第6話 ヴェールの向こうの謎の人物

 2019年の一斉地方選も終わり、天皇が生前譲位され、平成から令和へとなった10連休の2日目の昼、4月28日、日曜日の昼過ぎ。突如、私の携帯に電話がかかってきた。


「おいマニア氏、ちょっと、話に付き合ってくれるかな?」


 電話の主は、大宮太郎さん。××ラジオの社長であり、昼の放送のパーソナリティーを妻であるたまきさんと一緒に、長年務めている人だ。と同時に、O国立大学の先輩でもあり、サークルの鉄道研究会の先輩でもある。もっとも、鉄道研究会こと鉄研に通い始めたのは、実は私のほうが小学生で「スカウト」されてからのことで、幾分先なのだけどね。マニア氏と呼ばれているのは、「鉄道マニア」ということで当時の国鉄の人たちからも「マニア君」で通っていたから、それが鉄研の一部にも伝わり、幾分周りに伝わってしまったため。もっともある頃から、さすがに「マニア君」ではあまりだということで、「マニア氏」と敬称の格上げ? があって、今に至っている次第。


「どうせ君は、朝のうちにかけても電波を切っているだろうし、うっかり切り忘れていたとしても、お怒りの「前科」があるから、まあ、今かけた次第だよ」

「そりゃあ、日曜朝は勘弁してください。プリキュアの時間だけはね」

「わかっとるよ、そんなこと。たまきちゃんが大いに呆れていたよ」

「あれは、電話テロ以外の何物でもなかったです」

「何が電話テロだ。アホかいな」

「おっしゃる通り、阿呆でございます。酒飲むので、馬鹿でもあります、はい」

「もういいから、とにかく、本題に入るからね」

「はい、何でしょうか?」

「選挙の話、いろいろ、聞きたくてね。ちょっと、君にも協力してもらおうか?」

「いいですよ」

「じゃあ、O駅前の倉敷珈琲で1時間後あたりにどうかな?」

「ほな、参りますわ。で、何か持って行ったほうがいいもの、あります?」

「じゃあ、選挙がらみの写真やら今回の選挙から許された法定ビラやら、何か、面白いものがあれば、ぜひ拝見したいね」

「あ、そんなことでしたら、いろいろありますから・・・」

「それじゃあ、よろしく。あ、たまきちゃんも来るからね。くれぐれも、姉弟げんかはしないように」

「そもそも私、姉はおりませんから、姉弟げんかの成立要件を欠いておりますけど」

「似たようなものだろ。とにかく、よろしく」

「多少の異議はありますが、了解です」


 かくして1時間後、倉敷珈琲で大宮さんご夫妻にお会いして、取材? を受けることになった。まあ、中学生の時から存じ上げている人たちですから、取材と言っても、はたから見れば雑談をしているようにしか見えないとは思うけどね。

 ともあれ私は、身だしなみを整え、カバンの荷物をまとめなおして、倉敷珈琲に向かった。

 電話から1時間ほど経ったか経たないかの頃、倉敷珈琲に着いたら、お二人はすでに来られていた。

 さっそく、たまきさんが私に尋ねてきた。


「せいちゃん、また、選挙で走り回っていたのね?」

「そりゃそうです。こういうときに走り回らないで、いつ走り回りますのや?」

「それで、今回は、どんなことしていたのよ」

「まず、前半の都道府県議選、政令市議選及び同首長選は、岡山市南西区の常木市議の事務所の選対に入りまして、運動員を務めました。まあ、いつものことですけど。それで、後半の市町村議選及び同首長選は、H県のA市に参りまして、選挙分析及び知人の陣中見舞いをしてきました。あとは、ネットもありますから、いろんな人と、知合いになれて、なかなか有意義な期間でした。おかげで、昨日ようやく休みをとれました」


 ここで、太郎さんが一言。

「まあ、ご苦労なお話だったね。そこで何だ、今回の選挙のこと、何でもいいから、とりあえず、話してくれないか?」

「なんでもいいと言われましてもねえ・・・」

「じゃあ、総括からしてもらおうかな?」


 余計にとらえどころないようなことを言われてもなんだけど、とりあえず、いいか。ともあれ、話していけば、何かが生まれるってことよ。ま、この人たちとの話なんて、いつもそんなところだし、気が付いたら、ひとまとまりの話になっているものだしな。

 さあこれからというところで、コーヒーがサイフォンに入れられてカップとともにやってきた。黒砂糖の塊を2つ入れた上からサイフォンを傾け、コーヒーをカップに注ぐ。あと半カップ少々の分量が残っているが、それはボチボチということで、まずはカップ内をスプーンでかき混ぜ、一口すする。


