雪の静かに降る夜に

宰相の自室では、現在Kが貝空とお茶を飲んで寛いでいた。

事後処理と経過報告に終われ、宰相と第二師団長は忙しく駆け回っている。

Kは弓の使用による疲労を大義名分に、報告を全てaに任せた。


「今回は疲れたねぇ。貝空もお疲れさま」

その貝殻を撫でて、俯せに上半身の体重を預ける。

貝型の貝空は言葉を発さず、主のしたいようにさせていた。

「これで手柄がジズフのモノとかかなり納得いかない…」

愚痴に付き合う気はないらしく、貝空は何も答えない。

Kはぺファン像を取り出すと、掌で揺するように転がした。

「ジズフよりは、ルーファスの方がお手柄でしょうよ」



「おー、疲れたわ」

「あ。おかえりー」

戻ってきたaはボフッとソファに倒れ込んだ。

「もう限界…ああでも、大きいって素晴らしい…」

「幼児a子もかわいかったけど。苦労したのね」


aよりも更にお疲れの様子の宰相様が戻ってきたのは、その数時間後だった。

「おかえり、おつかれ」

「悪いが書類を取りに戻っただけだ。またすぐに出て行く」

うんざりと吐き出すシールに心底同情してaが茶を淹れてやった。

それを一気に飲み干して、そう言えば忘れていた彼の情報を齎した。

「グール意識戻ったらしいぞ。今日は俺もう無理そうだから、おまえらで見舞ってきたらどうだ」

グールの存在ごと忘れていたKと、ずっと気にかけていたaが全く異なった表情で顔を見合わせている間にシールはもう居なくなっていた。

「じゃ、行きますか」



aが部屋の前まで来ておいて今更に躊躇するので、Kが突き飛ばして中に入った。

「よ。グール。良かったね生きてて。耳も消えたし」

その言葉に、耳がついていた事すら忘れていたらしく側頭部をしきりに撫でて「ほんまや」と呟いた。

aがまるで仁王立ちでグールを見下ろしている。

「…大丈夫なの?」

言いたい事は色々あったが、会ってみたらなんだか全然言葉にならない。

aは漸くその一言だけを吐き出し、

「…何とか」

グールもまた、同様だった。


「あのねぇ…。そう言えば自分で手一杯で訊くの忘れてたけど、何があったの」

解呪の経緯を一通り説明して、気まずそうに目を合わせられずにいるふたりに尋ねる。

落ちる沈黙。

「えぇとぉ…? 訊いちゃマズい話だった?」

そのうち、わしゃわしゃと頭を掻いてグールが経緯を話してくれた。

あくまで客観的に、何故そんな言動をとったのかなどには一切触れず。


「はあ。ふたりとも馬鹿だねぇ」

話を聞き終えてのKの第一声はそんな溜息だった。

aは気分を害したようで冷徹な瞳を向けていたが、グールは苦く微笑ってKの頭を軽く叩いた。

「はいグール、手出して」

叩かれた事に文句を言いながらもKが拳を突き出す。

グールも反射的に手を差し出した。

「これ…」

掌に落とされたのは砕け散った灰色の石。

「グールの首輪。ミガワリクンになってくれたそうだから、感謝しとけよー」

それをまじまじと眺めて、握り締める。

「契約の石…契約破棄と共に砕けた…てか」

今度はKがグールの頭を叩いた。

「痛ッ。怪我人や手加減せぇ!」

「うっさい。契約なんて片方から一方的に切れるものじゃありません。報いこそあれ救いがある筈ないでしょ」

どうやらお説教モードに突入したらしい。

aもグールも眉を顰めたが、止めはしなかった。

「大体ね、ゲブラーでK助けてくれたのもケセドで別れなかったのもティフェレトでa子の手を掴んだのも、全部グールの意思でしょ?シールの命令あった?自分で選んだんだから、下僕だろうが仲間だろうが、何でもいいじゃん。そんな名前が変わった処で扱い変わらないんだし」

「そっか」

懐かしい記憶を掘り出して、aが顔をあげる。

「そう言えば途中から、シールは契約断ってたね」


十三年前の旅の途中。

拾った人喰種の青年に契約をさせ首輪をかけて連れ回した。

最初は本当に不服気に、首輪を気にしてついて来ていた。

それでもいつの頃からか、シールが首輪で縛る必要は無いと判断する程に、自らの意思でついて来てくれてると思えるようになった。

aはそれが嬉しくて。

自分勝手とは自覚しながらも、彼が仲間である事を信じていた。

だから怒った。

グールがまだ自分を下僕だと思っていた事も、敵に回った事も。


「後は、グール次第で契約は解かれたんだけどね。捕われてたのは、グールひとりだったって事」

暫しの逡巡の後、拗ねたようにそっぽを向くグール。

その小さな舌打ちがなんだか可愛らしい気がして、Kはふたりの手を取り重ねた。

「はい。仲直り」

不安に付け入ってブカフィが唆したんだろうけど、その辺りについて一言も弁解せずに自分の感情に向き合ったグールに敬意を表して必要以上には責めないでやろう。で、気が済むまで責めてやろう。

「全く皆、臆病だからねぇ」


窓の外では静かに雪が降り始めた。

「げ、降ってきたな」

ヒラヒラヒラ。

全てを眠りに誘う冬がやってくる。

「グール元気になったら、四人で遊びに行こうね」

「…ぁあ」

「それもいいね」

暫らくは舞い降る白を眺めていた。


Kが部屋を去り、残されたふたりの手は未だ重ねられていた。

落ちる沈黙の中。

謝る声が二つ響いた。




足早に廊下を渡る途中、シルータは窓の外に目を遣って暫し足を止めた。

降り始めた雪は大地に沁み込み融けていく。

「…浄化の雪、だな」

ポツリと洩らして、再び早足で仕事に戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る