青薔薇
トントントン
机で作業をしようとしたとき、ドアがノックされる。
「どうぞ」
ゆっくり振り返れば、聖水を持ったメイドがいた。私よりも高価で、きれいな服を着たメイドが。私があからさまに嫌な顔をしたのが見えたのだろう。
「早くしてくださいよ。旦那様に、いやそれより奥様に言い付けますよ。」
これではどっちが主人かわかったもんじゃない。それでも私には逆らうことはできない。実際私は先妻の残した汚れた血の入った目障りな女として疎まれていたし、妹の代わりとして辛うじてこの狭い部屋を持っているようなものだから。
「すぐに行くわ。聖水は置いていって。」
メイドはものすごく嫌そうな顔で私を睨み付けると、聖水を置いて出て行く。ドアが閉まる直前に、舌打ちをしたのが聞こえたが、そんなことはもうどうでもよかった。
王国には、神殿がいくつもあって、沢山の神が祀られている。代々神官を輩出して、神殿を維持していたのが我らクロフォード公爵家だ。ただ、ここ最近は優秀な水の魔法を持っている魔道士が生まれることは無く、神殿は年々緩やかに衰退していっている。今では神殿自体、神の加護を受けるためと言う本来の目的を失いつつありただの壮大な建物になっている節はある。そしてここではわたしは、妹の代わりに、神に仕える神官としての役目が与えられていた。
皮肉にも野蛮なはずの私は、誰よりも神官としての資格があった。私はありえないほど魔力が強く、何より容姿が特異なのだ。銀髪に赤眼、異様なほど白い肌。神の好む容姿を、完璧に模倣していた。しかしそれでも神殿を立て直すのに十分とは言えなかった。私に流れる血が、この国の人に拒否されるのだ。魔力が強く、銀髪であるだけでも神に愛されると言うのに、そこに赤眼透き通る白い肌とくれば神の寵愛を受けてもおかしくないのに、だ。馬鹿馬鹿しいがそれがこの国の現状だ。私はやはり、生まれてくるべきではなかったのだ。
神は精神体だから肉体を持っていないと考えられている。王族は例外で現人神とされているが、あれは早い話、人間の肉体に神が憑依しているのであり、厳密には神ではないと考えられる。大前提として、神は目に見えるものではない。そこで、人は、神聖な水を通して神と会話をする方法を考案した。古くからの言い伝えで神は水にその姿を映すと言われている。そしてその言い伝えを研究し神と対話する方法を考案し、神と相性の良い水魔法が使える魔術師を代々輩出してきたのがクロフォード一族だったというわけだ。
私は10歳になる年に魔力が覚醒した。この国ではどのような身分であれ、魔力が覚醒すると神殿へと行くことになっていた。その時ばかりは体をきれいに現れ、ボロボロの服を着替えさせられた。そして神殿へと向かい、聖水の入った大きな盥の前へと立たされる。そして、神官に促されるまま、その水へと祈りを捧げた。
「神聖なる神よ。我が王国に恵と幸をもたらしてくれるありがたき方よ。これらの食べ物は…」
教えられた通りに水に話しかけていた時だった。突然水が揺れ始めた。私のそばにいた神官は驚きを隠せないようではあったが、
「お嬢様はここで神の神託を受け取ってくださいませ。」
と言い残すと神殿から全ての人を追い出した。私が呆然と水の前で立っていたら、不意に水が青く光った。
「それはお前が食べろ。私は要らぬ。」
神は供物の受け取りを拒み、私に声を届けたのだ。それは異常事態。神が人と話すことは滅多になく、話したにも関わらず供物の受け取りを拒否することなど本当ならあり得ないことなのだが、幼かった私にはそれが理解できなかった。2日間まともな食べ物を食べていなかった私は、その言葉を額面通りに受け取り、お礼もそこそこにその場で全ての食べ物を食べた。神に用意されただけあってとても美味しかった。食べ終わるのを見ていたかのようなタイミングで再び声がする。
「お前が食べたことは黙っておけ。全て私が持って帰ったことにすると良い。私はお前のようなものから食べ物は貰えぬ。だが次もここに持ってきて食べるが良い。またすぐにお前を呼ぶ」
そうして、わたしはときどき神様に食べ物をもらうようになった。
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