第4話
医者になって10年ほど経ち、他の医師に頼られるくらいに成長して最前線と言える場所で頑張っていた俺に、一週間ぶりに担当を持った患者は交通事故で聴覚を失った女子高生、
交通事故で聴覚を失うというのはそこまで珍しいものではないが、やはり聴覚を失ったショックは大きいもので、彼女の母親は彼女に隠れて泣いているのを見かけた。
俺の患者である彼女はとても強い子で、お見舞いに来る友達や家族の前では笑顔を見せ、看護師の前でさえも明るく振る舞っている。
しかし彼女はまだ子供、それも女子高校生、友達とお喋りや夜遊びなんかをしたり、学校へ行って彼氏なんか作ったりして楽しみたいだろうに、彼女は全く不満を言わない。
「成月ちゃん。手話の方はどうだい?」
『少しづつ、覚えられて、きたよ』
見やすいようにゆっくり手話をしながら声をかけると、彼女は口パクと拙い手話で返してくれ、笑顔を向ける。
少しは元気が出たかなと俺は彼女に微笑みを返した。
「娘の耳を治してください……」
思い詰めたような詰まる声。
彼女の母親に彼女の聴覚が失われたと知った日に言われた言葉で、今も音が聞こえない彼女の顔を見る度に思い出す。
俺もなんとか力を尽くしているが、なかなか見つからない。
それもその筈で、今までのデータには『治った・回復した』という事例が殆どないからだ。
殆どと言うからには『治った・回復した』事例は数える程だがあるのは事実。
しかし、どれもさまざまな条件が偶然重なったが故に起きたのもばかりで、参考にならず、未だ治療法は見つからない。
夜になると彼女は人がいないところで苦しそうに泣いているのを時折見かけ、その度に心が痛んで苦しくなる。
俺はとことん無力だ。
患者の頑張る姿を見るといつもそう思って人の弱さを実感する。
最近の彼女は少し嬉しそうに見え、こちらも嬉しくなる。
何かいいことがあったんじゃない? 、仲の良い友達でもできたんじゃないですか? と周りの看護師たちは言うが、実際はどうか知らない。
しかし俺は、彼女が笑っているならそれで良かった。
友人の前、家族の前でしか見せない彼女が心から笑った顔は、眩しいくらい明るくて、こちらまで笑顔になる。
俺はその笑顔を守ってやりたいと思っていたので、一時的の可能性もあるが楽しそうにする彼女が見れてとても嬉しかった。
そんなある日、彼女が病院内で走り回っていると看護師達から聞いて胸騒ぎがするのを感じると、俺は急いで彼女の病室へ向かう。
そこには彼女がいたので、耳が聞こえないことを忘れていた俺が声をかけた時、奇跡が起き、振り返る彼女は涙を流していた ─────。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます