番外・テルミー

「はれ? …何処此処」

ふと辺りを見回すと、見覚えの無い場所にいた。

「………」

少しばかり豪華過ぎるキライがあるが、雰囲気は学び舎といったところだろう。

清潔な白の聳え立つ壁。

キラキラと降る木漏れ日が中庭を明るく照らす。

完全に中に入り込んでいたわけだ。

いつの間に…。


見ると日向に心地よさそうなベンチがあって、Kを午睡に誘っている。

「ふむ」

よたよたと近付いて腰掛ける。

空は快晴。

秋先の清涼な風が上空で踊る。

「………あったけぇ」

先日雪が降ったとは思えない陽気だ。

ポツリと呟いて、薄っすらと目を閉じた。




「先生、誰か寝てるよ」

うん。寝てるんだよ。邪魔しないでおくれ、今気持ちいいから。

「風邪を引きますよ、起こしてあげた方が」

風邪かぁ…。睡眠不足だとすぐ引くけどね。基本は丈夫。

「見たことある子? あたし知らないな」

…うん。ウチも君ら知らんわ。顔も見てないけど。

「一年かな、此処に人が来るのは珍しいよね」

だって迷子だもん。いいから放っといて。いい気分が何処か行くじゃん。

「…起こしてやるんじゃなかったのか?」

………

「―――――――しーる?」

もそ。

目を擦りながらゆっくりと身体を起こす。

ぼんやりと首を回して声の出所を探す。

「―――――? シールは?」

若い学生達が多々いる中、声がした筈なのにシールがいない。

そもそも男がいない。

「先生ー、この子寝惚けてるよー」

その言葉に首を動かして漸く男をひとり発見する。

先生と呼ばれている彼は薄茶の短髪に眼鏡をかけた健康そうな男性だった。

生徒達に紛れても解らないと思う。

渾名か新任かなのだろう。

「先生…?」

まだ覚醒しきらないままその先生とやらをじっと見る。

「? どうした? こんな場所で寝ていたら風邪を引くよ。もう冬も近いんだから」

「ん」

やっぱり寝惚けていたらしい。

シールの声とは違うみたいだ。

「ねーねー何処の子?」

「何年生? 誰のクラス?」

「え…」

突然の質問攻め。

どちらかと言うといつも倦厭されがちなKは明らかに狼狽して、色々視線を彷徨わせて何度も意味を為さない呻き声を洩らしてから、正直に言う事にした。

「えっと、その…此処何処でしょう?」

「え?」

「中庭じゃん」

生徒達が一斉に返答を返す。

「いや、じゃなくて。えっと~、気付いたら此処にいて。気持ち良さそうだなぁ~ってうっかり此処で寝ちゃったんだけど…えと。学校…ぽい事は解るんですが…?」

ざわ、とさっきまでとは少し違った空気になる。

失敗したかなとビビるK。

「つまり、君は学生でも関係者でもなく、迷い込んできてしまった、と」

「そういうこと。さすが先生」

へらっと返すと困ったような呆れたような顔を作って先生は少し考え込んだ。

「解った、ちょっと来なさい」

「えー、先生!?」

「補習はまた今度。さ、君、ついて来て」

「え、あ、はぁ」

みんなのブーイングの中強制連行されるK。

生徒達に軽く会釈して、先生の後に続いた。




「迷子かぁ」

「迷子です」


案内された個室。

数分の問答の後、思っていたより先生はフレンドリーだった。

名前や住所も聞かれなかったし、迷子?って聞かれて迷子。って答えて終わり、というあっさりさだった。

いいのかなぁなんて思いながらも、煩くないに越した事は無いのでそれに甘んじる。


「何してたかはさっきの通り?」

「ん。嘘偽りなしです」

「そっか」

沈黙が降りる。

それは意外にも重苦しいものではなかった。

寧ろ心地良いとすら感じた。

――なんか、似てるな…

目蓋を閉じてその温かみを体感する。

