....twelve.絵付けの雲

 あの有名な映画では降ってくる少女を少年は受け止めたわけだけれど、私はきっと誰にも受け止めてはもらえないのだ。そう、わかっている。

 こういうことを考えていると、まるで私が飛び降り自殺でもしようとしているかのように周囲に思われてしまうけれど、別にそんなことはない。勝手に勘違いされるのは面倒だ。

 もしも私がそう思うのなら、もっと前に、何も言わずに飛び降りる。例えばの話だけれど。

「あ、今、足の動きズレたよ」

 音に手足を馴染ませるように動かせば、後ろから声が掛かる。日舞を習い出したのはどうしてだったか、ふと疑問に思った。多分ママが、都をどりを見に行ったときに「舞踊って素敵ね」と呟いたからだったと思う。ママに素敵って私も言って欲しくて、始めた、そんな気がする。

 一つ一つの動きを美しく魅せる。それが楽しくてたまらなかった。音と嵌る身体の動き、視線。綺麗な着物が身体を真っ直ぐに、私を奮い立たせてくれる。その何もかもが好きだった。

 二年前に辞めた日舞を今でも思い出す。指先まで神経を通わせる感覚は今でも体中に残っている。

「やっぱり続ければよかったじゃん」

「そんなのむりだよ」

 好きなら続けられる、なんてお金持ちが考えること。時間にもお金にも余裕がないと、そんなに簡単に続けられることなんてできない。ねえ、知ってる?私がここにいる間のことを、ママは学校で勉強していると思ってるんだよ。ママは私がもう日舞、好きじゃないんだって思ってるんだよ。

 言いたくても言わなかった言葉を飲んで踊り続ける。

「てか、手、ひどいよ」

 そう言うけど、私はもう習ってないわけだし、そんなに厳しく言わなくったっていいのに。嫌味をこめて返事をする。

「じゃあやって見せてよ」

「いいよ」

 簡単な了承のあと、私の隣に立ってから、流して、と呟いた。再生ボタンを押せばさっきと同じ曲が頭から流れ出す。すらりと伸びた手足が耳に馴染んだ曲とピタリと嵌っていった。夕暮れが夜へと化けながらその中で変わらずに舞う。舞う、と言う言葉がただピースの一片のように、ぴったりなほど。私ができなかった流れまで完璧に。艶やかさのかけらも無かっただろう私とは違う、本当の踊りだと思った。

 私の踊りは真っ白の踊り。それだけでいっぱいいっぱいの、開いても仰いでもなにも見つからない、つまらない真っ白。目の前の踊りのような、開いても仰いでも彩られて美しい、そんな鮮やかさは手に入れられない。

 だからやめたくなったんだよ。私は『素敵』に踊れないから。だから日舞をやめた。どれだけ頑張っても、届かない。『素敵』にはなれないから。

 曲の終わりが見えてくる。夜が連れてくる冷えた風が吹いた。制服の裾はパタパタと逃げて、前髪が翻れば曲も消えていく。

 時間は止まらないから、でもせめて、雲が音すらも止めて。彼女が目の前でなびき続けられるように、それを見ることができるように。

 真っ白の扇は、見ている人を楽しませることはできない。色鮮やかに、美しく、細やかな扇のほうが、扇としてあるべき姿なのだと思う。だから、だから私は、色付いた絵の描かれた扇になれないから、踊りをやめたんだ。

「どう?」

「流石だね、完璧だよ」

 そう笑って答えればすぐさま謙遜する。

「まだまだだよ。私なんて、まだまだ。あの中盤の腕の動きとかさ、」

 そう言ってまた先へ進む姿が、眩しくて、嫌になりそうだった。


 私だって、踊りたくてたまらないのに。あなたみたいに。


「お稽古もうすぐだし、行くね」

「うん、頑張って」

 明るくリュックと鞄を持って去っていく後ろ姿に、このまま全部止まってしまえばいいのになんて思った。

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