福寿草

ソフィアは私のかつての親友だった。もちろんユリアスとソフィアが知り合うきっかけになったのも私だ。こんなことになるとわかっていたら、私は彼らを引き合わせるなんて馬鹿なことはしなかった。

 出会ったその日に彼に一目惚れした彼女が何をしたと思っているのか。あの日のことは思い出すだけで頭が痛くなる。

「あなたの婚約者ってユリアス様だったのね!?すごいじゃない!どうして教えてくれなかったのよ!!」

 無邪気にはしゃぐソフィアはいつもと変わらないように見えたし、私の婚約を喜んでいるようにしか見えなかった。あの可愛い顔の裏で、私をなによりも憎んでいたなんて、誰が想像できただろう。そしてその1年後、彼を見事に奪った彼女の最後の一言を忘れることは一生無い。

「今までずっとわたしのためにどうもありがとう。やっぱり北の田舎くさい女から生まれた娘は田舎臭いのね。あなたは知らなかったでしょうけど。私は昔からあなたのことが気に入らなかったのよ。だから今はとても幸せよ。本当にありがとう。」

 にっこりと笑った彼女は、側からみればとても可愛くて、綺麗で、素敵な女の子に映っていただろう。茫然として立ち尽くす私を心配するそぶりすら見せる彼女は、何も心配することはないかのような柔らかく、優しい笑顔で私に話しかけ続ける。彼女の言動、行動の全てが、的確にわたしの痛いところをえぐりにくる。

「彼が言うには、あなたは可愛げがないそうよ。話し方、見た目、全てが劣っていると。唯一の取り柄は家柄だけど、それすらも北の田舎娘の子供だったら俺が恥をかくと。そうですよね。いくらお優しいユリアス様でも、北の帝国の血縁者の人を妻になんてできるはずがないですよね?」

 気がついたら手が出ていたのだ。思わず、彼女の頬を叩いてしまった。そう。このとき、私の国外追放は決まったのだった。


 今ではアカデミーで1人なのも、家で存在を無視されることも慣れてしまった。

 私の母はもういない。私を産んですぐに死んでしまったのだ。だから私は彼女に会ったこともなければ、顔すらも知らない。ただ、父が言うには、年々母に似てきているそうだ。父も、義母も私の顔が気に入らないらしく、私は常に1人だった。

 私の実の母は、北の帝国のお姫様だった。政略結婚で、太陽の王国へと1人送られ、皇族ですらない公爵家へと嫁がされたのだから、母は幸せだとは言えなかっただろう。それでも母はまだよかった。いくら政略結婚でも、生きている間は優しくしてもらえたのだから。母のいない私は、父の再婚相手には憎まれ、実の父にすら疎まれて育った。妹が生まれると、私は存在すら無視されるようになった。それでも憎まれるよりは放って置かれる方が楽で良かった。

 幼馴染みのユリアスはどんな時でもわたしの1番の味方で、良き相談相手で、わたしの初恋の人だった。そのユリアスとの縁談で、やっと家に居場所ができ、少しずつうまくいっているようにみえたのに、恋は全てをダメにする。私の良き相談相手で、1番の味方だったはずのユリアスは、恋に落ちて、私の1番の敵へと変わってしまった。彼はソフィアに言われて、私が家で孤立しているのをいいことに私を王国から追い出す準備を始めたのだ。

 落ち目のクロフォード公爵家長女の私が、一体何になれると言うのだろうか。もうすぐ、太陽の沈まない白夜がくる。おそらくその日が私がこの王国で穏やかに過ごせる最後の日になるだろう。私は考えることをやめ、再び机に向かうことにした。

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