■02: 聖女部隊(1)
――一〇五三年四月。
キャビン内の案内灯とヘッドセットに流れるアナウンスが、作戦開始一〇分前を告げる。
リルはヘッドセットを外し、隣で悠長に寝息を立てている、赤毛交じりの白髪の少女ウルリカの肩を叩く。起こされた彼女は、起きてるよ、言わんばかりの表情でわざとらしくムッと口を尖らせ、コートの襟ボタンを留めた。
それをよそにリルは、装備の最終確認を慣れた手つきで行っていく。点検を終えると、大きなバックパックを背負い、降下の時を待つ。
機内には、五人の「聖女」が搭乗していた。
リル――青灰色のショートヘア、ヘイゼルの目。眉から頬にかけて縦に傷の入った右目。万年二位の優等生。ウルフグレーのジャケットと同色のチェストリグ、撥水素材のケープ、黒のパンツ、防水防湿素材のショートブーツにゲイター。木製銃床のボルトアクション式小銃、〇八式短型騎兵銃。無理やりマウントされた不釣り合いなホログラフィックサイト。
ウルリカ――赤と白が半々に交じったストレートのロングヘア、琥珀色の目。大鎌を扱うことから「白の死神」とあだ名される現時点での最強の「聖女」。スタイルもよく、すべてにおいて強者ゆえの余裕。三角帽、襟の立ったコート、フロントスリットのロングスカート、防水防湿素材のブーツ。鋸刃の大鎌。
ゲルトルード――砂のようなくすんだ金髪、目を閉じているかのように見えるほどの細目。ウルフグレーのジャケット、ポーチ付きのベスト、両膝と左肘にプロテクター、ドクロ柄のマスク。背が低いのが悩みの狙撃手。一見すると弾倉が二つ刺さっていように見える狙撃仕様の二段階加速ライフル。
パルサティラ――灰色がかった桃色の髪、青い目。縁の厚い眼鏡。図書委員系ゆるふわバーサーカー。ブラウスにリボンタイ、ショートパンツ、タイツ、デザートカラーのチェストリグ。他のメンバーに比べると軽装。背に剣を差し、左手には機関短銃。
アンリース――長く垂らした青緑の髪に赤色の目。革製のジャケット、スカート、ヒール付きの編み上げブーツ。儚く幼げな顔立ちと、首元までしっかりと閉じたジャケットの上からでもわかる発育のよさ。波打った刃の剣。
「降下準備完了」
ドアが開かれ、機外から風とエンジン音が吹きつける。係員が親指を立てている。
「降下」
掛け声とともに手を降ろす。降下の合図。
コンテナを投下。続けて、五人は順に飛び降りていく。
四〇メートルほどの高さを降下用の装備もなしに。普通なら自殺行為だが、彼女たちは普通の人間ではない。
降り立ったのは、戦いの真っ只中だった。
とはいっても、味方はほぼ壊滅状態、弾薬もほぼ底を尽き、文字通りの全滅を待つしかない状態ゆえに、「戦闘中」とは表現し難いものがあった。どちらかというと、巣の底に落ちるのを待つことしかできない蟻のようでもある。あるいは、ネズミを追い詰めたはいいものの、反撃を警戒してトドメを刺せずにいるともいえるか。
今回の五人の任務は、応援本隊が来るまでの間、ケモノに襲われ全滅必至の輸送隊を援護・救出しつつ、可能であればケモノを排除すること。
小銃に銃剣を取り付けながら、リルは戦場を見渡した。
車列を確認。見える範囲では軽装甲車両が二台。うち一台は断ち切られたように、二つに分かれ無残にも転がっている。トラックも数台見える。荷台のコンテナが引き裂かれ中身が散乱しているものもある。
ケモノは山羊頭の人型種と痩せた犬獣人型の混合群。ケモノとしては一般的な種だ。数こそ多いが、立て直せれば撃退どころか殲滅も可能だろう。
〝狩り〟はウルリカとパルサティラに任せれば問題ない。救援は自分とゲルトルード、アンリースで急ぎ行うべきか。いち早く前線を押し上げる必要がある。
リルは、降下時に共に投下したスキッド付きの強化樹脂製コンテナを引き摺り、立ち往生している車列に近づいていく。
そのリルの姿を見て、何人かが援護のつもりか銃を撃っている。気持ちはありがたいが、人間相手ならまだしもケモノの群れ相手には、あまり意味のない行動。やるなら薙ぎ払うくらいの勢いで派手に攻撃しなければ効果は薄い。数発の散発的な射撃ではケモノを牽制することは期待できない。
それよりは。
