■02: 聖女部隊(3)

「キミたちが来なければ、助からなかった」五人の聖女たちに、礼をする隊長。


「いえいえ、仕事ですから」ウルリカが手をひらひらと振る。


「とはいえ、本隊が来るまでは油断できないのも確かだ。すまないが、もう少しの間、護衛を頼みたい」


 戦闘は終結したが、救援本隊が到着するまでにはもうしばらくかかりそうだった。その間に別のケモノの群れと遭遇する可能性はゼロとは言いきれない。また、彼女たちもこの荒野と廃墟の広がる大地を歩いて都市まで戻るわけにもいかない。行きと同じように回転翼機を使う必要があるし、場合によっては欠けた神器兵の代わりにそのまま車列護衛任務に就くかもしれなかった。


「わたしたちも帰ろうにも帰れませんし。初めからそのつもりですよ」


「その分はちゃんと払ってくださいね、隊長さん」


「もしやと思ったがキミか」声を緩める。話の切り出し方が下手な男。


「お久しぶりです。わたしのこと忘れてしまったんですか」


「忘れろというほうが難しい。それにしても見ないうちに、だいぶ髪が白くなったものだな」


「あなたはずいぶん髪が薄くなりましたね」


 隊長は苦笑いした。つられて、リルも口元が緩んでしまった。ゲルトルードも声を出して笑っている。

 パルサティラとゲルトルードは、きょとんとしている。笑っていいものか、測りかねているといた様子で、ぎこちなく口角を歪めた。

 その横でうつむくアンリース。憧れのウルリカがなにやら男と軽口を叩いている様子が不愉快に思えたからだ。「学校」関係者ならば、そういうこともあるだろうと流せるが、この男はアンリースから見れば部外者もいいところだった。


「それより隊長。負傷者のほうを見ても」


 なにやら不穏なものを感じたリルが口を挟んだ。

 このタイミングである必要はない要件だが、どのみち本隊が到着したら、遅かれ早かれこなさなければならない仕事があるからだ。


「ああ、構わない」


「アンリ、こっちへ」


 リルはアンリースを連れ、その場を離れた。


「すまない」その背に向かって小さく呟いた。


「いいんですよ、そんなこと言わなくて。だってリルは人殺しが好きなんだから」寂しそうに笑みを浮かべる。


 その言葉にパルサティラは目を伏せた。


「でも、アンリースちゃんを巻き込むのはあまり感心しませんね。彼女が望んだこととはいえ」


「はい、いまはそういうのはやめやめ」ゲルトルードが手を叩いて言った。「どうしてもって言うなら、あの山を崩しながら、誰にも聞こえないようにやってよ」


 ゲルトルードの視線の先には、さきの戦闘で倒したケモノの死体を集めた山。これから到着する本隊と共にやってくる回収班が死体を解体し、「法石」を取り出す予定の、いわば採掘場。


「ごめんなさい」


「いや、別にいいんだけどさ。あんたがリルにちょっと文句みたいなの言うと、カップルやら夫婦やらが喧嘩してるみたいで、なんか落ち着かないんだよね」


「わかる」パルサティラが相槌。横で、薄っすらと会話が聞こえていた様子の隊長も頷いている。


「あらら。でも何度も言ってますが、リルとわたしはそういう関係じゃあないんですよ?」乾き、落ち着いた他人事のような声音と口調。煙草を取り出し火を点け、煙を吐いたあと、隊長の方を見る。「まだ彼のほうが、そういう仲に近いと思いますよ」


 パルサティラが、隊長へ顔を向けた。どういうことだ、と言いたげな目つき。同時にウルリカへの同意や賛同の色も見え隠れしている。要するに男の趣味的な意味で。パルサティラは少し疲れた雰囲気のある年上の男が好みなのだ。いまは意中の男性がいるため、そういった対象にはならないが、もしそうでなかったらこの隊長は的の範囲にあった。