「どうかしましたか?」

その声に驚いて

「いや、なんでもないです」

眼を開けた。

「そう?」

違う。やっぱり似てないんだけど…。

「暇はありますか?」

「え?」

目を遣ると彼は優しく微笑みかけていた。

「えと、…構いませんが」

「よかった。少しお話しませんか」

断るのも勿体無いかなと、Kは了承する事にした。


「此処で教職に就く前は僕も王城に居た事があったんですよ」

「へぇ」

大人しく頷いてみせる。

実際、だからどういう事なのかは解っていなかった。

「じゃあ偉い人なんですか。あ、家庭教師やってたとか?」

「あはは、そこまで凄い教師じゃありませんから。まだ院生でもありますし」

「そうなんですか? じゃあ?」

その問いには彼は優しい笑みを浮かべるばかりだった。

でも王城に居たという事は、もしかしたらKの事も知っていたのかも知れない。

それで素性を詳しく聞かれなかったのだろうか。

そう言えば、僕王城にー、と言った気がする。

「じゃあ――」

Kは折角だから王城内の会話をしてみようと思った。

「宰相さん、知ってます?」

「…今の宰相? シルータ・アーズだね。彼が?」

あ、そうやって呼ぶのか。

確かに、マディメじゃ王と同じだし。

「別に何って訳じゃないけど、どうかなって」

そのKの問いに難しい顔を見せる。

「どう、か。僕からは何とも言い難いな。…じゃあ、貴方はどうなんですか?」

「え、あー…」

逆に切り返されて考える。

確かに難しい問いをしたようだ。

「うーん…まぁいい奴…のような。かなり面倒臭がりだけど」

チラと隣を見ると、特に驚いた顔もせずそうかと頷く彼が居た。

一般の民が宰相を良く知っている仕種を見せても驚かないなんて、これは本当にKの事に気付いているんだろう。

「彼は、貴方には自分を見せるんですか…?」

「え?」

ちょっと考えてみる。

別に他人とKに対する扱いが違うとは思わない。

「いや、そんなこと無いみたいよ? 他と変わんないわ」

「そうですか?」

笑う。

少し切ないような笑みだった。

「…? シ…宰相さん好きなの?」

「ばっ…!」

がばっと顔を上げて驚愕の目でKを見た。

「あ、そうなの?」

「違います!!何でそうなるんだ!!?」

「なんだ、残念。随分怪しいけど。そういうんなら」

「止めてくださいよ、何故僕がアーズを」

「何故って言うなら、なんかウチを羨ましそうに見るからさ。って言うかもうこの際確かめとくけど、ウチの事知ってるよね?」

彼は再び生温い笑みを浮かべた。

「…仕方のない人だな…。ええ、知っています。宰相の御客人でしょう。『伝説の』マルクト・ターナ」

「うわ」


『伝説の』。

再びこの世界に戻って来た時には既にそう呼ばれるようになっていた。

特に凄い事をやった実感も無いKは気恥ずかしくてたまらない。

Kの態度が気に入ったのか、彼はくすくす笑って見せた。


「アーズをどう思います?これは本当は僕から聞きたかった質問です。先程のは些か試し合うような問答でした。今度は素直にお聞かせ願えませんか?」

「ん。一応さっきのも本音だよ。そうだね、ウチは宰相としてのシールは…彼は知らないからなんとも言い難いけど。個人としてみれば…」

「構いませんよ。寧ろそれが聞きたい」

「そう? 個人としてみれば…激しく不器用だよね。表情筋乏しいから行動がどうにも突飛だし」

あははと笑って暫し、苦い顔で先生を振り返った。

「や、なんか貴方には不思議な程警戒心が沸かないな…。えっと、これって彼に不利な話になっちゃうのかな?」

彼が宰相という地位に居る以上その情報を漏らす事は国にとって大切な情報を漏洩させている事になりはしないだろうか?