手招きし、何人か手伝うように合図する。手隙の何人かが姿勢を低くしながら駆け寄る。服装から「師団」の警備部隊員だろう。
「応援感謝する」
「それよりこれを」コンテナを運ぶよう促す。
二人が運び、それをリルともう一人の隊員が援護。
車両の陰へ。
コンテナの中身は、弾薬や医療品、いくらかの飲料水に食料。リルのバックパックの中身も同様。本隊が来るまでの応急の補給物資。
一足先に、車両隊に着いたゲルトルードは、トラックの荷台の上に陣取り狙撃準備を終えようというところ。
「状況は」隊長らしき人物に声をかける。
リルはこの男を知っている。会うのは二、三ヶ月ぶりくらいだが、悠長に再会の挨拶をしている状況でもない。
男もリルを見て一瞬、オッという顔をするが、すぐに質問に答える。
「多勢に無勢といったところだ。見ての通り、消耗が激しいうえ、こちらの人員の半分は非戦闘員だ」大型トラックを指差す。「本来なら、群れとは遭わない予測のはずだったんだが、まぁそれ自体はよくあることだ。だが、ちょっとな」
「何か問題が?」
「この群れはハグレじゃない、ボスがいる。デカいのが二体。蜘蛛と巨人型。いまは退いたみたいだが」
「トゥルーデ!」呼びかける。
「ガートだって」気怠げな返事。
「群れのボスは」
「ちょっと待って……。あー、それらしきものは確かにいるね。二体? かな」
広域探知――ゲルトルードの固有異能。生体をその痕跡も含めて見つけることができる。また、浮いていたり、飛んでいる対象の〝足跡〟も追跡可能。
リル、それを聞いて、隊長に目配せする。
「やれるのか」
「もちろん、いや、たぶん」
群れのボスがいるのなら、この場で叩いておいたほうがいい。
「キミがたぶん、と言うなら大丈夫だろう」顎を触る。「それで、なんだ……できればでいいんだが、戦死した隊員や輸送隊のメンバーの遺体を可能な限り回収したい。それと、同行していた『聖女』なんだが……、その、彼女たちも」
「わかりました」言葉を切るように。
「いつもすまない。後始末ばかり」
「適材適所ってやつですよ」
リルの言葉に、隊長はわざとらしく肩を竦めてみせる。リルも真似して返す。
隊長は頷き、指示を待つように後ろに立っていた隊員を呼んだ。
「車載機銃を優先して補給しろ。攻撃は応援の『聖女』にまかせて、防御に専念。目を瞑ったままでも中てられるようなヤツだけを撃て。敵を近づけさせるな」
戦えそうな隊員や神器兵を集め、防御を再構築。
「ここにはゲルトルードとアンリースをつけます。必要なら命令して動かしてください」
アンリースが頷く。ゲルトルード、トラックの上から手を上げて反応。
「助かる」
「それは終わってからです、隊長」
◆
ウルリカは「ふわり」と、着地すると、一直線にケモノの群れに突っ込んだ。
「見ず、聞かず、嗅がず、喫さず、触れず、想わず――」
詠い、鎌を振るう。彼女が一度、大鎌を振れば、死体の山が築かれる。
彼らが群れである以上、大なり小なり帰属意識や仲間、味方というものがあるだろう。突如現れ、群れの仲間をバラバラに刻んだ少女に対し、恐怖や怒りを覚えるのはある意味必然だった。高脅威の目標を優先するのは、人間もケモノも同じだ。
駆け回るウルリカをケモノたちは、怒りの声をあげながら追っている。
「さあさあ、こちらですよ~」
トラックと軽装甲車をチラと見やる。リルたちが向かっていることを確認。自分の仕事は、救援対象の確保が済むまで敵を引きつけること。そして、可能であれば、敵を撃滅することだ。
一足遅れてパルサティラも、群れに取りついた。
疾走する犬獣人型のケモノの背に跨り、多節剣で首を締め上げる。ケモノは苦しさと痛みで暴れ、背の危険を振り払おうとするが逆効果。背骨のように刃が連なる刀身が食い込み、終いには首を絞断。
剣をグラップリングワイヤーのように扱い、次のケモノへ飛び乗り、背面から心臓や肺を狙い機関短銃のスパイク付きフラッシュハイダーを突き立て、射撃。
ケモノは叫びをあげる間もなく、崩れ落ち、背に乗ったパルサティラは地面に投げ出される。転がりながらも次の標的へ。
一方、ウルリカは〝釣った〟ケモノたちに追われていた。
息を切らすことも、汗一つかくこともなく。逃げるというよりは先導といった形にさえ見える。