「……」ゲルトルードは隊長を憐れむような、同情するように首を振っている。ウルリカの素性を知っているゆえの反応。


「おいおい、よしてくれ」芝居がかったように、おどけた様子で両手を上げた。


「ごめんなさいね。悪気があるわけではないんです。久しぶりに会えたから少し嬉しくなってしまって」両手を合わせ、上目遣い。「ね、今度どうです?」


「はぁー、悪い女だよ、この子はまったく。戦場を喫煙所とかナンパスポットにしないでくれるかなぁ」ゲルトルードが茶化した。


「別にいいじゃないですか。命を張ってるんですから。まあ、不謹慎なのはわかってますよ。――あ、あの子可愛いですね。隊長さん、紹介してもらってもいいですか」


「それはできない。俺の部隊の、俺の目の届くところで堂々と人漁りはやめてくれないか」


「ウルリカさんのそういうところ、すごいと思う」


「この子はそこら中に彼氏彼女がいるんだよ、一晩限りの」


「本当に、どこが『聖女』なんだという感じだ」


「あら、そう言うあなたは少女嗜好なのではないですか? わたし見た目はこんな麗しくて溜息が出てしまいそうになるくらい美少女ですけれど、数えでは五年くらいですよ」揶揄うような口調。「そんな幼子に手を出すなんて、最低な男ですこと」


「……」隊長は文字通りお手上げ、といった様子で首を振り、その場を離れた。


「あー。たぶん、手を出したのはウルリカのほうなんだろうな」同情的にゲルトルードが呟いた。


「だよね。隊長さん、こいつには何言っても無駄だって感じになっちゃってるし」パルサティラも名前すら知らない今日初めて会った男が可哀そうに思えた。


「ちょっと、パルパルちゃん。わたしが言い返せないことをいいことに苛めてるみたいじゃないですか」


「だって、そう見える」


「ひどい女だっていうのは事実でしょ」


「こんな可愛くて麗しい美少女がそんなひどいことするわけないでしょう。そうです、そう決まってます」


「可愛くて麗しい美少女は煙草を吸わないし、ウイスキーをボトルから直接飲まないよ、さすがに」


「巷にはギャップ萌えというものがあると聞いたことがあります」


「ウルリカさんのは違うと思う」


「そうですか」パルサティラの全身を見る。桃色の髪、ボロボロの血泥塗れの戦闘服、フレームの歪んだ眼鏡、自分よりも低い背。図書室で本でも読んでいそうな少女がバケモノをバラバラに刻む場景。「うーん、激しさが足りないのでしょうか」


「そういうの要らないんだよなぁ」呆れたように低い声で呟く。回転翼機の音が聞こえてきた。「おっと、そろそろかな」


 ゲルトルードは空を見上げた。周辺に残された脅威はないことは異能で探査済み。日が暮れる前には街へ帰れそうだ。輸送車両も夜には到着できるだろう。撃ち足りない気もするが、仕事は少ないに越したことはない。それに、自分の役割は「狩り」であり、こういう救援任務は不本意でもあった。


 ゲルトルードは小さく溜息を吐いた。




   ◆


 即席の処置所。

 コクピットが潰れタイヤがパンクしたトラックを支柱に作られた即席テントの野戦病院にリルとアンリースは〝仕事〟をするため、足を運んでいた。

 野戦病院というにはあまりにもお粗末な状態だったが、これを形容するには「野戦病院」が皮肉を込めたうえで最も適切な言葉でもあった。

 軽く一目見ただけだが、その一瞬でもわかるようにベッドなどはなく、衣服や梱包材の上に傷病者が寝かせられ、ひとまず止血処理が見様見真似でされているだけだ。なんでも部隊の看護員はケモノの襲撃時真っ先に傷を負い、動ける状態ではなくなってしまったらしい。


 二人はひとまずリストの確認をするため、この場を仕切っていた隊員に収容者の容態をまとめた表の用意と重傷者の移動を頼んでいた。特に必要な作業ではないが、彼にも人の生死を決める責を多少は背負ってもらおう、自覚する時間を与えようという意地悪じみた老婆心だ。



「だから、何度も言ってるけど、わたしとウルリカは付き合ってないよ」


 リルは、無表情に顔の強張ったアンリースへ、弁明ともいえる声音で言葉を投げた。


「でも、その、いや、なんていうか」言い淀むが、小声で続ける。「一緒に寝てるんですよね?」


「あー。違うんだよ。言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、ホントにそういうのじゃないんだ。彼女もわたしもお互いのことを好きだとは一欠片も思っちゃいないよ」そう言ったあと、好きか嫌いかのいずれかを選ばなくてはならないのなら好きに入る、と付け加えたが、あくまで不仲ではないといったくらいの意味合い。さらに思い出したように続ける。「覗き見してたことは不問にしてあげる」