まだ大したことは話してないつもりだが、遅蒔きながらそう考えKは口を閉ざした。

先生は相変わらず柔らかに笑みを作って首を傾げた。

「すいません、貴方は思ったよりも慎重だ」

そう言って懐から身分証明を取り出し、差し出した。

「名乗りましょう。僕はテルミー・サルバドル。今は姓が異なりますが、バグリス・マディメの第二子です」

きょとんと身分証明に目を落とすK。

「えっとー、つまり…」

ゆったりと回転するKの頭はその意味を瞬時には解さなかった。

テルミーさんはそんなKにまた微笑みつつ、解るように言い直してくれた。

「つまり、シルータ・アーズは僕の兄です」

「あ、なるほど。………あ?」

流しかけて固まるK。

記憶の大洪水。

「あ、…あぁあ、あー!あーー!!」

なるほどなるほど、そう言えば弟がいるとか言ってた。

あの黄色いのが最初『バグリス様、不敬罪で討ちましょう』とか言ってた!

「はいはいはい、なるほどね。だからそう、シールに拘ったのか」

「はは、そう聞くと何だか…。まあそうなんですが」

テルミーさんは頭を掻きながら続けた。

「兄とは昔から疎遠なんです。親が離婚した事もあって最近は滅多に会ってませんし。昔は、偶に会いにきてくれていましたが。だから、僕からは兄についてどうとは言えるものではないんです。貴方にはどんな顔を見せているのか、知りたくて」

「そっか。昔はそれ気にしてたよシール。弟がいるんだけど、付き合い方が解らないってさ」

「兄が?」

「うん、前ウチ等が居た時だけどね。それになー、なんかシールの説明も難しいな」

「では、お時間よろしければ旅の話を聞かせて頂けませんか」

「旅の? それは、昔のテマーネ?」

「ええ」

「Kの話、要領悪くて下手だよ?」

「構いませんよ。整理は上手い方です」

「ぽいね。じゃ、まず、K達が来た時からで良いかな」


・ ・ ・ ・ ・ ・


「でね、その時ウサギに喰われそうになってたのがシール。涼しい顔でマフラー引っ掛けられててさ、一瞬死ぬ気なのかと思ったもん」

「それは…」

「実際どっちでも良かったらしいよ、後で聞いた所によると。でも取り敢えず人の方助けるって決めてたから、助けたんだけどね」


・ ・ ・ ・ ・ ・


「で、振り向いたらシールちゃっかり女装しちゃってんの。すげ―似合ってたんだから。写真でも撮っときたかったよ本当。あんまり変ってないとはいえ今のシールじゃ流石にイタイもんねぇ」

「当時でもどうかと思いますが」

「いや、判んなかった、絶対」


・ ・ ・ ・ ・ ・


「……」

「どうしました」

「え、うん。なんでも。それで、首と腕に凄い痕残っちゃってさ。長袖とハイネックで隠そうとかしてたんだよ」

あの時シールに首を締められて、色んな他人の恐怖を身に受けて。それを期待に換えて。

挑んだ、マスカルウィン。

「そして、伝説の決戦ですね」

「…そ。しかし伝説ねぇ。何て語られちゃってんの?」

これに関しては苦笑いするしかなくて、弟さんの方を向く。

「そうですね、全国に渡った伝説ですから内容も多岐に渡りますが。ケセドで噂されるものに一番の信頼性を感じています。その話でいいですか?」

「あ、うん。まあ他のも気になるけど、いざとなったら自分で調べるよ」

「では」


・ ・ ・ ・ ・ ・


「てな感じです。如何でした?」

弟君の聞かせてくれた伝説は、多少の誇張が目立つものの大筋は正しいようだった。

「すごいね、噂の類って尾鰭と背鰭で本体が見えないものだと思ってたけど」

「という事はこれは真実と」

「まあ、大筋でね。流石にそんな大層な立ち回りはしてないし。実際死に掛けた理由は過労なんだけどね」

「過労?」

「うん、そう。連日術の連続使用で気が付かないうちにオーバーワークだったみたいなんだよ。お恥ずかしい事にね」

「そうでしたか」

「そうそう。それで―――」

一度言葉を切る。

「うん、シールさ、ティフェレト以降ずっと何かに怯えててさ。マスカルウィン戦逃げた後、漸く何が怖いのか教えてくれた。ウサギに襟引っ掛けられても涼しい顔してた王子様がさ、泣きそうな顔で失うのが怖いって。騙してた事が痛いって」

