第5話 票読み、見事に成功!
選挙のことについては関係者も多数いるので、これ以上は控えさせていただく。この後は、この時お会いした永野さんと私との間にあったことを中心に述べていきたい。
先ほど述べたとおり、永野さんは煙草も吸うし酒も飲む、典型的な「昭和のおっさん」のイメージ通りの人だった。まあ、それを言い出すと私だって煙草こそ吸わないもののいつものように居酒屋や自宅で酒を飲んでいるから、そんなに人のことは言えないだろうけれど。
そういう人だから、朝こそそうでもなかったが、昼も過ぎれば、
「おい米河君、ちと、この銘柄の煙草と缶ビール4本ほど買ってきてくれ」
と言われて数千円渡され、私が早速、近くのコンビニに行って煙草と酒、さらに何かのつまみを買ってくる。永野さんは以前自動車の運転免許を持たれていたが、今は返納されているので、別にクルマの運転に携わることもないから、昼間から飲んでも何ていうことはない。私も夕方以降の仕事がない日で選挙期間になる前などは、よく昼間から一緒にビールを飲んでいた。
常木市議あたりに見られたら「こらおまえら!」とでもなるところだが、まあ、お構いなし。丁度その丹生さんの選挙事務所は元喫茶店だった建物なので、頃合いのソファとテーブルがある。そこで一緒に何かをつまみに飲むわけだ。昼飯用の弁当の残りのおかずだったり、寿司だったり、ビールと一緒に買ってきた乾き物だったりといろいろ。昼間からこういう場所で飲むのは気持ちがいいものだ。とはいえ350ミリの缶では物足りないとばかりに、さあもう1本などとやってあとが続かなくなってしまい、しばらくソファで横になっておけと永野さんから言われたこともあった。
そんなことで大丈夫なのかという気もするが、選挙期間になったら朝から晩まで張り詰めた状態が続くから、いくら酒好きの永野さんでも、そんな時間から飲み呆けたりはしない。
選挙期間に突入すると、それまで以上にいろいろなことに気を配らなければいけなくなる。
事務所によってはスタッフの皆さんのために「炊出し」をするところもあるが、この丹生事務所では炊出しはなかった。1食当たりの制限額(1人1食につき1000円以内。人数制限あり)という法律のくくりが曖昧になるからというものもあるのだが、それだけでなく、そもそもこの事務所には炊出しをしてくれるようなスタッフがいないからという事情もあった。ではどうするのかと言えば、近所の弁当屋から頼むか、あるいはスーパーなどで買ってくるという手を使う。これなら、1人当たり1000円を超えていないかどうかが後々わかるから、事務処理上も問題なくなる。
なかには、炊出しを食べてもらうにしても、カンパ箱を置いてそこにいくらかお金を入れてもらうという手法を使っている事務所もあるが、そもそもここではその手を使おうにも、炊出しができないからしょうがない。
選挙運動に出払っている候補者や運動員の皆さんは、予め弁当を持っていくゆとりがない場合も多いから、どこかのスーパーで「現地調達」するか、さもなければ、通りがかりの知人の喫茶店やレストランで昼食をとるというパターンも多い。この場合でも、一人につき1000円までは法定選挙運動費として認められるにしても、それを超えて支出すれば後々問題を起こしかねないから、注意が必要だ。下手をすると、誰かにコーヒー1杯おごっただけでも「公職選挙法違反」のかどで逮捕された例さえあるからね。
だけど、炊出しであれ弁当であれ、どうせならおいしいものを食べないと、選挙に関わっている者にとっては、元気が出ないもの。まあ、選挙期間であっても、自費で飲食する分には、誰がどこで何をいくら飲食しようと問題ないのだが・・・。
選挙の投票日は、通例日曜日。投票時間が終了すると、開票所で即日開票が行われる。日付も変わろうかという頃にもなれば、余程もつれでもしない限り、おおむね大勢が判明する。この時の選挙は岡山県知事選と同時に行われたが、こちらの県知事選はすでに出口調査などでおおむね情勢が読めているから、割に早い段階で「当確」こと「当選確実」が出る。
この時の県知事選は新人ばかり4名が出馬して争われたが、当確は開票開始からしばらくして、すぐに出た。
ただ、県議補選ともなれば、必ずしもそう簡単に「当確」が出るわけでもないとはいえ、22時前後には誰が優勢であるかがテレビでも報道され始め、投票数の差も判明してくる。この日は結局、23時過ぎに丹生芳香候補の「当確」が出た。「当確」が出た後、かれこれの喧騒は続くが、0時を過ぎると、それも沈静化する。