 目を伏せるアンリース。髪をいじっている。


「そんなにウルリカが好きなら告白しちゃえばいいのに」


「そんな、わたしなんか」頬を赤らめ、モジモジと。


 アンリースは、いつか告白したいとは考えていた。しかし、ウルリカの奔放さを知っている以上、自分をたった一人の特別な相手だと認識させるにはタイミングを選ばなければならない。

 リルはアンリースを横目に溜息を吐いた。どいつもこいつもウルリカ、ウルリカ。うんざりする。

 そこへリストを持って隊員が戻ってきた。


「ありがとう」


 サッと目を通す素振り。


「言われたように特に傷が深い者は移動、いえ、軽傷者の方に場所を変えてもらいました。あの、彼らをどうするのですか。まさか――」


「大丈夫。あなたはただの見物人で、その場に居合わせてしまっただけにすぎない。あなたはあなたができることをしたわけで。その結果がどうであれ、称賛を受けるべきです」


「はぁ」困惑気味。


「うまくいくのは、当然だとか当たり前のことではないってこと。あとはわたしたちと、もうすぐ本隊が来ると思うのでそっちに任せて休んでくださいな」


 アンリースが間仕切り代わりに垂らされた布を潜り、リルも続こうとしたとき、隊員は声を震わせながらも口を開いた。


「自分もご一緒させていただきます。これを見届けなければ、たぶん、ひどく後悔すると思うんです。本来の自分の職務ではないとはいえ、現場を任された以上、ここで退くというのは無責任な気がして」


「後悔しますよ」


 改めて確認すると、簡易テントの中はひどい有様だった。

 むせるほどの血の匂いと微かな腐敗臭。呻きにもならない吐息の音。

 ケモノの膂力や咬合力の前に人体はあまりにも脆い。ほぼすべての攻撃が致命傷になりうるほどに。


 ここでは腕や脚の骨を折る怪我でさえ軽い部類に入る。そういった状況での重傷といえば、都市までの搬送に耐えられないほどの傷のことをいう。四肢のいずれかが欠損し、腹部や背部に大きな損傷を負っていたりというのが日常ライン。

 それでも、一見死んでいるように見えても収容時に息や脈がある以上は、簡単には見捨てられない。人を喰らうこともあるケモノ相手では、死んでいようが生きていようが個人を容易に特定できる状態で戻ってくるのは、運がよいほうだ。

 物資や時間、人手には限りがある。そういった状況下では誰も彼もを平等に助けることはできない。平等に扱った結果、助かるものが助からなくなっては本末転倒だ。


 リルとアンリースはその選別を任されていた。本来は執行だけを行う手筈なのだが、部隊付きの看護員が動けないため、第二位とはいえ権限がある彼女たちにその役目が回ってきた。

 ここでのリルたちの仕事は、助からないと思われる傷病者に慈悲の一撃を与えること。

 重傷者を生かしたまま搬送するとなると、ただ点滴を打って寝かせておけばいいというわけではない。飛行中の輸送機の中で、細かな医療処置を行うことは困難だ。患者は一人や二人ではないし、設備も空間も不十分。せいぜい「学校」や「師団」の治療室まで持ち応えそうな一人か二人を延命することがあるかもしれない程度だった。

 仮にも、死体だから雑に扱っても平気、という話ではない。誤解を恐れずに端的に言い表すとしたら、そうなってしまうが。手を尽くせる状態ではないのに手を尽くしたが間に合わなかった、という負の経験を衛生隊員に積ませずに済ませたいといった面もある。理想的な状態で、持てる力を出せば必ず結果がついてくる、そういうものではない。ましてや最悪に近ければなおさら。どんな事柄にも簡単に飛び越えられる妥協点を用意する必要がある、たとえ人命がかかっていようとも。

 上級神器兵であるリルでさえ、助からないほどの重傷を負った場合、生きたまま搬送されるかも微妙なところ。そのくらいシビアな事情がある。

 衛生兵を共に降下させるという手もあるが、衛生兵に空挺降下の訓練をさせるのも簡単なことではないし、そもそも随伴の医療人員を何人か増やして現場で解決できるレベルの傷病をケモノは与えてはくれない。