犬獣人型のケモノは「猟犬」とも呼ばれ、人間よりも速く走る。それどころか場合によっては車両と並走することすらできる脚力を持つ。彼らも常時トップスピードというわけではないが、それでも人間よりは速いし持久力もある。超人的な身体能力を持つ神器兵であれば、彼らと同等の脚力を発揮できるが、それもロングスカートを履き、重い大鎌を抱えながらの話ではない。
ふいに踏み切り、跳び上がる。航空機の失速機動に似た動きで、追いすがる一群を先へ流し。
宙を蹴り、急加速。
振り向かせる間すら与えず、追い抜きざまに斬り払う。
くるりと回りながら着地。
斬り損ねた二体が跳びかかる。
そのうち一体を大鎌の峰尻で殴打。頭骨は砕け散り、地面に蜘蛛の巣状の赤黒い染みを作っている。
もう一体は横から突っ込んできたパルサティラに押し倒されていた。爪が彼女を掴むが、気にせず胸元に銃口を抉り込み、引き金を引いた。分間一〇〇〇発を超える発射速度で吐き出される弾丸の奔流が、ケモノの内臓を引き裂いていく。
ケモノは絶命。だらりと全身が弛緩しているが、その爪はパルサティラの胸と背に大きく食い込んだままで、土で汚れたブラウスとチェストリグを赤く染めていく。
「痛いなぁ、痛い」爪を引き抜く。「でも、もうちょっと頑張ってよ」
パルサティラは笑いながら立ち上がり、ウルリカに向き直った。
引き裂かれた服の下からのぞく肌には、傷一つ残っていない。
巻き戻しに近い肉体再生――パルサティラの神器〈果てしなき強き炎への献身〉が持つ副機能。適合者に生存の意思がある限り、どのようなダメージを受けようとも延命する。しかし、傷は消せても、痛みは消えずに何日も残り続け、麻酔も効かない。
主機能は意のままに操れる伸縮自在の多節剣という構造そのもの。
先鋒のケモノを倒しきり、車両隊の方からも機銃の音が聞こえ始めている。となると、残す目標は群れの頭か。統率の取れた群れにはリーダーがいるはずだが、ウルリカはまだそれらしき姿を認めてはいなかった。
「ウルリカ! パティ!」
リルがやってくる。
「ごめんなさいね。リルの分は余ってないですよ」
大鎌にもたれかかるようにくつろぐ姿勢を見せながら、ひらひらと手を振る。
パルサティラは手近なケモノの死体を引き摺って一ヶ所に集めている。
「いや、まだいっぱいいるし。これじゃヘリも降りられないから」
遠巻きに三人を威嚇するケモノたちを指差す。彼らの背後には高層建築の廃墟。見た限りでは、もう二〇体ほどしか残っていない。
「あれもやっていいの? でもあんまり離れないほうがいいんじゃ」
パルサティラが尋ねた。返り血の一滴どころか、砂埃さえもついていないウルリカに対し、洗濯機にでも放り込まれたかのようにすでに全身ボロボロ。
「トゥルーデとアンリを置いてきたから大丈夫。あの二人には奇襲は通用しない」
車列の方向を見やり、ウルリカが頷く。
「喜びなさい、ボスがいるってさ、二体」
「二体?」パルサティラが聞き返す。
「そう。廃墟の方で身を隠してるんだか、こっちの出方を窺ってるんだか」
「いっそ三体なら取り合いにならないのに」
「別にそういうのじゃないでしょ」
「そうですか? リル、結構悔しがるじゃないですか」
「はいはい。本隊が来るまでに片付けるよ」リルは、やれやれ、といった口調で言った。
リル、ゆらりと、小銃を構える。
距離、一二〇メートル。無作為に一体を選び、発砲――命中。
リルの射撃を号砲のように、ウルリカとパルサティラは駆け出した。
釣られるように、ケモノたちも一斉に三人へ向かい突撃してくる。
不思議とケモノ側に悲壮感すら覚える構図。
さきの射撃で被弾したケモノは驚いたように首を振り、出遅れ。負傷はしているが無力化には至っていない。八ミリ弾は強力な弾薬だが、この程度の距離でもケモノを一発で即死させるにはコツがいる。
リル、続けて、先頭を走るケモノを狙撃。
弾は肩から胸へ抜け、ケモノは転倒。ほぼ致命。何体かは巻き添えで転んだり、立ち止まっている。後続はそれを避けようと跳躍。
ウルリカ、それに合わせるように跳び、大鎌で殴打。
パルサティラも突っ込み、場をかき乱す。
三対二〇の乱戦。