「………」

「ばっかだよねぇー」

「えぇ」

「騙された気なんか無いのにね。嘘ついてたわけでもないんだし」

でもお蔭で負けられなくなった。

増えた重荷を振り回して遠心力にしたら加速して止まれなくなった。

その勢いで押し切り。

「本当にさ。不器用なんだから」

なんだか少し暗くなった雰囲気を察して、話を進める。

「でさ、ビナーで戦勝祝い。知ってた?シール酒超弱いの!」

「それは知ってます。昔から祝いの日はホールに近付きませんでしたから」

「ね、パタンと倒れちゃうもんね。ありゃ吃驚した。だめなら先にそう言えば良かったのにさー。まさか匂いだけで逝くとは」

「そこをどうにかして飲ませてしまうと凄いですよ」

「え、まじ」

「ええ、昔父が酒くらい飲めなくては、と無理をしまして。………大変でした」

「うわ、何が!畜生楽しそうだな、死なないんなら今度やってみようかな?」

「そうですね、今でもまだ飲めないみたいですから。死にはしないですよ。覚悟と勇気があるならやってみたらいいです」

「うわぁ、何が起こるんだ…」

「しかし、なんであそこまでダメなんでしょうね」

「うーん、分解酵素が無いのかと思ったけど、飲んでも生死に別状は無いというと、何だろうね」

地球人や帝国人とは異なる何かがあるのなら、Kにだって解りはしない。

「まあとにかく、そうして貝空も手に入れ、めでたくケテルに戻ってきたのですよ」

「成程。大体の所は掴めました。有意義なお話を有難う御座います」

「いえいえ。この程度。ゴメンね話すの下手で」

「言う程でも無かったですよ。…そうだ、今晩お暇あります?」

「え。…うん、大丈夫だけど」

「夕飯ご一緒に、どうですか」

「え!?ええっと」

「…あ。すいません、ええっと、変なつもりは決して…。折角ですから、まだお話が出来たらと…」

「あ、はぁ。…多分構いませんが」

「本当ですか。有り難い。では、…宵6時ごろ、また此処で」

「ここ…入って良いの?」

「どうぞ」

「…。まいっか。はい、じゃあまた後で」

「ええ、待ってます。それでは」

弟君の礼を見終えてから転移した。





「ただいま」

当然のようにグールの部屋へ帰ると、当然のように皆そこに居た。

「お。お帰り」

「今日は遅かったな」

「うん、ちょっとね。あ、あと今日夕飯要らないから」

こういうセリフを吐くと、なんだか家族みたいだなと思ってしまう。

「「え?」」

「何や、デートか」

「あたり~」

「げ、マジで? 相手誰よ、何処のオヤジ?」

茶化そうとしたグールに明るく答えればaが失礼なことを言う。

「30いってなさそうなおにーさんですー」

「なんでもいいが、気を付けろよ」

シールは興味無さそうに手を振った。

「…」

思わず見つめる。

「…なんだ」

「あ、いやいや」

だめだ、ニヤケが止まんないや。

そんなKを三人は不気味そうに見送った。




「にゃ、お待たせしました、ゴメン遅れて。」

「いえいえ、然程は」

転移できるのに遅刻する、それがKクォリティ。

特別理由も無い、単なるうっかり遅刻だったが、どう解釈したのかテルミーさんはちょっとこちらを気遣ってくれた。

「…大丈夫でした?」

「え、何が?」

「何て言ってきたんです?」

「デート」

「はは、怒られませんでした?」

「え、どうして。多少からかわれましたが」

「そうですか」


「で、えーと…」

「テルミーでいいですよ」

「あ、はいテルミーさん。じゃこっちはKでお願いします。で、何処行きましょう?」

「ああ、すいません。店をとっておきました。行きましょう」

その言葉に、自分を見下ろす。

「えっと、ご覧の通りの格好ですからね? 場所に拠っちゃあ入れませんよ?」

「大丈夫ですよ、こっちもラフに行きたかったので、近所の食事処です」

「それは助かります」

ジーンズが許される所じゃないと、ご一緒出来ません。



「わ、いいかも」

連れてこられたのはなんだか可愛げなお洒落な料理屋。

正装はしてなくて良いけど、雰囲気は綺麗な処だった。

「でしょう?結構お勧めの一軒です。まあ僕も生徒に教えて貰ったんですけど」

よく解らないのでお任せで注文を終えて、他愛も無い雑談で時を過ごす。


前菜が終わった辺りで、切り出した。

「で、テルミーさん。何が聞きたかったんでしょう」

「聞きたかったというか…そうですね、少し…貴方を知ってみたかったのかも知れません」

「はへ?」

思わず変な声が洩れる。

ええと、ええと。

「例えばシールと親しくなれたのは、ウチがこの性格だったからじゃないですよ?」

とりあえず自意識過剰な思考を打ち捨てて、可能性を探る。

この発言にテルミーさんは興味深そうにKを見て続きを促した。

「あれは、あの場に居合わせたから。で、ウチらがカルキストだったから。そういう要因が重なってであって、性格や人格はあんまり関係ないかと。まあ、嫌われてはいないと思うから、その辺には関わってると思うけど」

