■01: 箱庭の少女たち(2)
ぶらぶらとあてもなく構内を歩く。
宿舎から最も近い広場では日も陰り、一層冷え込んできたというのに自主訓練やボールを使った遊びをしている者もいた。
さすがにクラウディアとアンゼリカの姿は見当たらず、入れ違いになったのかもしれないな、とほんの少し寂しい気持ちにもなる。
日の沈む時間帯を一人で歩いていると、自然とうつむきがちになって、色々と陰のあることを考えてしまう。
ルイーゼは今回の任務で三回目の実戦だった。
およそ半年の間で、三回。
作戦の内容としては非常に簡単な部類に入り、本来であれば「狩り」と称されるような任務だった。
しかし、いくら簡単な仕事だとしてもほとんど毎回誰かが命を落とす。むしろ、今回のように、損害は多く出したが遺体含めて全員帰ってこられるのは運がよいほうだった。
結局、ルイーゼたちは初めの短い間だけ戦い、死んだ仲間の体や装備を回収してすぐに撤退したにすぎない。
ルイーゼは主観的にも客観的にも、自分が「聖女」として「神器兵」として十分な実力を持っていると思っている。自分自身の純粋な能力にしても、武器たる神器の能力にしても。それは思い込みでも自信過剰でもなく、実際に「学校」からの評価も高く、同学年では最上位、「学校」全体でも上位三十の上級神器兵に相当する実力とされている。
死んだ仲間が足を引っ張っている、そう考えたくもなったが、彼女たちも優秀な神器兵であったことには違いなく、戦死したのも時が悪かっただけだとも思える。ほんの少し立ち位置やタイミングが異なれば死んでいたのは自分だった、という場面も簡単に思い出せる。
世界は自分たちの命でできている。「世界すべて」は、さすがに言いすぎかもしれないが、ポツポツと灯り始めた外灯も、部屋の明かりも、先ほどの検査で用いられた機材も、この都市を動かす電力はケモノから採掘した「法石」に依存している。ケモノを倒すのは「聖女」たち神器兵の仕事。そういった意味では、自分たちの犠牲によって成り立っていることに違いはなかった。
死んでいった者たちの名前を多くの人は知らずに過ごしている。
ルイーゼ自身もいままで死んでいった仲間の名前を全員知っているわけでもない。おそらく、自分が死んでもたくさんの「聖女」のうちの一人でしかないのだろう。そう思うと、寂しさや悲しさよりも、悔しさや憤りに近いものを覚えてしまう。
ただ名前が残ればいい、というものでもない。石碑の模様の一つになるのだけはごめん、それがルイーゼの欲求だった。
ふと、回転翼機の飛行音に顔を上げる。機は頭上を通り過ぎ、先ほどルイーゼも利用した離着陸場へ向かっている様子。同じ作戦に参加した先輩たちがいま帰還したのだろう。
あまり出待ちや野次馬じみたことはしたくないルイーゼだが、やはり気になるのか自然と足はそちらへ向かっていた。
照明に照らされた離着陸場と運動場に大型の回転翼機が停まり、後部スロープが降ろされ、スタッフが遠巻きに待機している。いままさに積み荷を降ろそうというとき。
ルイーゼには、その光景が劇場で幕が上がり、演者が舞台に登場するのを観客たちが心待ちにしているように見えた。
まもなくして、五人の少女たちが姿を現した。ルイーゼから見て先輩の聖女たちで、名前は「ウルリカ」、「リル」、「パルサティラ」、「イリス」、「ゲルトルード」。
ウルリカ――ところどころ赤い毛束の交じった無造作なミディアムの白髪、作り物の左腕が特徴的。「白狼の聖女」とも呼ばれる最強の聖女。「学校」内一位、都市内でも最上位の実力の持ち主で、それはさきの作戦で彼女が左腕を失う大怪我を負い復帰したあとでも変わりなかった。彼女の神器は大鎌の形状をしており、生命を持つモノを殺す機能を有している。左腕を喪失しようと、神器が扱えさえすれば〝戦力〟としては十分すぎる力を持つ。それくらい彼女は〝特別〟だ。
リル――ウルリカの隣で、防水防炎の封印布で包まれたウルリカの神器を小銃と共に担いでいる人物。青灰色の髪と右目の傷跡が印象的。荷物持ちにも見えるかもしれないが、彼女は学内二位の神器兵。ウルリカの相棒的な立ち位置にあり「黒の聖女」や「葬儀屋」と呼ばれている。神器は剣だが、ルイーゼは訓練や実戦で一緒になった際、一度もリルが彼女自身の神器を使っているところを見たことがなかった。そのため、ルイーゼの私感では、旧式の銃剣付き小銃で他の神器兵と遜色ないスコアを出す超人兵士、という印象。
パルサティラ――ボロボロの戦闘服を纏い、眼鏡をかけた灰桃の髪のおとなしい雰囲気の少女。自在に機動する多節剣を操る神器兵。出撃した多くの作戦で重傷を負いながらも生還。そうした経緯から「不死身」とあだ名されている。血や泥で汚れた戦闘服のジャケット、胸より下はボロボロで白い肌がのぞいている。腹部に穴が空くほどの損傷を受けたと思われるが、まったく傷は見当たらない。きわめて高い肉体再生能力を持ち、「肉を切らせて骨を断つ」を文字通り行う狂戦士ともいえる。
イリス――五人の中で最も背が高く、長い銀灰の髪を後ろで一つに束ね、サングラスをかけた、浅黒い肌の人物。刀型の神器の適合者だが、それは使わずに、誰にでも扱える量産型のただ頑丈なだけの刀型の汎用神器を好んで使っている。というのも、適合した神器に肉体保護系統の加護がないうえ、機能が肉体に高い負荷をかけるため奥の手として温存しているのだとか。