リル、弾倉内に残る三発を転倒した目標に撃ち込み、空になった弾倉へ弾を込めていく。クリップは使わず一発ずつ。弾頭に白と紫のペイントが施された弾。
山羊頭のケモノがリルに襲いかかる。三人の中で一番弱そうだと思ってなのか、あるいは装填中だと理解しているのか。
リロードを中断し、発砲。弾は胴の中央に中り、命中部位からは黒い結晶の花が咲いている。その鉱石化部位はパキパキと染み込むように広がっていく。
法石弾――劣化法石弾芯の特殊弾。体内の法石粒子と反応し結晶化させる、毒のような銃弾。血中法石粒子濃度の高い生物であるケモノ特効の魔法の弾丸。欠点は弾芯の素材としては鉄や鉛に比べると柔軟性に乏しく、脆く軽いこと。通常弾に比べると威力も射程も低い。しかし、皮膚さえ貫いてしまえば、毒の弾は銃創とは別種の破壊を齎す。
とはいえ、ケモノはまだ完全に死んだというわけでもなく、なおも腕を振り上げ、リルに襲いかかろうとしている。
銃剣付き小銃を槍のように突き出し、首を刺し、引き金を引く。
撃ち出された弾丸は、筋骨によって砕け、爆発ともいえるような形で、その破片と衝撃が筋肉や血管、脊椎を傷つける。それだけでも十分致命傷たりうるが、さらにコアの劣化法石が組織を結晶化させていく。
死んだまま彫像のように立ち尽くすケモノ。それを踏み倒すように蹴り飛ばし、前転。
リルの立っていた位置に、犬獣人型のケモノが跳びかかる。
すかさず銃口を向け、撃つ。
痩せた体躯に穴が空き、射出口側は半分ほどが抉れ、吹き飛んだ。
弾切れ。ボルトハンドルを引き、再装填を試みる。そこへ、ケモノが跳びかかってきた。
リル、装填を止め、受け止めるようにケモノの胸元を銃剣で刺す。一瞬硬直。空いた右手でナイフを抜き、顎下へ突き入れる。脳へは達していない。確殺するため、刺突したままの小銃の薬室へ直接、普通弾を込め、射撃。ケモノの胸が破裂し、血肉と骨が飛び散る。
そこへさらにもう一体。背後からリルを襲う。
刺突に使ったナイフをケモノの顎から引き抜くリル。姿勢を低くし、胸部を突く。ケモノの体重とリルの膂力で刃はどんどんと沈み込み、グリップまで抉り込まれる。拍動と痙攣。筋肉の動きが伝わってくる。それもすぐに収まり。
「モテモテですね」
ふいに、声をかけられる。声の主はウルリカ。
リルは、ドサッと、ケモノを振り降ろし、小銃を拾う。
血除けの撥水ケープからケモノの血が滴り落ちていく。
「そっちは終わったの?」
リルの言葉に頷き、廃墟街へと逃げていく数体のケモノを指差すウルリカ。
◆
対し後方。
車両隊を守るゲルトルードとアンリース。
別方向から迂回してきたケモノの群れと交戦中。
しかし、群れはゲルトルードの異能で事前に察知されており、襲撃と同時に車載機銃と自動小銃によって迎撃を受け、出鼻を挫かれ右往左往といった状況だ。
「……暇」アンリースはゲルトルードの横で座ったまま、波打った刀身の神器をふらふらと振りながら愚痴った。
「いいじゃん暇で。悪いことじゃないよ」ボルトハンドルを引きながら言った。
「先輩に褒めてもらいたいのに」
「褒めてあげよう」
「ウルリカ先輩がいいです」
言葉を返す代わりに発砲。
「ま、あんたの仕事はこれが終わってからもあるんだし。いまはそのための休養って考えればいいさ」
アンリースはトラックや軽装甲車の陰を見る。たくさんの傷病者。それを手隙の人員が、さきの補給に含まれていた医療物資で手当てしている。すでに息絶えた者もいる。
「手伝いたいって言うなら、ライフル持ってきて」
「わたしの腕前知って言ってます?」
「何秒かに一発撃つだけでいいから、撃ちすぎない範囲で」
「あ、うん」何か察したように。
アンリースはトラックの荷台から降り、転がっている自動小銃を拾う。弾倉を抜き残弾を確認。それを持って荷台の上に戻ると、伏射姿勢に。
「ん……きつい」
アンリースをじっと見つめるゲルトルード。つい窮屈そうな胸に目が向いてしまう。
「なんですか、おかしい?」
「いや」
ゲルトルードが発砲。追うようにアンリースも引き金を引く。
自動小銃の弾倉に残った弾を撃ち切る頃には、戦闘は終わっていた。
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