第3話
事故から数日後、私は手話を習い始めた。
これから必要になるだろうと、リハビリを兼ねて。
手話は楽しい、人と会話ができるから。
でも、やっぱり私は言葉が良い、声がいい、そんな風にどこかで思ってしまう。
人の声も物音も、自分の声でさえも聴こえないこの耳には、何故か聴きたくないものばかり聴こえてくる気がした。
痛いよ、苦しいよ、辛いよ、死にたいよ……
病院にいる患者たちの苦しむ声だけじゃない、心臓の鼓動も機会音でピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、と聴こえて来て、嫌な時はピ━━━━━━━━━━っと響いて耳を塞ぎたくなる。
そんな私に安らぎをくれるのは病院の中庭。
聴こえなくても想像できる子供たちの楽しそうな声、嫌な音もここにいれば不思議と聴こえなかった。
風が吹く音や花壇の花が揺れる音が聞こえてくる気がして心地良い。
そんな私のお気に入りの場所で出会ったのが彼だった。
「やぁ」
笑い掛ける彼は風に吹かれ、神秘的に見えた。
音が聴こえなくなって真っさらになった脳にスッと入って来た声。
久しぶりに耳にした声に泣きそうな程心が震えた。
「わた……しは……私は、
恐る恐る聞く私。
もちろん私には声はが聴こえていなくて、無事に声が彼に届いているかすら分からない。
不安で怖かった、聴こえたのが勘違いだったらどうしようと。
「大丈夫、聴こえているよ。僕は
私の気持ちを察したのか、彼は微笑んで答える。
言葉が通じるその嬉しさは言葉で表せないほどで、今顔はにやけてるんだろうなぁなんて思えた。
「空は……何者……?」
「変なことを言うね。僕は僕だよ」
どうして声が聴こえるのだろう、その疑問を真面目に聴いた言葉だったけれど彼ははぐらかす様に微笑む。
彼の言葉に少し違和感を感じたのは気のせいだろうか。
彼は体の調子が悪いとかで、短期入院をしているそうだ。
色々あって伸びてしまっているらしいけど。
私は習っている手話をわざと使わず、自分の声だけで話をした。
病院にいる中で彼にだけ、親にも聴かせないこの声を。
その日から毎日彼と話をした。
今日あったこと、学校の話、病院での噂、入院前は何をしていたのか。
些細な内容ばかりだったけれど、声が聴こえるその嬉しさだけで私は良かった。
私が聴こえない自分の声で話すから毎回、
「聴こえてる?」
と心配して聞き、そして彼が微笑んで
「聴こえてるよ」
と言う。
毎回聞くのはどうかと思ったが、聴こえているよと言われるのが心地良くてやめられなかった。
ずっと話ができると良いな。彼と一緒にいたい。
そんなことまで思う程に私の中に光を灯した彼が大切な存在になっていた。
このまま彼以外の音が、声が聴こえなくても良いそう思える程に。
私は光を見つけた気がしていたけれど、彼との時間はそう長くは続かなかった。
彼が ─────── から。
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