「そこが大切なんじゃないですか?」

「う」

「本当に役に立つだけのただの知り合いだったら、13年も離れていたのに今その空白が無いかのようには付き合えませんよ」

「…む」

それは、確かに不思議だった。

10年も会って居なかったのだ。

オーサマがくるまでこの世界の存在すら忘れかけていた。

こんなに忘れられない記憶なのに、確かに深くにしまわれていた。

それが、会った瞬間。この世界に戻ってきて、オーサマと話してシールと話して、グールとじゃれて。四人が互いに全く10年前のように対応していた。

自分でも解らない。人見知りな筈なんだが。

「どうしてなんでしょうねぇ」

素直にそれだけ口にした。

「人との結び付きを作るのは過ごした時間の長さではなくその内容の濃さと言いますからね」

女の子は時間の長さを大切にするって聞くけど。

敢えて口にはせずに、ただ頷いてワインを口にする。

「………はれ?」

「? どうしました?」

なんだろう、眠い、わけじゃないんだけど…意識が…霞んで、きた…

「!? ケイさん?」

「…ぁー…」

「ケイさん!?」

なんだか、そんな呼び方された事ない。

「ケイさん!」

―ああ、そっか、不思議な感じがすると思ったら。

 ウチ、シールに名前で呼ばれた事あんま無いんだ…




「…どういう事だ」

「すいません、失念してました」

………

「今日食事に行くと言った相手はおまえだったのか」

「ええ。お誘いしたら快く」

………不思議。

同じ声が会話してる。

まるで一人二役だ。

「彼、大丈夫でしょうか…」

「そいつは寝てるだけだ。大事ない」

「そうですか、すいません」

ああ、酷い奴がいるな。

いくら今は寝てるだけだといっても突然倒れるのは絶対問題だって。

「俺に謝られても困る。起きたらちゃんとそいつに謝れ」

「あ、はい勿論…」

「うー、責め過ぎ」

「「!!」」

グラングランする頭を抑えて、何も見えないまま手を振り上げる。

「ケイさん、大丈夫ですか?」

「うー、あんまり」

どうやらどっかのソファに寝てたみたいだ。

ベンチだったりソファだったり、実は今日は椅子難だ。

じれったい程の時間を掛けて上半身を起こす。

「寝てて下さい!」

「うぃ、大丈夫」

目を擦って視界を慣らすと、回っていた天井が落ち着いて室内が理解できる空間に戻ってきた。

部屋の中央に人が二人立ってる。

「…えーと、テルミーさんと…あ。え? シール?」

「大丈夫か」

「状況把握が大丈夫じゃない」

「ああ、すいません。あのですね、僕が頼んじゃったあのお酒が問題なんですよ」

「へ? 超強かったとか?」

そんな感じはしなかった。ただのワインに思えたけど…

そもそもKはハード愛好家だ。酒で簡単にぶっ倒れる事なんてまずないのだが。

「お前が飲んだのはシャングハーク。魔力が強い奴が飲むと一時的に意識が遮断されて仮死状態に近くなる」