「ほな、ぼちぼち、参ります」

ということで、今回の一斉地方選挙の「総括」を始めることに。


 今回の選挙、ホンマ、いろいろありました。でも、一定の傾向は見て取れましたし、とにかく、面白かったです。政治なんて、そもそもお祭りみたいなものですからね・・・。

 「まつりごと」ですがな、本来。まして選挙ですよ。

 これこそまさに、4年に一度のそこいら挙げてのお祭り以外の何物でもないじゃないですか。大阪改革の会のことを、ある保守系の地方議員さんが「お祭り野郎ども」なんておっしゃっていましたけど、そもそも選挙に携わるような人は、多かれ少なかれ、お祭り野郎ですって。

 国政の選挙と違いまして、地方選、特に市町村議選は、組織がどうのこうのという問題、ましてや国政レベルの政党がどうこうといった議論で動くところじゃない。もちろん、連動していないわけではありませんがね。いつも私が行っている常木の選対、確かに、元参議院議員で政党党首も法務大臣も参院議長も経験された江本六月さんの秘書をされていたこともあって、旧民社連の支持者の人、確かに多いですけど、常木を個人として支持している人の中には、本来は民自党支持者もいれば、創明党支持者というより、その母体のS学会の信者になっている人だっていますし、元協産党の人もいますし、あくまで地元だから支持しているという人もいて、本当に、いろいろですよ。

 週刊誌に出てくるような何党のダレカレがどうとか、そんな話をせいぜい見聞きしているぐらいじゃわからない、いろいろな人間ドラマがね、地方選ではあちこちで展開されています。いやあ、地方選の選挙事務所の仕事は、3日どころか30分もすればもうやめられないほど、面白いところです。私には、ね。


「面白いというのは、もちろん、面白おかしくとか、そういう意味じゃないことは分かるけど、それだけじゃあ、どんなところが面白いのか、ちょっと私たちにはわかりにくいわね。おそらく、あなたが経験したいろいろなエピソードを聞いていれば、面白いこともたくさんあるのでしょうし、もうこの際だから、今回の選挙を中心に、何でもいいから、選挙に関わって面白かったこと、いろいろしゃべってくれる?」


 たまきさんの申し出に、異論のあるはずもない。

 その前に、ってことで、サイフォンの中に残ったコーヒーをカップに注ぎ込み、黒砂糖の塊をもう1個入れて、改めてかきまぜて、また一口。

「じゃあ、折角いろいろな資料も持ってきたことですし、そんなのを見ながらお話していきましょうか」

「じゃあ、どうする? この後、酒でも飲みながら話すかい?」

「それは素晴らしい。是非とも、と言いたいところですけど、少しは「シラフ」でお話ししたほうがよろしいかと」

「君にしては随分「しおらしい」ことを言うねえ。じゃあ、ここでしばらく話すか」

「それじゃあ、早速、はじめましょうか」

「それはいいけど、ちょっと、お願いがある」

「何でしょう?」

「ぼくの父の知合いの、ほら、君も選挙で何度かあったことあるだろ、永野修身さんのことだけど、その人のこと、詳しく教えてくれないかな? ぼくの命の恩人のようだけど、実はお会いしたことはあまりないのでね」

「え? そうですか。中学生の頃に大病されたときに、その病気に効くとかいう、開発したての新薬を持ってきてくれるよう手配した人だと、おやっさんから聞いていますが、お会いしてなかったんですか?」

「ああ、実はな。父にはとにかく、自分のことはぼくに話さないでくれとかなり念を押していたみたいでね、当時は。なんせ函館まではるばる来てもらったけど、会ったのは、父だけだった。母も、実はあの当時会っていなかったんだよ。何でも、自分のような者は表に出てどうこうすることは向かないし、こんなことで恩人と呼ばれて持上げられるのは嫌だから、と言って、ね。何もそこまで頑なに言わなくてもとは思ったけど、ご本人がそうおっしゃるから、しょうがない。ぼくだって、初めてお会いしたのは、結婚式の時だよ。そのときも、そんなことは一切言われなくて、父の友人だということで来られていただけだったしね。君も、大勢の出席者の中の一人としか認識していなかっただろうから、おそらく、話もしていないはずだ」

「ええ、そういう人がいて、ましてどんな人かなんて、そのときは全く意識していませんでしたから。初めてまともにお会いしたのは、選挙の時でしたか・・・」

「そうだろうね」

「まあとにかく、この話だけは、ちょっと、酒抜きで、きちんと聞いておきたいと思う。申し訳ないが、その話を最初にしてくれないかな。酒の席は、それからで」

「いいですよ。じゃあ、お話ししましょう」

「できれば永野さんの関わった選挙がらみの話を中心にして欲しい。よろしく」

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