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「婚約を、解消してくれ」
ルイスがいる。何故かは分からないけど、ルイスが、今、目の前にいる。
夢? そう思って頬を抓ってみるも、痛い。正常だ。夢じゃない。
え、なに? どういうこと? それに、婚約を解消してくれって……。
サラサラの金髪に、空のように青い瞳。THE・王子といった風貌のイケメン顔が直視できず、私はその隣……白いもこもこした髪が特徴的な、幼い顔立ちの女の子に視線をやった。
「……フィリア? 」
「え……? はい? セルシア様……? 」
返事をしてくれた。え、セルシア様?
セルシアって、あの悪役令嬢の?
……………………状況を整理しよう。
まず、私は確かトラックに跳ねられた。で、えーと……。目の前には、今朝までプレイしていた乙女ゲーム「Colorful」の攻略対象キャラ、王子のルイスがいて、その隣には、ゲームの主人公、フィアナがいる。
とすると、この世界は「Colorful」の世界……なのか? え、幻? 夢を見ているとしか思えない。
……もし、もしだ。もし、この世界が本当に「Colorful」の世界なのだとしたら、他の攻略対象キャラもいるということになる。
私はゆっくり、まるで後ろに幽霊でもいるみたいにゆっくりと、振り返った。
目が合う人物が、1人、2人……いや、3人。
1人は執事。眼鏡越しでもはっきり分かる切れ長で凛々しい碧い瞳に、低い位置で結んだ銀色の髪。間違いない、フィリアの執事であるリービアだ。
グラス片手にこちらを見つめるリービアは、隣の美青年と一言二言会話を交わして、私の方を指さしてきた。
私について話しているのだろうが、そんなことは今はどうでも良い。私は、リービアと会話をしているその美青年、ラピスに視線を奪われていた。
ラピスは、「Colorful」の中でも最も人気のあったキャラクターだ。
黒髪に赤色の瞳。キュッと引き締められた口元。
国一番の剣の腕前をもつ彼、ラピスは、画面越しで見るよりいっそう綺麗な顔立ちをしていた。
それに、その隣にはレンまでいる。
フィアナと同じ白髪で、ラピスと同じ赤色の瞳。
どこかミステリアスな雰囲気を纏ったレンも、やっぱり「Colorful」にいるレンそのもので。
ルイスにフィリア、リービア、ラピス、レン……。
なんと、「Colorful」のキャラクターが勢揃いしているではないか。
え、もしかして私、いや、もしかしなくても、「Colorful」の世界にいるの?
え、あんまりそういう系のジャンルに詳しくはないんだけど、もしかして異世界転生ってやつしちゃってるの?
は? え?
「はあああああぁぁぁぁぁ!? 」
「セルシア……? セルシ……」
「え、えええええええええ!? 」
「セルシア、話を……」
「待って! ちょっと待って! 」
「え? あ、ああ……」
待ってくれた。さっき婚約解消がどうとか言ってたが、待って良いのか。
それより今は、自分の姿を確認したい。
とりあえず「Colorful」の世界にいることは分かった。分かったけど、さっきからルイスが私のことを「セルシア」と呼んでいるのが気にかかる。
まさかとは思うが……いや、まさかな……。
「ちょ、ちょっと待っててね……」
攻略対象キャラがいることにすっかり混乱してしまっていたが、よくよく見ればこの景色、この大きな役所のような立派な建物、貴族の金持ちが持ってそうなこの広い庭のような場所は、「Colorful」の舞台となっている、フィリア達が通う学園だった。
そしてたぶん、ここは中庭だ。
すぐ近くにあった噴水を覗きこみ、水面で自分の顔を確認する。
「……マジか」
そこには、セルシアがいた。
悪役令嬢の、私の大嫌いなセルシアが。
明るい茶髪左サイドでポニーテールにした、金色のつり目が特徴的な、ベージュ色のドレスを着たこいつは、紛れもなく私であり、セルシアだった。
「セルシア……? あの、婚約解消を……」
「ねぇ、今って卒業パーティーなの? 」
「え? 何を言って……」
「いやだから、今って卒業パーティーなの? 3年生の」
「あ、ああ。今は卒業パーティー……セルシア? 大丈夫か? 口調が……」
混乱し始めるルイスには申し訳ないが、今一度状況を確認させてほしい。
婚約解消……3年生の卒業パーティー……私とルイスの様子を見守る、沢山の人々。
これ、私が今朝見た景色まんまじゃん。
ルイスを攻略して、結婚イベントの1つ前のイベント。
卒業パーティーで、ルイスの婚約者だったセルシアは、全校生徒、全教師が見守る中で、婚約解消をルイスから言い渡される。
私の記憶が正しければ、確かそうだったはずだ。
え、てことは私、今この王子から婚約解消言い渡されてる?