「僕の周りには魔力の高い人間なんていなかったから…本当にすいません!」

な、なんて危険な酒が存在してるんだこの国は…っ。

「ごめんなさい。折角きて下さったのに」

「あ、いや、まあ。これ以上ヤバい事が無いんなら…」

平謝りのテルミーさんを取り敢えず落ち着ける。

それはそうと、先刻から憮然と佇んでいる彼に目を遣る。

「なんでシール居るの」

「あ、僕が連絡したんです。城の連絡先しか解らなかったから…」

「城って…。それで、シールが来たの?」

「何だ不満か。悪かったな」

「あ、いや。そうじゃないけど」

そうじゃないけど、不思議ではある。

こういう事なら絶対a子が来てくれるもんだと思ってた。

Kの不思議顔にテルミーさんも不可思議な顔をしている。

「一応迎えに来てやったんだ。文句は言うな。もう大丈夫なら帰るぞ」

「あ、え。はい」

何だかよく解らないまま立ち上がる。

でも久々の兄弟の再会がこんな風でいいのか。

「えっと、どうせなら二人で少し喋ってったら? ウチならもう大丈夫だから一人で戻れるよ?」

「「………」」

あんなにお兄ちゃん子な弟君なんだし、多分こんな機会が要ったんじゃないかな。

しかし流石に気まずいらしく、双方反応に困っている。

そりゃそうか。

何年もずっと離れてたんだ。兄弟という実感すら薄いかも知れない。接し方なんか解らないだろう。

「あ、じゃあさ。飲みなおそうよ。三人で飲もう」

「…俺は仕事の途中でだな…」

「そうですよ、引き止めてはますます申し訳ないです。アーズはお忙しい身なんですから…」

む。

Kの提案はさくっと却下される。

というか仕事中って…。まさか、逃げてきたんじゃないのかソレ。

「じゃあほら、お仕事はオーサマにやらせておこう」

微かに眉を上げるシールと、俄かに顔色を落とすテルミーさん。

「ケイさんは大物ですね…」

王に気軽に仕事を押し付けようと言うKに対する感嘆が上がる。

実際はそうでもない。

Kはかなり煌王を苦手としている。

派手好きで適当な処は似通っているかも知れないが、残念ながら顔や能力で負けが過ぎている為Kのコンプレックスが刺激されている。

「とにかく、兄弟二人水入らず。偶にはいいと思うけど」

言ってふたりを交互に見遣る。

兄の答えを待つ弟。

やがて、小さく溜息を吐いて兄が腰を降ろした。

「じゃ、またねテルミーさん。また楽しい話聞かせてね。おやすみなさーい」

弟君も腰を降ろして兄と向かい合ったのを見届けてから、転移に入る。

「あ!」

テルミーさんに呼び止められて『穴』の中から顔を覗かせる。

「ケイさん、ありがとうございました。色々…」

「あー、いえいえ。こっちこそ。じゃ、ごゆっくり」



残されたふたりが何を話したか知らないが、翌朝のシールの態度から「割といい事したかもな」なんて思えたKだった。

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