この日私は常木市議と永野さん、それに勉強のために事務所に出入していた別選挙の候補者である唐橋氏とともに、街中の居酒屋に出てささやかに祝杯を挙げた。ちなみにその居酒屋は、私が以前よく行っていた居酒屋の系列の店だった。2時過ぎにお開きにして、その日宿泊していたサウナに戻ったのは3時前だった。
翌朝8時過ぎに目覚め、ひと風呂浴びた後サウナを出て、近くの映画館でちょうどその時期上映されていた「スマイルプリキュア」の映画を見た後、事務所に向かった。
昨夜の喧騒はすでに収まり、昨日までの丹生県議候補者は今日をもって晴れて「岡山県議会議員」となった。
選挙管理委員会に、早くも当選証書の受取に行かねばならぬ。4年に1回行われる本選であれば前職の任期が終わってから議員となるわけだが、補欠選挙は、要は欠けた人数を埋合せるために実施される選挙だから、欠けた定員が満たされたことが判明した時点で当選した候補者は直ちに「議員」となる。今回がまさにそう。
もっとも、選挙の後の事務処理等がある。これでしばらくは仕事が続くものの、長くてもそれは1か月弱。
それも終われば、それまで昼夜を問わず同じ場所で仕事を続けてきた人たちは、それぞれの場所へと去っていく。一度だけの出会いもあれば、それから何度と続く出会いもある。だけど、この時のむなしさには、何とも言えないものをいつも感じる。
この年の年末、衆議院が解散され、総選挙が行われた。もともと保守系の候補者の応援に入っていた永野さんは、前回の県議選で常木さんと出会ったのをきっかけに勤労党関係者への応援にも顔を出すようになった。私も引続きあちこちで選挙の手伝いをしたが、その合間に、永野さんに呼ばれて酒を飲む機会が増えた。
どうやら私は、えらく気に入られたようだ。この時の総選挙は、3年前の選挙で政権交代して与党になった勤労党が大敗し、民自党が政権に返り咲いた。岸川元首相の孫である安部信一氏が首相に就任し、日本国憲政史上11人目の「返り咲き首相(他の人に首相の座を譲った後に再びその座に就いた例のみで数えている)」と相成った。戦後では2人目。
総選挙が終わって間もないころ、私は永野さんに呼ばれた。選挙も終わったことだし、一杯飲もうというわけ。まずは、岡山市内のとある寿司屋に出向いた。その寿司屋は、私が幼少期にいた養護施設出身の先輩のもとで修業して独立した人の店だった。そのあとは永野さんの知合いのスナックに行き、結局その日は、街中のビジネスホテルに泊まった。ホテルに泊まる前に、永野さんは繁華街の屋台でたこ焼きを買い、その後近くのコンビニで缶ビールを何本か買って、それぞれシングルの部屋に入り込んだ。
そうこうしているうちに、永野さんに携帯電話から呼び出された。さっき買っておいたビールとたこ焼きを振舞われた。たこ焼きは大振りでボリュームがある。子どもの頃の屋台で買ったたこ焼きは小さめなのが多かったが、この手の店のたこ焼きは、兵庫県明石市の「玉子焼き」ともいわれる明石焼きほどの大きさがある。コリコリした食感も大きなたこ焼きの一部からは感じられなくはないのだが、ほとんどの「球面」から感じる食感は、シュークリームとよく似たところさえある。中の小麦粉を、それこそシュークリームのクリームを吸うように吸っていると、タコが出現というわけ。ソースやらショウガやらと、それに小麦粉クリームが口の中に混ざり合い、それをベースに、口の中で一つの「料理」が振舞われるという塩梅だ。熱すぎれば、ビールを幾分流し込んでやけどを防ぐのだが、少し時間が経っていれば、その心配もない。
しばらく、選挙事務所で昼間から飲んでいた時のような感じで改めて飲み直しつつ、かれこれ「説諭」を受けて自分の部屋に帰り着いたのは、0時を幾分回った頃だった。翌朝は9時ごろ起きだし、ホテルの食事をとって後、チェックアウトして別れた。永野さんは選挙で知り合った田上さんのクルマに来てもらい、宇野市の自宅へと向かわれた。
それからいろいろ、永野さんと選挙がらみとそうでないとも問わず、お付合いが続いたのだが、それはまた、機会を見て述べていくことにしよう。
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