マジか。ルイスは「Colorful」の中でも最推しだったから、ちょっと辛い。
けれど、今の私はセルシアだ。3年生の卒業パーティーも迎えているということは、フィリアは無事ルイスを攻略できたのだろう。だったらお邪魔虫である私は、この場から去るしかないか。
ゲームでも、婚約解消になってたしな。
「分かりました。今までありがとうございました」
これで良いんだよね?
セルシアの台詞とは飛ばし飛ばしで読んでたから、正直なんて言ったのかはあんまり覚えてないけど、まぁ婚約を無かったことにすれば良いんだし、間違った台詞選択はしてない、はず……。
ところがどっこい。目の前のルイスはポカンと口を半開きにするばかりで、何も返事を返さないではないか。
え、間違えた?
「婚約破棄だと……? 」
「あのルイス様が? 」
「セルシア様、さっきまでと様子が違うわよね? 」
ルイスが言葉を発する代わりに、周りが騒がしくなっていく。
婚約解消に狼狽える声、私の様子がおかしいという声が様々だ。
私も私で混乱していると、ルイス王子は半開きにしていた口を、ゆっくりと動かした。
「……違う」
「は? 」
何が違うというのだ。
私は、台詞こそ違えどゲームのシナリオ通りのことをした。何も違っていることなどない。
「違う」
「いや、違いませんって」
思わずそうツッコんでしまった。
だが、目の前の王子は、「違う違う」と言い続ける。
「違う、違う違う違う違う違う違う違う」
イケメンの顔を床に向けて、呪いの呪文でも唱えているかのように、違う違うと連呼する。
なんかもう、怖い。
「違うだろっ!! 」
違わねぇよ。とは、言えなかった。
俯かせていた顔を勢いよくバッと上げてそう言った彼を見たら、何も言葉なんて出てこなかった。
「違うだろおおおおおおおお!! 」
ルイス王子は、泣いていた。
漫画や小節、ゲームでも、イケメン男子が泣くシーンは割とある。
大切な人を救えない後悔から泣いたり、不甲斐ない自分に泣いたり、はたまた嬉し泣きだったり。
涙を流し泣くイケメンの姿というものは、それはそれは私の脳を「萌え」で支配し、ベッドの上で数分間悶えさせた。
が、今のこの王子は違う。そういう綺麗な泣き方じゃない。
滝のような涙を流し、これでもかというほど鼻水を垂らし、「違う」とよく聞き取れないガラガラ声で叫び散らかすその様は、少なくとも王子とは言えなかった。
「ちぎゃうっ!! せるびぁあぎゃぞんなぎょごいわな……ゲホッゲホッ、ゴホッ、うぉぇ……」
「……」
正直に言おう。引いた。
いや、もしこれが私の知らない、全く知らない初対面の人間であったならば、ここまで引きはしなかっただろう。
だが、目の前のこいつは王子。私の最推しだった奴なのである。
その王子が、顔をくっしゃくしゃにして、駄々っ子のように泣いているのだ。
夢であってほしかった。
「せるびゃああああああ!!! 」
「うわっ!? 待って待って!? ちょ、足に抱きつくな……」
足に縋り付いてこようとするルイスから離れようと、後ろに下がる。
が、バランスをとることができず、目線はすぐに上を向いた。
後ろから大きく傾いた身体は、そのまま床へと落ちていく。
「セルシア様! 」
焦ったフィリアが身体を支えようと手を伸ばしてくれた時には、もう遅かった。
頭に強い衝撃が走り、そのまま意識が遠のいていく。
「セルシア様! セルシア様! 」
「せるびゃあああああ!? 」
ああ、うるさい。
私、また死ぬのかな。
それならせめて、もう少し静かな環境で逝きたかった。
そんなことを思いながら、私は再び目を閉じた。
悪役令嬢は学園生活を謳歌したい! 白咲実空 @mikumiku5
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