の子を背負ったくらいでドキドキするような年齢でもないよ。キミの鼓動はこちらに伝わるくらいに激しいが」
「それはお酒を飲み過ぎたから」
「そうだな」
「嘘。いつもの半分も飲んでない」
「そういう日もある。もしかしたら、若い娘と一緒だから店側が変な気を遣ってレシピどおりにカクテルを作らなかったのかもしれないな」
「まんまとやられていまいましたね」
カクテルがレシピどおりでなかったというのは事実ではない。
ウルリカは理由が欲しかっただけだ、もっともらしい嘘を。自分の〝いま〟の能力を見誤っていたことを恥じている。同じく、髪の色のように一目でわかるもの以外の戦闘負荷の影響を自覚し、気持ちが沈み気味でもあった。自分自身が原因で、自分の楽しみを制限なく享受できなくなるかもしれないことを受け入れたくない。
「そういうことにしておこう」
「ありがとう。あなたのことは男の人の中では一番好きですよ。こんなに何回も会ってるのはあなたくらい」真面目な声音で囁いたあと、揶揄うように続ける。「ふふ、光栄に思ってくださいな。あの『聖女』を好きにできるんですから」
「『聖女』の肩書は嫌いなんじゃなかったか」
「そうですよ。でも、すごい女の子を抱けるのはステータスになるでしょう?」
「キミらは普通の女の子だよ。酒に酔って自分よりもずっと弱いはずの男に背負われてるんだから」
「ふふ、そうかも」
ウルリカはサーシャの後頭部に頬を寄せる。
「……ねえ、今日はそういう気分なので、キミとかハニーじゃなくてウルリカってたくさん呼んでもいいですよ、サーシャ」
「そう言っても、名前を何度も呼んだら拗ねたり噛みついたりするだろう?」
「それは可愛いって揶揄うから……でも、今日は本当にいいですよ。じゃないと、わたし……」
「……じゃないと?」
「…………」
サーシャの背に感じる重みが増した。
「ウルリカ?」
ウルリカは小さく寝息を立て眠り始めていた。肩に涎が垂れている。
「まったく、重いな」
結局、ウルリカはそれから翌日の昼前まで眠り続け、彼女は自身の立てたプランをこなすことができなかった。リルとの待ち合わせ時間になっても起きられず、サーシャがリルを迎えに行くというちょっとした〝事態〟も発生。
その日ウルリカは丸一日不機嫌で、リルは彼女の半ば八つ当たり的な振る舞いに付き合わされることになった。次の日には妙に優しく接せられるというおまけ付きで。
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