ゲルトルード――後ろから遅れて、大きなガンケースを重そうに提げた背の低い、砂のような金髪の少女。対資材銃に似た形状の銃型神器を扱う〝狩人〟。至近距離での戦闘が多くなりがちな神器兵の戦い方において、通常兵器以外の遠距離攻撃可能な武器は大きな影響力を持つ。特に、ただ見えた敵を撃つだけで終わりでなく、敵味方の動きによって位置取りや攻撃の仕方を変えられる熟練した射手は貴重で、彼女はその一人。
そしてもう一人、ハンガーの方から駆け寄り、ウルリカに跳びつこうとし避けられた青緑がかった髪色の少女がアンリース。見ての通り、ウルリカに対して、なんらかの好意を持っている。
彼女たちを照らす照明塔の明かりはステージライトのようにも見え、その光の中の彼女たちは手が届きそうで届かない、見えない壁の向こうの存在に思えてくる。
自分たちのような後輩のことは覚えてくれているのだろうか、同じ聖女として見てくれているのだろうかと、自分は先輩たちに追いつけるのかと、不安と寂しさが泡を立てるように膨らんでいく。ひどく自分が惨めに思え、胸が苦しくなり、目頭も熱くなってくる。
「ディ、ア……」あまりの苦しさにしゃがみ込み、ふいに口から絞り出すように声が出てしまった。不安になると、つい彼女に縋りたくなってしまう。よくない傾向だとは自覚している。
「なーに?」
「えっ」背後から声をかけられ、驚き振り返る。
クラウディアが大きめの紙袋を胸元に抱え立っていた。
「なにこんなところで遠巻きに先輩たち眺めて泣いてるの」
「ディア……」鼻を軽く啜りながら。「どう、して」
「わたしに気付かないで後ろをとられるなんて、まだまだだね」
「そういうこと言うの嫌い」
「はいはい、ルイーゼは頑張ってるよ。だからさ」
抱えた紙袋から瓶を一本取り出してルイーゼに見せる。ワインのボトル。猫のような犬のような、あるいはネズミのようにも見える脱力感ある独特なイラストのラベルのもの。
「好き」
「安い女だ」
「別にそうでもいいよ。ありがと」
「白と赤両方あるから、あとピンク? のも」
袋にボトルを戻しつつ中身を確かめるように覗くクラウディア。小さくカチャンと、瓶同士が当たる音がする。
「あ、と、はー」もったいぶるように、思い出すように言い、くるりと向きを変え歩き出す。「ローストビーフたっぷりのパン。好きでしょ。あと生ソーセージもあるよ。ま、ソーセージはわたしが好きなんだけど」
「どうしたの、そんなに。外出日じゃないでしょ今日」ルイーゼは立ち上がり、クラウディアの後を追いかける。
「整備の人に頼んだの」
「またか。可哀そうね、あの人も」
「なんで? お金は払ったよ」
「だってさ、ディア、彼の名前覚えてないし、覚える気もない、よね」
「いやだなぁ、それくらい覚えてるよ。フォルカー君」
「その人は警備部の人。ディアがいつも頼み事してるのはフリッツ」
「知ってるよフリッツ君。わざとだよ。敢えて名前は呼ばないでいてあげてるの」照れくさそうに眼を細める。「でもフォルカー君って感じの人だし」
「あんまし揶揄わないの。自分に惚れてる少年を弄ばないで」
「彼から言ってくれたら、そういうこともしてあげるのに」
「もう、そういうところがよくないの。別に止めはしないけど、後々つらくなるのは向こうなんだよ?」
「だってさ、もう少しで世界がなくなっちゃうかもってときだから。少しはいい思いをさせてあげてもいいかなって。わたしも男の人とそういうことしてみたいしね。それにフリッツ君別に嫌いじゃないし」淡々と歌うように、自分のことではないように続ける。「あっ、でもルーちゃんはちょっと妬けるのかな。あとアンゼリカちゃんもいい顔はしてくれないかも」
「あー、アンゼリカといえば」話題を切るように口を開くが、少し上擦ったような調子のズレた声が出てしまう。「アンゼリカのことだけど、あんな子まで実戦投入なんて」
「ええ、大変よね」冷たい口調。「でも、可哀そうなあの子が戦いに出ることはないわ、たぶん」
「どういう、こと」話題の切り替え先を間違えてしまった、と後悔する。
「あの子たちが戦う前に、全部終わる。そんな気がする」どこか遠くを見つめるような目と声音で続ける。「きっと、わたしたちが最後の世代になるわ、戦って死ぬ」
クラウディアはわけあって実戦に出ることを制限されている。そんな彼女が、自分たちは戦って死ぬ、と口にするのは、想像以上に〝重い〟ことでもあった。ルイーゼがうまく戦えず悩む、それすら贅沢なことなのだと。
「それは――」そこから先の言葉が出てこない。
彼女の抱える問題を根本から解決することは自分には難しい、ということをルイーゼは理解していた。
「ごめん、ディア……」わけもわからず、謝ってしまう。「ごめ――」
「はい、こういう話はここでおしまい。もう寮に着くからシャキッとしてよね、ルイーゼ」
ルイーゼの言葉を遮るクラウディア。気付けばもう宿舎棟の目の前まで来ていた。
「うん」
背筋を伸ばし軽く胸を張る。足も上げてしっかりとした足取りに。
「今夜は飲みましょう」紙袋を揺すってみせる。カランカランと音が鳴る。
「ああ。飲みすぎるなよ」
「それはこっちの台詞」
もしも、これがすべてを忘れさせてくれる魔法の水であったなら、どれほどよかっただろう。ルイーゼはワインなどのアルコールを見るたび、そう思っていた。
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