 リルは手始めに、一人の男性に近づいた。

 傍らに二振りの剣、神器が置かれていることから神器兵だと推測できる。彼は左腕と、腰から下を失っていた。その状態でも生きていた。これが神器兵の残酷なところで、神器の機能によっては明らかな致命傷でも死なないこともある。「聖女」にも当然起こりうることだった。


「やあ」彼はリルを見ると、擦れた声で彼女に声をかけた。「その服『聖女』か」


 リルは頷き、彼の横に座った。


「ヤツらは倒したのか」


「ええ」


「それはよかった」咳き込みながらも続ける。「ごほ、すまない。……そちらの『聖女』を預かって、いたのに」


 何も言わずに頷くリル。

 瀕死の神器兵はひとしきり感謝や謝罪の言葉を繰り返したあと、リルを見て何か思い出したかのように言った。


「青灰の髪に、目の傷……。聞いたことがある、告死の聖女。こんな形でお目にかかるとは」


 告死の聖女、そんなふうに呼ばれているとは。自分にそんなイメージはないと思うが。ウルリカのほうが告死や死神の要素がある気がする、リルはそう思った。


「あまり死を看取る聖女というなりではないけれど」


「いや、あんたみたいな人でよかった。……さあ、仕事があるんだろう」


「ええ。何か言い残したいことは? どういう方法を望みますか?」


「俺たちを襲ったケモノを倒してくれたのなら、言い残すことはない」


「お友達や同僚にも?」


「何か言葉を残したら、それが彼らを苦しめることになるかもしれない」途切れ途切れに言った。「やり方は、法石弾で頼む。死体の形が残らないように」


 方法はそれが妥当だろうなと、リルは思った。彼の神器に延命機能があることは彼の状態を見れば明らかだ。確実に殺すには神器を破壊するか、法石弾で結晶化させてしまうのが手っ取り早い。一般人には伏せられているが、神器兵も「聖女」も心臓に法石の被膜があり、姿形は人間だが中身はケモノに近い。


 腰の革製ポーチから消音銃を取り出す。消音器一体型の本体と取り外し可能な銃把。単発式の特殊用途拳銃。リルは屠殺銃と内心では呼んでいる、忌まわしい銃。


「手を握ってはくれないか」


「キスもつけましょうか」左手で手を握りながら、顔を寄せる。


「そこまでしてもらえるような人間じゃ――」


 彼が言い終わる前に、耳の後ろに銃を突きつけ引き金を引いた。すぐさま排莢し、二発目を装填。心臓へ撃ち込む。

 ピシピシと音を立てながら結晶化していく。完全に鉱石化し、崩れるのを見届け、立ち上がる。ドックタグだけは結晶の山に紛れてしまわないよう、彼の神器に括りつけておいた。

 これと同じことをあと何回かこなさなければならない。

 もっとも残りは普通の人間相手だ。それこそ意識のほとんどない者ばかり。家畜の処理よりも簡単。リルの知る限り、この世で最低最悪の仕事で、自分のような無価値なろくでなしにしかできないことだった。



 一方、アンリースはというと、共犯者に仕立て上げられた可哀そうな臨時責任者を助手に、瀕死の重傷者の首を斬り落としていた。

 彼女の持つ波打った刀身の剣は、そういった用途に向かないように思えるが、神器である以上は並みの刃物よりも鋭利だ。しかし、その断面は刀身の形状から想像できるように荒い。すさまじくよく切れるが、抉ったような傷を残す特徴がある。

 何も知らない者からすれば、腕の悪い執行人による斬首のよう。


 アンリースがこの方法を採るのは端的に言うと、ウルリカの真似だった。ウルリカのように祈りや呪文を唱え、首を斬る。

 そして、忌事ともいえるこの役目を負っている理由は大きく分けて二つあった。

 一つはウルリカの〝愛〟を受けるリルに対抗して、張り合うために。もう一つは、もしかしたら助かるかもしれない命を摘み取る責を負わされる自分は、なんて可哀そうなんだろう、という自意識に浸るためだった。


 もちろん彼女は自分からはそんなことを一言も言ってはいないが、彼女がそういう考え方の人物だということはリルも人事担当者も知っている。知ったうえでこの任に就くことを認めている。動機は不純かもしれないが、その不純さがストレス耐性になるという考えの下に。

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