■02: 聖女部隊(4)
円卓会議場。
「学校」の支援者たちから成る委員会。
会議の最中。
その中央に、リルとテオドラは立っている。
リル――青灰色の髪、傷のある右目。白地に紺と金色の装飾の入った服。「学校」の正装。帰還後の検査から直出。
テオドラ――作戦課長。四九年組の担任も兼ねている。見るからに姐御やマムといった呼び方が似合いそうな、苛烈で強かな印象の赤い髪の女性。
二人を見下ろすように、円形に席が配置されているが、そこに座っているのは一人だけだ。
ユルゲン主席司教。
老獪といった言葉のイメージの擬人化とも思えるほどの人物。名実ともに聖堂の二位。現在の聖下は年若く、彼女を支えるという名目で聖堂の政治周りを掌握している。実質的に実権を握っていると聞くと、裏で何かを企んでいそうな絵面が浮かぶが、彼に関してはそういうことはない。
事実、聖下に対する敬意は本物。そして、人類を本気で救いたいとも思っており、「聖女」はそのための〝犠牲〟だと信じている。
そうした考えもあってか、生来の真面目さゆえなのか、あるいは自分の知らないところで物事が取り決められるのを嫌ってなのかは定かではないが、もしくはそのすべてか、彼は主席司教という聖堂の中でも高位の人間であり多忙なのは容易に想像できるが、会議や報告会にほとんど毎回、直接顔を出していた。
生身で会議の席に着いているのはユルゲンだけだが、これでも欠席は一のみ。他の者は別の場所から参加していた。「学校」の校長でさえ、ほとんどこの会議室には出向かない。
出席者は聖堂のユルゲン主席司教、「学校」の校長の外は、遺産財団、カムド技研、別の五都市の各代表ら。これに「学校」の作戦部としてテオドラとリルが加わる。議題によっては技術部や医療部のエンジニアも参加することもあるが、彼らもリルたちと同じように決められた議席はなく、裁判のように取り囲まれた状態での参加を余儀なくされる。
リルにしてみれば、会議の参加者の実在を疑問視してしまいそうになるが、全員ではないにしろ何人かは姿を見たことがあった。それにユルゲン主席司教や校長を始め、委員会の面々はそれぞれの組織で重要な役職に就いている人物だ。作戦や会議があることは知らされていても、作戦の状況によっては大きく時間に変動がある。丸一日予定を空けたうえで会議室に出向くのは現実的なことではない。
それに彼らは、半ば建前ではあるが一ヶ所に集まったところを悪意ある人物に狙われるのを恐れてもいた。会議に出席する「聖女」を恐れている、ともいえるかもしれない。
「では、21E」虚空から声が響いた。
リルのこと。正式名称A49021‐A/E。
ほとんど会議を聞き流していたリルだが、それでも慌てずに答える。
「はい。群れのボスが蜘蛛のような形態をとっていましたが、群れを構成するほぼすべての個体はボスとは異なるタイプでした。比較的新しい群れ、もしくは寄せ集めの群れだと思われます」
「『月の書』の蟲の王との関連はどうなのかね」
「詳しくは分析を待つ必要がありますが、今作戦で確認された蜘蛛型のケモノは、蟲の王の群れから離れた個体である可能性が考えられます」テオドラが答える。
「蜘蛛型のケモノは、かなり若い個体でした。力もなく、群れから切り離されたように思えます」
「だとしても警戒が必要かもしれんな」ユルゲンは顎を触りながら、リルとテオドラを見て言った。
「群れとしては弱いか。それにしても、そんな雑魚に警備のみならず『聖女』が負け、聞くところによれば師団の神器兵も損失したと。まったく頭が痛いな」
「今回は師団に恩を売ることができた。『聖女』を三体失ったことは残念だが、神器が残ってさえいれば、補充は利く」
「ですが、教育が不十分では損害が増える一方です」テオドラが言った。
「そのためのキミたちだろう」
「例の機能の実装を急ぐべきだ。あれらに必要以上に人間性を与えるな。お前たちの身勝手な善意で苦しむのはあれらなのだ」
「神代の武器に選ばれた乙女を表するのであれば、人間味は必要だ。神器を正しく扱うには、人間であることを要求する。基礎的な事実だ。それに、以前の失態を忘れたのか」
「あれは過去のこと。いまは研究も進んでいる。より確実な制御方法も実用に堪える段階まで開発できたと聞いているぞ」
「これはただの戦争ではなく、儀式でもあるのだ。伝統に則らなければならない」
「何が儀式だ。そのために民に不自由を強いることになるかもしれないのだぞ、未来永劫。これだからいつまで経っても成果が出ないのだ」
「非効率だと言いたい気持ちはわからないでもないが、もしケモノの根絶が叶ったとて、『法石』に依存している以上衰退は避けられない。ケモノを滅ぼすために作った武器で他の都市圏を支配し搾取するか? それとも『聖女』を鉱山にでもするつもりか? いくら兵器とはいえあまりにも人道に背く行為だ。そうならないように、エネルギー問題を解決する策を開発するほうが先だとは思わないかね」
「ケモノさえいなくなれば、大地のほとんどは人間のものだ。未探索領域に手がかりがあるに違いない。こんな窮屈な壁の中では見つかるものも見つからない」
「結局、新しい発見があることを頼りにしているではないか。貴様らは千年もの間何をやっていた」
「それを言ったら『月の書』の真偽も不明ではないか」
「口を慎みたまえよ」
「そのくらいに」ユルゲンが制した。「で、どうなのだね」
「……はい。善処いたします」
「よろしい。損耗した分は残りの聖女に負担を強いる形になるだろう。同じ武器ばかり使っていてはすぐダメになってしまうからな。今年度分の教育を急ぎたまえ。追加製造の許可も検討する」
「人類の勝利は目前なのだ」
「我々にそれを見せてくれたまえよ」
――
「まったく、あの妖怪どもめ」
会議室を出るなり、テオドラはうんざりといった様子で吐き捨てた。
「まあ、あの人たちはいつもああですし」
「それもそうだ」息を吐く。「それにしても、『月の書』に記された三三体の最上位個体のうち、残りは六体。自分たちの代で人類の勝利を成し遂げたいのだろう。そうすれば文句なしに英雄や聖人の席に並べるからな。ここ最近は急いた様子を隠さなくなってきている。自分の寿命だけじゃなく聖女の寿命も気にしているのさ。キミやウルリカのような強力な神器と適合した聖女の揃う〝いま〟こそが大きなチャンスだと考えているんだ」
「ホント、大変なのはわたしたちなのに。結局、こんな小娘に頼らなくてはならないことに引け目とか感じないんですかね」
「はは、そんな人間なら今頃、石碑に名前が彫られてるさ。それも苔が生えるくらい遠い昔に」
「先生もなかなか言いますね」
「まぁ、これくらいなら言っても問題ないラインだろう。キミも思うところはあるだろ?」
「わたしを使ってくれていることには感謝してますが、控えめに言って殴りたい」
「ほほう。キミがそこまで言うなら、キミじゃなくウルリカがこの役だったら殺してるかもな」
「いや、あの子はああいう人たちは殺さない」吐き捨てるように。「ねえ、先生も本当はウルリカのほうがよかったって思ってるんでしょ」
委員会の半数以上は、いまのリルの立場にウルリカが立つことを望んでいた。もう二年以上も前のことだが、リルはそのことを引き摺っている。
「違うさ。リル、キミ以外に適任者はいない」
「そう……」
リルは薄く疑念を残した目でテオドラを見ている。
〝適任者〟という意味では、リルの特殊任務への適性が高いのは事実だった。
問題があるとすれば、虚無感と無力感を強く抱いている点だ。これでも〝入学〟当初に比べればマシになったほうではあるが。
学年二位という評価は彼女にとって自分の能力の高さを自覚するのに一役買ったが、同時にウルリカという決して超えることのできない壁の存在を浮き彫りにした。リルの自己への評価基準のほとんどがウルリカをベースにしている。そのせいで、学年二位という揺らぐことのない好成績からの自信と強烈な劣等感が同居していた。それに加えて生来の虚無的性格。
事情を知る者からすれば、リルはウルリカに対し劣等感以上の巨大な感情を抱いているのは明白で、さらに厄介なのはウルリカもリルへ名状し難い欲望を抱えていることだ。
どうして「聖女」はこんなに面倒くさいヤツばかりなんだ、テオドラは彼女たちに接するたびそう思わざるを得なかった。
「ああ、そうだ。アンリースはどうだった」
「んー、今回で三回目ですけど、特に問題はなさそう。少なくとも、こんな忌事をこなさなければならない自分は不幸だ、と思えているうちは」
「あの子も妙なものを背負ってるからな。こちらがとやかく言えるものでもない」
「何か問題があれば、わたしが処理します。先生の責任にはなりませんよ」
冷めた目に抑揚の乏しい冷めた声。テオドラは一瞬、心臓が跳ね、身体が熱くなった。リルはアンリースのことを嫌っているが、そのことに本人は無自覚。彼女のこういうところが怖い。
「そうか。キミも疲れたろう。引き留めて悪かった、早く戻って休みなさい」
「戻ってもウルリカがうるさいだけなので」
「子犬のように寂しがってるのでは」
「まさか。盛った犬が相手がいなくて吠えてるだけです」
「それなら教務室まで付き合ってくれ。いいジュニパー酒が手に入ってね。それを手土産にすれば大人しく言うことを聞くんじゃないかな」
「いいですね。お酒はあんまり強くないですが、ジュニパー酒は好きです」
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